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色は匂へど……
暗中模索 11
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前置き
ついに『忍ぶれど…』も、重なる月とぶつかるシーンに入ります。
『重なる月』来訪 1
https://estar.jp/novels/25539945/viewer?page=356
とリンクしていきます。一部同じ台詞が入ることを、ご理解下さい。
****
大晦日から正月。
月影寺は目が回るような忙しさだった。
俺は伊豆の別荘で執筆の締め切りを抱え缶詰になっている母の代理として、年末年始の月影寺の台所仕事を任されていた。
今日の朝食は、七草粥だ。
繁忙期を乗り越え疲労困憊の翠を労るために、丁寧に粥を炊いた。
七草は月影寺の畑で俺が育ててものだ。
「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな 、すずしろ 、これぞ七草」
その色鮮やかな出来映えに満足の笑みを浮かべていると、電話が鳴った。
こんな早朝から誰だ?
「はい月影寺です」
「もしもし……あ……流兄さん、私です」
張り詰めた渋い声の主は、俺の二歳下の弟……
「えっ……お前、丈なのか! まったく音沙汰なしで、今までどこをほっつき歩いていたんだ?」
「すみません。あの……皆さんお元気ですか」
ソウルに行くと言ったきり、音沙汰がないと思ったら急に電話か。それなりに事情があってのことだろうと、翠と共に静かに見守っていたが、急に電話してくるなんて、何事だ?
「あぁ、母さんはまた伊豆の別荘に行っているが、みんな元気だ。お前……今どこにいる? まだソウルなのか」
「いえ……もう日本に戻って来ています」
意外な返答だった。
帰国しているとは想像していなかったから。
「何? そうか。おっ! もしかしてこっちに帰って来る気になったのか」
「いえ……そういうわけではなく……でも今からそちらへ行ってもいいですか。出来たら……少し滞在したいのですが」
「へぇ、珍しいこと言うな。もちろんいいぞ。んっ……それってもしかして」
「友人を一人連れて行きますので、部屋をお願いします」
更に驚いた。
ひとりでふらりと帰って来る日があるとは想定していたが、友人だって?
常に孤高の人だった弟に、家に連れてくる程の仲の友人がいるなんて信じられない。
ただひとり超然と高い理想を保ち淡々と我が道を行く丈に何があった?
もしかして、お前も……ついに心を揺さぶられる人と出会ったのか。
「おっ、お前に友人? なんだそれ? そんなことすんの初めてじゃないか。もしかして彼女か」
「いえ……男ですが」
男?
まぁ、友人というのだから、男で問題はないのだが……なにか腑に落ちない。同時に胸の奥に光が生まれたのを感じた。
「そうか。まぁそうだよな。うーん、とにかく待っている。父さんたちにも伝えておくからな」
「流兄さん、ありがとうございます」
電話を切ると、袈裟姿の翠がひょいと端麗な顔を覗かせた。
「流、そろそろ朝食を頼む」
「その前に話があります」
「どうした? 何かあったのか」
翠が怪訝な顔をする。
「今、電話があって……丈が日本に帰ってくるそうです」
「えっ、いつ?」
「もう日本にいるそうです」
「そうなのか、いつ会える?」
「えぇ、今からやってくるそうです」
「今……そうか、ついに……とうとう動き出すのか」
動き出す?
翠の言葉に、胸が高鳴った。
「流、落ち着いて。まずは朝食を」
「あぁ……」
未来への希望と期待。
胸を押さえると、心臓がドキドキと激しく鼓動していた。
俺は粥を掻っ込んで、すくっと席を立った。
「待ちきれない」
「あ、流、どこへ」
「出迎えに行くのさ!」
つい昔のような言葉遣いで、勢いよく庭に飛び出し、裏山を駆け上がった。
ついに『忍ぶれど…』も、重なる月とぶつかるシーンに入ります。
『重なる月』来訪 1
https://estar.jp/novels/25539945/viewer?page=356
とリンクしていきます。一部同じ台詞が入ることを、ご理解下さい。
****
大晦日から正月。
月影寺は目が回るような忙しさだった。
俺は伊豆の別荘で執筆の締め切りを抱え缶詰になっている母の代理として、年末年始の月影寺の台所仕事を任されていた。
今日の朝食は、七草粥だ。
繁忙期を乗り越え疲労困憊の翠を労るために、丁寧に粥を炊いた。
七草は月影寺の畑で俺が育ててものだ。
「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな 、すずしろ 、これぞ七草」
その色鮮やかな出来映えに満足の笑みを浮かべていると、電話が鳴った。
こんな早朝から誰だ?
「はい月影寺です」
「もしもし……あ……流兄さん、私です」
張り詰めた渋い声の主は、俺の二歳下の弟……
「えっ……お前、丈なのか! まったく音沙汰なしで、今までどこをほっつき歩いていたんだ?」
「すみません。あの……皆さんお元気ですか」
ソウルに行くと言ったきり、音沙汰がないと思ったら急に電話か。それなりに事情があってのことだろうと、翠と共に静かに見守っていたが、急に電話してくるなんて、何事だ?
「あぁ、母さんはまた伊豆の別荘に行っているが、みんな元気だ。お前……今どこにいる? まだソウルなのか」
「いえ……もう日本に戻って来ています」
意外な返答だった。
帰国しているとは想像していなかったから。
「何? そうか。おっ! もしかしてこっちに帰って来る気になったのか」
「いえ……そういうわけではなく……でも今からそちらへ行ってもいいですか。出来たら……少し滞在したいのですが」
「へぇ、珍しいこと言うな。もちろんいいぞ。んっ……それってもしかして」
「友人を一人連れて行きますので、部屋をお願いします」
更に驚いた。
ひとりでふらりと帰って来る日があるとは想定していたが、友人だって?
常に孤高の人だった弟に、家に連れてくる程の仲の友人がいるなんて信じられない。
ただひとり超然と高い理想を保ち淡々と我が道を行く丈に何があった?
もしかして、お前も……ついに心を揺さぶられる人と出会ったのか。
「おっ、お前に友人? なんだそれ? そんなことすんの初めてじゃないか。もしかして彼女か」
「いえ……男ですが」
男?
まぁ、友人というのだから、男で問題はないのだが……なにか腑に落ちない。同時に胸の奥に光が生まれたのを感じた。
「そうか。まぁそうだよな。うーん、とにかく待っている。父さんたちにも伝えておくからな」
「流兄さん、ありがとうございます」
電話を切ると、袈裟姿の翠がひょいと端麗な顔を覗かせた。
「流、そろそろ朝食を頼む」
「その前に話があります」
「どうした? 何かあったのか」
翠が怪訝な顔をする。
「今、電話があって……丈が日本に帰ってくるそうです」
「えっ、いつ?」
「もう日本にいるそうです」
「そうなのか、いつ会える?」
「えぇ、今からやってくるそうです」
「今……そうか、ついに……とうとう動き出すのか」
動き出す?
翠の言葉に、胸が高鳴った。
「流、落ち着いて。まずは朝食を」
「あぁ……」
未来への希望と期待。
胸を押さえると、心臓がドキドキと激しく鼓動していた。
俺は粥を掻っ込んで、すくっと席を立った。
「待ちきれない」
「あ、流、どこへ」
「出迎えに行くのさ!」
つい昔のような言葉遣いで、勢いよく庭に飛び出し、裏山を駆け上がった。
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