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私は彼に歩き方を教えるつもりで、いつの間にか彼をそのまま背負ってしまった。
ジェラルド様は歩く努力を止め、私の背中に乗ることが当たり前になり……やがてはその状態すら忘れ、自分が自分の足で歩いていると錯覚するようになった。
『お前は小うるさい』
『僕の能力を信用していないのか』
感謝は苛立ちへ変わり、献身は束縛へとすり替えられた。それでも私は、彼を見捨てられなかった。
責務と矜持……そして何より、あの日の薔薇園で見た無邪気な笑顔の残像が、今も胸の中に残っていた。
そうして、私たちは王立学園に入学した。
そこで彼女と出会ったのだ。
春の陽気の中、ふわふわとした桃色の髪を揺らして彼女は現れた。ミナだ。
男爵令嬢という触れ込みで編入してきた彼女は、私の常識の範疇にはない生き物だった。
『きゃっ、ごめんなさい!』
『私、何も分からなくて……』
『ジェラルド様、すごーい!』
彼女は努力しなかった。ただ、無知であることを武器にしてジェラルド様へとすりよった。
私が直すべき点として指摘した彼の弱さを、彼女はそこが素敵だとして全肯定した。
成長を促す私と、堕落を肯定する彼女。
楽な方へと流れる水のように、ジェラルド殿下が彼女に溺れていくことへ時間はかからなかった。
私が十年間かけて積み上げてきた信頼と献身の石垣は、桃色の甘い毒によって、あっけなく崩れ去ったのだ。
「……ふう」
回廊の窓から、中庭を見下ろす。そこはかつて私が彼を支えようと誓った薔薇園には程遠い……欲望渦巻く場所となっていた。
(……もう、十分ね)
私は過去の自分に別れを告げた。
あの日の気弱な少年の面影は、もうどこにもない。そこにいるのは、ただの愚かな一人の男だけだ。
執務室の扉が見えてきた。扉の向こうからは何やら喚き散らす声が聞こえてくる。
……この執務室の向こう側では、ジェラルド殿下が今まで丸投げしてきていた公務が彼に襲い掛かっているのだろう。
私は扉を開くことなく、その場を後にした。
ジェラルド様は歩く努力を止め、私の背中に乗ることが当たり前になり……やがてはその状態すら忘れ、自分が自分の足で歩いていると錯覚するようになった。
『お前は小うるさい』
『僕の能力を信用していないのか』
感謝は苛立ちへ変わり、献身は束縛へとすり替えられた。それでも私は、彼を見捨てられなかった。
責務と矜持……そして何より、あの日の薔薇園で見た無邪気な笑顔の残像が、今も胸の中に残っていた。
そうして、私たちは王立学園に入学した。
そこで彼女と出会ったのだ。
春の陽気の中、ふわふわとした桃色の髪を揺らして彼女は現れた。ミナだ。
男爵令嬢という触れ込みで編入してきた彼女は、私の常識の範疇にはない生き物だった。
『きゃっ、ごめんなさい!』
『私、何も分からなくて……』
『ジェラルド様、すごーい!』
彼女は努力しなかった。ただ、無知であることを武器にしてジェラルド様へとすりよった。
私が直すべき点として指摘した彼の弱さを、彼女はそこが素敵だとして全肯定した。
成長を促す私と、堕落を肯定する彼女。
楽な方へと流れる水のように、ジェラルド殿下が彼女に溺れていくことへ時間はかからなかった。
私が十年間かけて積み上げてきた信頼と献身の石垣は、桃色の甘い毒によって、あっけなく崩れ去ったのだ。
「……ふう」
回廊の窓から、中庭を見下ろす。そこはかつて私が彼を支えようと誓った薔薇園には程遠い……欲望渦巻く場所となっていた。
(……もう、十分ね)
私は過去の自分に別れを告げた。
あの日の気弱な少年の面影は、もうどこにもない。そこにいるのは、ただの愚かな一人の男だけだ。
執務室の扉が見えてきた。扉の向こうからは何やら喚き散らす声が聞こえてくる。
……この執務室の向こう側では、ジェラルド殿下が今まで丸投げしてきていた公務が彼に襲い掛かっているのだろう。
私は扉を開くことなく、その場を後にした。
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