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先ほど落ち着かせたはずの心臓がまた嫌な音を立て始める。エルアナはなんでもないようなしぐさで、周囲を少し見渡した。
「けれども不思議ね、ヴィンセント」
「え?」
「下見だなんて……こちらは会場ではないでしょう。事務手続きの場所までわざわざ、下見を?」
ドクン、と、彼女の指摘に応じるようにヴィンセントの心臓は高鳴った。
「う、うん。ほら、どこに誰がいるかを知っておくのも、主役の務めだろう……?」
必死に虚勢を張るヴィンセントの横から、先ほど彼と相対した事務官が丁寧な一礼とともにエルアナへと歩み寄った。
まずいとヴィンセントは思い、そして簡単に顔に出してしまったのだが、すべては遅かった。
事務官は手にした台帳をエルアナへ差し出し、何の疑問も感じていないような様子でただ自らの仕事を遂行した。
すなわち、エルアナへと報告を口にしたのだ。
「エルアナ様。先ほどヴィンセント様より承りました。追加の控え室の件、お話し通りに手配させていただきます」
ヴィンセントの足元に敷いてある石畳が歪んだような気がした。
それは彼の錯覚だったのだけれど、足が震えるような心地すらしていた。
そしてまたたきの合間に、その焦燥は事務官への怒りとなって吹き上がる。
(あの、馬鹿!)
あれほど、ヴィンセントは彼の前でもうまくやったというのに。
しかしそれが事務官の不手際一つで台無しにされようとしている。
(なんて愚かなんだ……それは僕がエルアナ本人に言っておくと、先ほど言ったばかりじゃあないか!)
あいつの頭は穴だらけに違いない。なぜならヴィンセントからの言いつけをことごとく忘れてしまっているのだから、そうに違いなかった。
射殺さんばかりに事務官をにらみつけてやるのだが、当の男には何の被害も与えていないようだった。こちらを見ていないのだから、ヴィンセントの怒りに応じていなくても不思議ではないのだが。
「追加の……控え室?」
エルアナの眉が、わずかに動いた。
「けれども不思議ね、ヴィンセント」
「え?」
「下見だなんて……こちらは会場ではないでしょう。事務手続きの場所までわざわざ、下見を?」
ドクン、と、彼女の指摘に応じるようにヴィンセントの心臓は高鳴った。
「う、うん。ほら、どこに誰がいるかを知っておくのも、主役の務めだろう……?」
必死に虚勢を張るヴィンセントの横から、先ほど彼と相対した事務官が丁寧な一礼とともにエルアナへと歩み寄った。
まずいとヴィンセントは思い、そして簡単に顔に出してしまったのだが、すべては遅かった。
事務官は手にした台帳をエルアナへ差し出し、何の疑問も感じていないような様子でただ自らの仕事を遂行した。
すなわち、エルアナへと報告を口にしたのだ。
「エルアナ様。先ほどヴィンセント様より承りました。追加の控え室の件、お話し通りに手配させていただきます」
ヴィンセントの足元に敷いてある石畳が歪んだような気がした。
それは彼の錯覚だったのだけれど、足が震えるような心地すらしていた。
そしてまたたきの合間に、その焦燥は事務官への怒りとなって吹き上がる。
(あの、馬鹿!)
あれほど、ヴィンセントは彼の前でもうまくやったというのに。
しかしそれが事務官の不手際一つで台無しにされようとしている。
(なんて愚かなんだ……それは僕がエルアナ本人に言っておくと、先ほど言ったばかりじゃあないか!)
あいつの頭は穴だらけに違いない。なぜならヴィンセントからの言いつけをことごとく忘れてしまっているのだから、そうに違いなかった。
射殺さんばかりに事務官をにらみつけてやるのだが、当の男には何の被害も与えていないようだった。こちらを見ていないのだから、ヴィンセントの怒りに応じていなくても不思議ではないのだが。
「追加の……控え室?」
エルアナの眉が、わずかに動いた。
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