【R18】純白の巫女姫は、憎しみの中で優しいぬくもりに囚われる

夕月

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二人の進む道 1

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 ザフィルの館を出たエフラは、深いため息と共に弟のもとへと向かった。ガージは集落の東のはずれに住んでいて、いつも夜遅くまで剣の鍛錬をしている。
 重い足取りで目指すその場所には、今夜も松明の火が揺れているのが遠目からも確認できる。

 双子として生まれた二人の進む道が離れていったのは、いつ頃からだっただろうか。
 エフラとガージは、ジャイナ族という今はもう存在しない部族の生まれだ。二人が十を少し過ぎた頃に、他部族に攻め込まれて滅んだ。
 部族間の衝突はよくあることだが、大抵負けた方の部族は勝った方に吸収される。争いの理由は肥沃な土地や水資源といった生きていく上で必要なものを奪い合うことがほとんどで、土地を耕したり井戸を掘ったり川から水を引くのには人手が必要だからだ。
 そのため、奴隷のような扱いを受けることはあっても、命まで奪われることは稀だ。
 だがジャイナ族を襲った部族は、まるで娯楽のように人を殺すことを目的としていた。
 収穫間近だった畑には目もくれず、それどころか火を放った。そして幼い子供から老人まで、目についた者を笑いながら屠っていった。
 剣術を教えてくれた父親も、優しかった母親も、あっという間に殺された。穏やかな日常は一瞬で破壊され、集落のあちこちには血溜まりとばらばらにされた遺体が転がっていた。
 エフラとガージは、まだ小柄だったことが幸いして、命からがら追手を撒いて森の中へと逃げ込むことができた。
 だが、故郷を失って行くあてもない。いつまた追手に見つかるかも分からない。森の中で途方にくれていた二人のもとにあらわれたのが、ザフィルだった。
 彼もまた成人手前だったが、背が高く体格も良かった。狩りの最中だった彼が剣を持っていたことで、エフラは追手だと勘違いしてしまった。激しく抵抗し、彼の左目蓋に深い傷を負わせてしまったにも関わらず、ザフィルは平気だと笑って二人を自らの部族に連れ帰ってくれた。
 族長の息子だという彼に保護されて、エフラとガージはテミム族の一員として新たな生活を始めることとなった。
 ザフィルが族長となり、テミム族が名を知られるようになった頃から、彼の目蓋に残る傷跡は様々な噂話となって広がっている。
 巨大な獣を打ち負かした時のものであるとか、他部族の族長との一騎打ちでついたものだとか、襲った女性に反撃された時のものだという馬鹿らしい話まで。
 そんな噂話の数々も、ザフィルは軽く笑い飛ばす。そしてエフラが申し訳なさそうな顔をするたびに、この傷跡すら自分の美貌を損なうことはないと悪戯っぽく笑ってみせるのだ。
 ザフィルほど情に篤く、優しい人はいないとエフラは思っている。命を助けてくれたばかりか、住む場所も家族も失ったエフラたちを受け入れてくれた。五つしか変わらないのに彼は随分と大人で、それはきっと珍しい容姿を持つことと、若くして族長の地位を継いだことにあるのだろう。
 強く優しいザフィルのことを、エフラはまるで兄のように思っている。甘えることが苦手であまり素直に親愛の情を示すことはできていないが、彼もエフラを弟のように可愛がってくれている。
 何もかもを失ったところに手を差し伸べてくれたザフィルに報いるため、エフラは常に彼をそばで支え、共にテミム族を盛り立てていくと決めている。
 だが、弟のガージはそうではなかったらしい。助けてもらったことに感謝はしているようだが、彼はザフィルをいずれ打ち倒すべき相手だと考えている。襲われて全てを失った経験は、ガージに強さを求めさせた。誰よりも強くならねば、また奪われてしまうと思い込んでいる。そして、戦いによる高揚心に溺れているのだ。
 奪われる前に奪えばいい、それがガージの口癖だ。ザフィルがガージから何かを奪うはずがないとエフラは思っているが、弟にとってはそうではないのだろう。いずれ自分はザフィルを超えて、テミム族の長になると公言している。
 たった一人の血を分けた弟と、命の恩人であり兄と慕う人。二人が戦うことになる日を、エフラはずっと恐れている。ザフィルに全てを捧げると決めた以上、自らの半身ともいえるガージを切り捨てなければならないからだ。
 恐らくその日は、そう遠くない。
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