126 / 236
色は匂へど……
光の世界 7
しおりを挟む「流……」
今度は翠が、俺の顔をまじまじと覗き込む。
吸い込まれそうなほど深く麗しい瞳に、息が出来ない。
眉目秀麗――
誰もが見ても、そう認める美形の兄。
この数ヶ月、俺が丹念に手入れしたので、艶やかな髪としっとりとした肌を取り戻し、以前のように、いや、以前よりもずっと美しくなっていた。
たおやかな物腰も袈裟を着ると一段と引き立って見えた。
「な、なんだ? そんなにじっと見て」
「流も変わったね」
「え……」
「とても逞しく……そして優しくなったね」
それは、優しくしたい。優しくありたい。
懐の深い人になりたい。
兄さんの悩みも苦しみも全て受け止められるような大人の男になりたいと願ったからだ。
廊下に出ると、母が立っていた。
待ちきれなかったのだろう、翠の袈裟姿を早く見たくて。
兄さんが柔和な笑みを浮かべ、母の前に立つ。
「母さん、僕は……住職から再び袈裟を着てもいいと言っていただけました」
「翠、翠……お帰りなさい。あなたの帰りを皆、待っていたわ」
「母さん、もう大丈夫です。今の僕は……今の僕を受け入れています」
なんとも意味深だが、力強い言葉を放つ兄。
やはりこの兄は高潔で眩しい人だと目を細めた。
兄が兄らしく生きていけるように、俺は生きていく。
兄はその日から、月影寺の僧侶として勤め出すようになった。
懐かしい光景が戻ってきた。
俺の方は重たい袈裟は脱ぎ捨て、作務衣姿に戻れた。
隠し通せない喜びを発散するために、裏山を駆け巡り、滝に打たれたりした。
朝起きてから風呂に入るまで俺が誂えた袈裟に袖を通してもらえる喜び。四六時中一緒にいられる喜びを、密かに噛みしめる日々だ。
梅雨明けしたばかりの晴れた日に、兄さんが衣装部屋から俺を呼んだ。
「流、どこにいる?」
「ここだ」
「よかった、姿が見えなくて心配したよ」
「悪い、着替えるのか」
「うん」
兄さんが俺をまっすぐに見つめ、目を逸らすことなく呼びかけてくれる。
相変わらず、そんな極上の日々が続いている。
前日から準備していた袈裟を差し出すと、兄さんは首を力なく横に振った。
「その……今日は東京に行くから、洋服を見繕ってくれないか」
「あ、そうか……面会交流だったな。東京でま車で送るよ」
「いや、これは僕と息子の問題だから電車で行くよ。一人で頑張ってみたい。僕は父親なのだから」
「……そうか、だが何かあったら俺を呼べ。すぐに迎えに行くから」
「うん、とにかく薙と長い期間会っていないので、早く行ってやりたい」
弁護士を通じて、兄さんは一人息子との『面会交流権』を無事に獲得出来た。
兄さんが事故に遭った場所が新宿のいかがわしい繁華街だったこともあり、彩乃さん側の印象が悪く、交渉に手こずった。また長い期間視力を失っていたこともあり、交渉が遅れてしまったので、やきもきした。
『森 彩乃は張矢 翠対し、長男 森 薙と、以下のとおり面会交流することを認める。月に1回、第1日曜。毎年夏休みと冬休みには3日以上の宿泊を伴う面接。具体的な日時、場所、方法等については、当事者が子の福祉を尊重しながら協議して定める』
これが兄が元妻と交わした『面会交渉権』の内容だ。
夫婦が離婚しても、両親と子どもの関係は消えない。薙が健全に成長していくためにも、両方の親と関わりを持ち続けることが大切だ。
それが分かっているので、俺は送り出すしかない。
それに俺にとって薙は兄さんの小さな頃に瓜二つの可愛い甥っ子だ。
どこか懐かしく、とても愛おしい存在だ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「気をつけて、くれぐれも気をつけてくれ」
「大丈夫だよ、流」
語尾が少しだけ震えているのを俺は見逃さなかった。
小さくなっていく背中を見守るのは、もどかしい。
だが追いかければ、翠の自尊心を傷つける。
それでも、
ひとりで東京に行かせるのは、やはりまだ心配だ。
もう二度と間違いがあってはならない。
一人で行かせてはならないと警告がなる。
俺の足は自然と動き出していた。
強がる翠の元へ――
10
あなたにおすすめの小説
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる