【R18】純白の巫女姫は、憎しみの中で優しいぬくもりに囚われる

夕月

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願いの対価

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 ファテナが叫んだ瞬間、ガージをにらみつけていたザフィルの青い瞳が微かに見開かれた。
 同じくファテナの声に反応したガージの一瞬の隙を突いて、ザフィルは勢いよく剣を跳ね返した。体勢を崩してガージがよろめき、一気に形勢が逆転する。
「ここまでだ、ガージ」
 剣を突きつけて、ザフィルが静かな声で言う。ファテナのうしろからアディヤも飛び出してガージに剣を向けていて、勝ち目はない状況だ。だが、彼は強気な表情を崩さない。
 ちらりとファテナに視線を向けたガージは、にやりと唇を歪めた。何かを企んでいるようなその顔に、嫌な予感がする。
「それは、どうかな」
 ザフィルの言葉を鼻で笑ったガージは、懐に手を入れると続けざまに小さなナイフを放った。三つ投げられたそれは、ザフィルとアディヤ、そしてファテナを狙っている。
「……っ!」
 すごい勢いでこちらに向かってくるナイフに、ファテナはなす術もなく立ちつくすことしかできなかった。
「ファテナ!」
 自らに向けられたナイフを剣で弾き落としたザフィルが、ファテナの方に手を差し伸べる。だが、彼とファテナの距離は離れていてナイフには手が届かない。身を縮め、ファテナはナイフに貫かれることを覚悟して目を閉じた。
 だが、どんっと鈍い衝撃を身体に感じたのと同時に、ファテナの身体は床に倒れていた。急に視界が変わったことによる眩暈はあるものの、どこにも痛みは感じない。不思議に思って目を瞬いたファテナは、ザフィルの腕の中に抱き込まれていることに気づいた。
「良かった、ファテナ」
「ザフィル……?」
 ファテナの無事を確認して、安心したような笑みを浮かべたザフィルだが、顔色が悪い。もしやと思って身体を離したファテナは、彼の背にナイフが突き立っていることに気づいて息をのんだ。
「嘘、ザフィル、そんな……」
「これくらい、擦り傷だ。あんたを守れて良かった」
 顔をしかめつつナイフを抜いたザフィルだったが、立ち上がろうとしてよろめいた。身体に力が入らないようで、彼はずるずるとそのまま床に倒れ込む。
「そいつはもう終わりだ。ナイフの刃には毒を塗っておいたからな」
 アディヤに取り押さえられた状態で、ガージが高らかに笑う。自分が次の族長になることよりも、ザフィルを打ち倒すことの方が彼にとっては重要だったのだろうか。圧倒的に不利な状況にもかかわらず、ガージの目はぎらぎらと輝いている。
「じきに毒が全身に回って死ぬ。女に溺れて戦うことを忘れたあんたには、ぴったりの死に方だろう」
 耳障りなガージの笑い声が響く中、ファテナはザフィルを抱き起こした。酷く熱いのに力の入っていない身体は、ぐったりとしていて重たい。
「しっかりして、ザフィル。私があなたを助けるから。大丈夫だから、死なないで」
「ファ、……ナ」
 ほとんど吐息のような声でザフィルが囁く。握った手はだらりとして握り返してもくれない。青空のような美しい瞳だったはずが、濁って暗く見える。
「急いで解毒剤を、取ってきます。それまでどうか……耐えてください」
 ガージを柱にくくりつけたアディヤが、そう言って部屋を駆け出していく。ザフィルの呼吸は更に弱まっており、彼女が解毒剤を手に入れて戻るより先に命が尽きることは間違いないだろう。
 ファテナは、うしろにいる精霊を振り返って見上げた。血の臭いの充満するこの部屋の空気に、不快そうな表情を浮かべていたヤーファルだったが、ファテナの視線を受けて小さくうなずいた。そしてザフィルの顔をのぞき込んで呆れたようなため息をついた。
「本当に愚かだね。おまえが守らずとも、わたしが愛し子を傷つけさせるはずがないのに。そのせいでおまえは、今にも死んでしまいそうだ」
「ファテナは……俺が、守ると……決めてる、からな」
 苦しい息の下で、そう言ってザフィルが唇を歪めて笑う。ヤーファルは何も言わず肩をすくめると、ファテナをまっすぐ見つめた。
「では、ファテナ。おまえの望みを叶えよう。その対価は――おまえの魂だ」
「構わないわ。ザフィルを助けてくれるなら、それでいい」
 しっかりと深くうなずいたファテナの言葉に、ザフィルは微かに目を見開いた。
「待……っファテナ、それは……っ」
 信じられないといった表情を浮かべて、ザフィルが震える手を差し伸べようとする。ほとんど上がらない彼の腕ごと抱きしめて、ファテナは微笑みを浮かべた。
「もう捕虜じゃない私は、自分の命を好きに扱う権利があるはずでしょう。私はこの命をあなたと、あなたが大切にしているテミム族のために捧げたいの。私はきっと、精霊になっていつまでもあなたを見守っているから」
「だめ……だ、そんなこと……」
「ありがとう、ザフィル。あなたに救い出してもらえて本当に良かったと思ってる。大嫌いだなんて言ったけど、今は大好きよ。ずっとずっと……愛してる」
 耳元で囁いて、ファテナは一度ザフィルを強く抱きしめたあと、ヤーファルを見た。
「可愛い我が愛し子。これからは共に精霊として生きよう」
「テミム族を見守ることができるなら、それでいいわ」
「では、約束を果たそうか」
 精霊がファテナとザフィルに向けて手をかざすと、白い光が二人の身体を包み込んだ。

「待て……俺はそんなこと、望んでない……!」
 ザフィルが振り絞るような声で叫ぶが、まぶしいほどの光に包まれて何も見えなくなる。
 息苦しさと、全身を針で刺されるような痛みに襲われていたはずなのに、いつしか痛みは消え、呼吸も楽になっていた。
 光が消えた時、ザフィルの身体はすっかり元通りになっており、どこにも痛みや苦しさを感じない。
 だが、すぐそばでぐったりと目を閉じて動かないファテナの姿を見て、ザフィルは息をのんだ。
「ファテナ……!」
 必死に抱き起こして身体を揺さぶるが、力の抜けた彼女の身体は何の反応も示さない。腰まであったはずの長い髪が、顎ほどまでに短くなっていることに今更気づくが、その理由を聞くことすらもうできない。
「おまえを助けることを条件に、ファテナは自らの魂を対価として差し出した。彼女はいずれ、我々と同じ精霊の仲間となるだろう」
 その静かな声に顔を上げると、精霊は手の中に白く光る丸いものを握りしめていた。あたたかく柔らかな光を放つそれは、説明されなくともファテナの魂であるとザフィルも確信していた。
「頼む……俺の命なんてどうだっていい。ファテナを連れて行かないでくれ。魂を返してくれ……!」
 動かないファテナの身体を抱きしめながら、ザフィルは必死で精霊に叫んだ。あふれた涙が頬を伝い、ファテナの身体にいくつも落ちる。その様子を黙って見つめたあと、ヤーファルはゆっくりと首を横に振った。
「おまえの命に、わたしは何の価値も見出さない。だから、この美しい魂を返すことはできない」
 残酷な宣言に、ザフィルは激しく首を振ってファテナの身体を抱きしめた。魂を失ったこの身体は、今もどんどん冷えている。まるで眠っているかのような穏やかな顔をしているが、彼女は二度と目覚めない。
 ザフィルの命を助けるために魂を精霊に捧げるなんて、望んでいなかった。
 家族も故郷も精霊の力も――。ファテナから全てを奪いつくし、更に彼女の命まで奪うことになってしまった。
 ずっとザフィルが欲しかった言葉を、最期に残していくなんて。
 同じ気持ちだと、愛していると伝えたいのに、彼女にはもう届かない。
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