忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

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色は匂へど……

光の世界 7

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「流……」

 今度は翠が、俺の顔をまじまじと覗き込む。

 吸い込まれそうなほど深く麗しい瞳に、息が出来ない。

 眉目秀麗――

 誰もが見ても、そう認める美形の兄。

 この数ヶ月、俺が丹念に手入れしたので、艶やかな髪としっとりとした肌を取り戻し、以前のように、いや、以前よりもずっと美しくなっていた。
 
 たおやかな物腰も袈裟を着ると一段と引き立って見えた。

「な、なんだ? そんなにじっと見て」
「流も変わったね」
「え……」
「とても逞しく……そして優しくなったね」

 それは、優しくしたい。優しくありたい。

 懐の深い人になりたい。

 兄さんの悩みも苦しみも全て受け止められるような大人の男になりたいと願ったからだ。

 廊下に出ると、母が立っていた。

 待ちきれなかったのだろう、翠の袈裟姿を早く見たくて。

 兄さんが柔和な笑みを浮かべ、母の前に立つ。

「母さん、僕は……住職から再び袈裟を着てもいいと言っていただけました」
「翠、翠……お帰りなさい。あなたの帰りを皆、待っていたわ」
「母さん、もう大丈夫です。今の僕は……今の僕を受け入れています」

 なんとも意味深だが、力強い言葉を放つ兄。

 やはりこの兄は高潔で眩しい人だと目を細めた。

 兄が兄らしく生きていけるように、俺は生きていく。






 兄はその日から、月影寺の僧侶として勤め出すようになった。

 懐かしい光景が戻ってきた。

 俺の方は重たい袈裟は脱ぎ捨て、作務衣姿に戻れた。

 隠し通せない喜びを発散するために、裏山を駆け巡り、滝に打たれたりした。

 朝起きてから風呂に入るまで俺が誂えた袈裟に袖を通してもらえる喜び。四六時中一緒にいられる喜びを、密かに噛みしめる日々だ。






 梅雨明けしたばかりの晴れた日に、兄さんが衣装部屋から俺を呼んだ。

「流、どこにいる?」
「ここだ」
「よかった、姿が見えなくて心配したよ」
「悪い、着替えるのか」
「うん」

 兄さんが俺をまっすぐに見つめ、目を逸らすことなく呼びかけてくれる。

 相変わらず、そんな極上の日々が続いている。

 前日から準備していた袈裟を差し出すと、兄さんは首を力なく横に振った。

「その……今日は東京に行くから、洋服を見繕ってくれないか」
「あ、そうか……面会交流だったな。東京でま車で送るよ」
「いや、これは僕と息子の問題だから電車で行くよ。一人で頑張ってみたい。僕は父親なのだから」
「……そうか、だが何かあったら俺を呼べ。すぐに迎えに行くから」
「うん、とにかく薙と長い期間会っていないので、早く行ってやりたい」

 弁護士を通じて、兄さんは一人息子との『面会交流権』を無事に獲得出来た。

 兄さんが事故に遭った場所が新宿のいかがわしい繁華街だったこともあり、彩乃さん側の印象が悪く、交渉に手こずった。また長い期間視力を失っていたこともあり、交渉が遅れてしまったので、やきもきした。

『森 彩乃は張矢 翠対し、長男 森 薙と、以下のとおり面会交流することを認める。月に1回、第1日曜。毎年夏休みと冬休みには3日以上の宿泊を伴う面接。具体的な日時、場所、方法等については、当事者が子の福祉を尊重しながら協議して定める』

 これが兄が元妻と交わした『面会交渉権』の内容だ。

 夫婦が離婚しても、両親と子どもの関係は消えない。薙が健全に成長していくためにも、両方の親と関わりを持ち続けることが大切だ。

 それが分かっているので、俺は送り出すしかない。

 それに俺にとって薙は兄さんの小さな頃に瓜二つの可愛い甥っ子だ。

 どこか懐かしく、とても愛おしい存在だ。

「じゃあ、行ってくるよ」
「気をつけて、くれぐれも気をつけてくれ」
「大丈夫だよ、流」

 語尾が少しだけ震えているのを俺は見逃さなかった。

 小さくなっていく背中を見守るのは、もどかしい。

 だが追いかければ、翠の自尊心を傷つける。

 それでも、

 ひとりで東京に行かせるのは、やはりまだ心配だ。

 もう二度と間違いがあってはならない。

 一人で行かせてはならないと警告がなる。

 俺の足は自然と動き出していた。

 強がる翠の元へ――

 
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