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色は匂へど……
光の世界 6
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―― 兄さんの衣食住は、この俺に任せて欲しい ――
それは兄さんが月影寺から消えた後、心の奥底から泉のように沸き起こる自然な願望だった。
けっして叶うことのない浅はかな夢。
だが再び月影寺に兄さんが戻って来た時、その夢はねじ伏せた。
そんな台詞を放ったら苦しめるだけだ。
兄さんは視力を失っただけでなく、腕の骨折、手足や顔、至る所に擦り傷や裂傷があり、見るも無惨な姿だった。
本当に身も心も極限に達し、ボロボロな状態だった。
だからこそ俺が、兄さんの尊厳を守ってやりたかった。
絶対に口には出してはならぬと、自分で自分を説き伏せたはずなのに……
なんてことだ! 兄さんの方から懐に飛び込んでくるなんて。
兄さんは萌葱色の袈裟を抱きしめ、俺の反応を窺うような心許ない表情を浮かべていた。
こんな時は、抱きしめてやりたいほど儚げだ。
控えめに衣食住の『衣』を願うならば、俺はその続きを要求するぞ。
兄さんを身勝手な約束で束縛する。
二度と俺から離れられないように。
……離れられないのは俺の方なのに。
「なぁ、だからもう衣食住の全てを、俺に任せてくれないか」
兄さんの返事は良いものだった。
「いいのか……食も住も頼っても……衣食住を依存する意味は、僕の基盤を流に預けるということになる。こんなの……重くないか」
馬鹿だなぁ、この後に及んでそんな心配を?
それは俺が喉から手が出る程、欲しかった約束だ。
「ちっとも! むしろ光栄だ。さぁ着替えよう。父さんが待っている」
「流、ありがとう」
兄さんはあどけなく答え、躊躇いながらも来ていた洋服を脱いで下着姿になった。
「……」
無意識のうちに、左胸の惨い火傷痕を手で覆い隠すのはいつものことだ。
最初はこれを見せたくなくて、頑なに入浴や着替え介助を拒んだものだ。
兄さんが見せたくないものまで、見るつもりはない。
だからそこには一切触れずに淡々と着替えを手伝うことに徹してきた。
「さぁ襦袢を」
「うん……」
袖を通さすと身体の強ばりは消え、ふわりと花が咲くような笑みが零れた。
「あぁ……この感触……久しぶりだ」
「そうだな」
「懐かしいよ」
視力を失っている間は衣を引っかけたら危ないという理由で着させてもらえなかったもんな。
せっかく月影寺に戻ってきたのに一人前の僧侶として過ごすことも出来ず、さぞかし口惜しい日々だったろう。
今日から、こうやって一つ一つ兄さんが失ったものを取り戻していこう。
着付けが終わるとすぐに、兄さんは手鏡を所望した。
萌葱色の袈裟を楚々と着こなした美しい兄が、じっと鏡を覗き込んでいる。
その光景を俺は満足げに見つめ続けた。
「父さんから鏡を見るように言われたんだ。僕は変わったのだろうか」
「あぁ、すごく変わった」
「そうか……もしかして、がっかりした?」
馬鹿だなぁ、そんな心配無用だ。
「そうじゃない。嬉しいんだ! 今の兄さんに出逢えたことが」
「流……」
それは兄さんが月影寺から消えた後、心の奥底から泉のように沸き起こる自然な願望だった。
けっして叶うことのない浅はかな夢。
だが再び月影寺に兄さんが戻って来た時、その夢はねじ伏せた。
そんな台詞を放ったら苦しめるだけだ。
兄さんは視力を失っただけでなく、腕の骨折、手足や顔、至る所に擦り傷や裂傷があり、見るも無惨な姿だった。
本当に身も心も極限に達し、ボロボロな状態だった。
だからこそ俺が、兄さんの尊厳を守ってやりたかった。
絶対に口には出してはならぬと、自分で自分を説き伏せたはずなのに……
なんてことだ! 兄さんの方から懐に飛び込んでくるなんて。
兄さんは萌葱色の袈裟を抱きしめ、俺の反応を窺うような心許ない表情を浮かべていた。
こんな時は、抱きしめてやりたいほど儚げだ。
控えめに衣食住の『衣』を願うならば、俺はその続きを要求するぞ。
兄さんを身勝手な約束で束縛する。
二度と俺から離れられないように。
……離れられないのは俺の方なのに。
「なぁ、だからもう衣食住の全てを、俺に任せてくれないか」
兄さんの返事は良いものだった。
「いいのか……食も住も頼っても……衣食住を依存する意味は、僕の基盤を流に預けるということになる。こんなの……重くないか」
馬鹿だなぁ、この後に及んでそんな心配を?
それは俺が喉から手が出る程、欲しかった約束だ。
「ちっとも! むしろ光栄だ。さぁ着替えよう。父さんが待っている」
「流、ありがとう」
兄さんはあどけなく答え、躊躇いながらも来ていた洋服を脱いで下着姿になった。
「……」
無意識のうちに、左胸の惨い火傷痕を手で覆い隠すのはいつものことだ。
最初はこれを見せたくなくて、頑なに入浴や着替え介助を拒んだものだ。
兄さんが見せたくないものまで、見るつもりはない。
だからそこには一切触れずに淡々と着替えを手伝うことに徹してきた。
「さぁ襦袢を」
「うん……」
袖を通さすと身体の強ばりは消え、ふわりと花が咲くような笑みが零れた。
「あぁ……この感触……久しぶりだ」
「そうだな」
「懐かしいよ」
視力を失っている間は衣を引っかけたら危ないという理由で着させてもらえなかったもんな。
せっかく月影寺に戻ってきたのに一人前の僧侶として過ごすことも出来ず、さぞかし口惜しい日々だったろう。
今日から、こうやって一つ一つ兄さんが失ったものを取り戻していこう。
着付けが終わるとすぐに、兄さんは手鏡を所望した。
萌葱色の袈裟を楚々と着こなした美しい兄が、じっと鏡を覗き込んでいる。
その光景を俺は満足げに見つめ続けた。
「父さんから鏡を見るように言われたんだ。僕は変わったのだろうか」
「あぁ、すごく変わった」
「そうか……もしかして、がっかりした?」
馬鹿だなぁ、そんな心配無用だ。
「そうじゃない。嬉しいんだ! 今の兄さんに出逢えたことが」
「流……」
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