忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

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色は匂へど……

波の綾 3

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 僧侶にとって日常生活は修行の一環だ。

 空き時間には寺の清掃し、境内に眠る故人のために読経や写経をする。

 仕事を終え自室に戻っても、仏教への教えを深めるために仏教史や寺院の歴史を学んで自己研鑽しなければならない。

 つまり今の僕には、プライベートな時間は殆ど存在しない。

 だが、そのことを辛いとは思わない。

 視力が戻った翌月、住職に丈室《じょうしつ》に改めて呼ばれた。

 丈室とは一丈四方の部屋の意で、寺の住職の部屋。

 ここに入るのは緊張する。

 何故なら秋風寺に養子に入る決意で、別れの挨拶をした場所だから。

「翠は僧侶としての勘をだいぶ取り戻したな。そこで一度きちんと確認しておきたいことがある。翠にはこの寺をいずれ継ぐ覚悟はあるのか」と聞かれ、涙が出るほど嬉しかった。一度は自ら手放してしまった場所に戻ることを許可していただけたのだ。

 有り難いことだと、僕はその場でひれ伏した。

「はい、あります。僕が目指したい場所です。そのために一層精進致しますので何卒」

 その日から僕の生活は急に忙しくなり、流とたわいない話をする暇がなくなってしまった。その事が少し寂しかった。

 そしてそのままお盆に突入した。

 昨日は住職の随行で、一日に何軒もの檀家の家をまわった。

 汗もかかずに読経する住職の様子に感銘を受けた。僕の方は棚経についていくのが精一杯で疲労困憊だった。
  
 そしてついに今日は、僕一人で法事を執り行う。 

 失敗は許されない。

 高い緊張感を持って臨もう!

「本日は私が勤めさせていただきます。宜しくお願いします」

 読経は30分程度だが、ずっと同じ姿勢で腹式呼吸で発声するのは精進が足りない僕にはかなりの労力だった。

 なんとか最後まで頑張れたのは、流がすぐ傍にいてくれるから。

 ここから見えなくとも、ちゃんと感じる。

 流の優しく温もりある視線を――

 これは視力を失っていた時に鍛えた感覚だ。

「ではこれにて失礼致します」
「お坊様、遠い所ありがとうございます。お若いのに心に染み入る澄んだお声で、素晴らしいお経でしたよ」
「あ、ありがとうございます」

 一気に胸が高鳴った。
 
 まだまだ住職の足下には及ばないが、今の僕の全て注いで誠心誠意向き合った結果だ。

 喜びを胸に歩き出すと、木立の間から作務衣姿の流がヌッと現れた。

「びっくりした。そこにいたのか」
「無事に終わったのか」
「うん、一人で出来たよ」

 えっと……僕、どうしてこんな言い方を?

 まるでこれでは流に甘えているようだ。

 褒めてもらいたい子供のように。

「よし、頑張ったな」
「あ……ありがとう」

 弟からそんな風に言われるのは変だし、慣れていない。

 でもとても嬉しい。

 心がポカポカしてくるよ。

 照れ臭くてまともに顔を見られないでいると、流がおどけた声を出した。

「ところで、俺は腹が減った」
「くすっ、そうだろうね。さぁ昼食にしよう」

 ここからの1時間は、僕らだけのプライベートな時間にしよう。

 そう決めていた。

「兄さん、なんだか上機嫌だな」
「久しぶりに自分の時間が取れるし、流と過ごせるのが嬉しいんだ」

 素直な気持ちを伝えると、流が真っ赤になった。

「生真面目な兄さんから、そんな台詞が聞けるなんて」
「……こんな僕は変だろうか」

 真面目に問いかけると、流は破顔した。

「最高だ! さぁどれがいい? 兄さんの好きなおかかも梅干しもあるぞ。変わり種もある」
「変わり種は?」
「唐揚げだ」
「くすっ、小さい時から流は揚げ物が好きだったね。お寺の子だから、そろそろ精進料理も残さず食べないと駄目だよ?」
「おい、お子様扱いすんなよー」
「ふふ、さっきのお返しだよ」
「言ったな~」
「ははっ!」

 あぁ、いい感じだ。

 流と自然に軽口を叩き、素直な笑顔を見せ合える。

 それが今、とても嬉しいよ。

 
 
 


 
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