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色は匂へど……
光の世界 4
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「翠や、お前はまだ病み上がりの身だ。どうか無理だけはしないでおくれ」
「はい、お父さん」
父の確かな愛を感じた。
会社員だった父が月影寺の住職を継ぎ、僕も仏門入りたいと願った。
大学受験で跡目を目指す覚悟を決めてからは、師匠と師弟の線引きもあり、遠い存在になっていたが、今日はとても近く感じる。
「翠は幼い時から聞き分けの良い、大人びた子だったな。そんなお前が突然月影寺捨て……森家の婿養子に入ると宣言した時は驚いたよ」
「すみません。僕は……とんでもないことを浅はかにしてしまいました」
項垂れると、父が導いてくれた。
「翠、そうではない。私は今、目の前にいるお前の顔を見て、全て受け入れられたよ。さぁ俯いていないで顔を上げなさい」
「はい」
父の表情はどこまでも穏やかで慈しみ深かった。
「翠も後で自分の顔を鏡に映してみなさい。以前よりずっと深い、趣のある風情になったと気付くだろう。東京の生活でかなり苦労したようだな。大変だったな。だがそれを糧に人として大きく成長した戻ってきたな。今までのように言われたことをただ守るだけでなく、進むべき道を自問自答してきた顔だ。苦しみを苦しみだけで終わらせない努力をした顔だ」
「お父さん……」
詰《なじ》られる覚悟だった。
呆れられて破門されるかもしれないとの不安もあった。
親子の縁を切られてしまうかもと怯えていた。
だが、すべて杞憂に終わった。
大きな愛で包まれていることを実感した。
「流に頼んで、袈裟を出してもらいなさい」
「あ……はい」
「着替えたら、久しぶりに共にお経をあげよう」
「はい!」
****
本堂で翠が父さんと話している間中、気になって仕方がなかった。
父さんの気持ちひとつで、兄さんの立場が変わってしまうからな。父さんに限って見捨てるはずはないと思いつつも、一度兄さんは月影寺の跡目を自ら捨ててしまった。厳しい仏門の世界、それを父さんがどう判断するのか心配だ。
最初は庭を箒を持ってうろうろ、次に廊下を雑巾を持ってうろうろ。
待てど暮せど、兄さんはなかなか出てこない。
待ちきれなくて本堂にいよいよ踏み込もうとした瞬間、襖がすっと開いた。
兄さんと至近距離で目が合う。
しっかりと交わる視線。
「流、ずっといてくれたのか」
「あぁ、俺が必要かと思って」
こんな言い方まずいか。
兄さんの負担になるかと思いつつも、必要でありたいと願う心が爆発しそうだ。
「うん、必要だ」
「え……」
意外な返事が返ってきた。
「父さんが袈裟に着替えてくるようにって……」
「おぉ! そうか! よかった! 兄さんの袈裟なら全部俺が手入れしている。衣装部屋にあるから、いつでも着られるぞ」
「そうか、ありがとう」
兄さんが前を見据えて、背筋を伸ばしてスタスタ歩き出す。
今は僧侶としての顔つきだ。
行ってしまう。
俺の手をすり抜けて――
ならば、それを俺は背後から見守っていこう。
進むべき道は同じなのだから受け入れよう。
だが……
思わず翠の背中に伸ばした手は、空を掴んだ。
そのまま下ろして立ち尽くしていると、また兄さんが振り返ってくれた。
「流、何をしている? いつものように僕の着替え、手伝ってくれないのかい?」
一気に目の前が明るくなった。
一気に心が躍り出す。
兄さんこそ、俺の光だ!
「はい、お父さん」
父の確かな愛を感じた。
会社員だった父が月影寺の住職を継ぎ、僕も仏門入りたいと願った。
大学受験で跡目を目指す覚悟を決めてからは、師匠と師弟の線引きもあり、遠い存在になっていたが、今日はとても近く感じる。
「翠は幼い時から聞き分けの良い、大人びた子だったな。そんなお前が突然月影寺捨て……森家の婿養子に入ると宣言した時は驚いたよ」
「すみません。僕は……とんでもないことを浅はかにしてしまいました」
項垂れると、父が導いてくれた。
「翠、そうではない。私は今、目の前にいるお前の顔を見て、全て受け入れられたよ。さぁ俯いていないで顔を上げなさい」
「はい」
父の表情はどこまでも穏やかで慈しみ深かった。
「翠も後で自分の顔を鏡に映してみなさい。以前よりずっと深い、趣のある風情になったと気付くだろう。東京の生活でかなり苦労したようだな。大変だったな。だがそれを糧に人として大きく成長した戻ってきたな。今までのように言われたことをただ守るだけでなく、進むべき道を自問自答してきた顔だ。苦しみを苦しみだけで終わらせない努力をした顔だ」
「お父さん……」
詰《なじ》られる覚悟だった。
呆れられて破門されるかもしれないとの不安もあった。
親子の縁を切られてしまうかもと怯えていた。
だが、すべて杞憂に終わった。
大きな愛で包まれていることを実感した。
「流に頼んで、袈裟を出してもらいなさい」
「あ……はい」
「着替えたら、久しぶりに共にお経をあげよう」
「はい!」
****
本堂で翠が父さんと話している間中、気になって仕方がなかった。
父さんの気持ちひとつで、兄さんの立場が変わってしまうからな。父さんに限って見捨てるはずはないと思いつつも、一度兄さんは月影寺の跡目を自ら捨ててしまった。厳しい仏門の世界、それを父さんがどう判断するのか心配だ。
最初は庭を箒を持ってうろうろ、次に廊下を雑巾を持ってうろうろ。
待てど暮せど、兄さんはなかなか出てこない。
待ちきれなくて本堂にいよいよ踏み込もうとした瞬間、襖がすっと開いた。
兄さんと至近距離で目が合う。
しっかりと交わる視線。
「流、ずっといてくれたのか」
「あぁ、俺が必要かと思って」
こんな言い方まずいか。
兄さんの負担になるかと思いつつも、必要でありたいと願う心が爆発しそうだ。
「うん、必要だ」
「え……」
意外な返事が返ってきた。
「父さんが袈裟に着替えてくるようにって……」
「おぉ! そうか! よかった! 兄さんの袈裟なら全部俺が手入れしている。衣装部屋にあるから、いつでも着られるぞ」
「そうか、ありがとう」
兄さんが前を見据えて、背筋を伸ばしてスタスタ歩き出す。
今は僧侶としての顔つきだ。
行ってしまう。
俺の手をすり抜けて――
ならば、それを俺は背後から見守っていこう。
進むべき道は同じなのだから受け入れよう。
だが……
思わず翠の背中に伸ばした手は、空を掴んだ。
そのまま下ろして立ち尽くしていると、また兄さんが振り返ってくれた。
「流、何をしている? いつものように僕の着替え、手伝ってくれないのかい?」
一気に目の前が明るくなった。
一気に心が躍り出す。
兄さんこそ、俺の光だ!
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