【R18】純白の巫女姫は、憎しみの中で優しいぬくもりに囚われる

夕月

文字の大きさ
59 / 65

二つの魂 1

しおりを挟む

「……お願いだ……どうか、ファテナを……。俺から何を奪っても構わないから……だから」
 しゃくりあげながら精霊に乞い続けるザフィルを見て、ガージは声をあげて笑った。しっかりと縛られていて身動きはできないが、口を塞がれていなかったので声を出すことはできる。
「情けないな、勇猛果敢で知られるテミム族の長とは思えない姿だ。おまえはやっぱり族長にはふさわしくない。散々女に溺れ、女が死んだくらいで泣きじゃくるような弱い男に、このテミム族を任せることなんてできるものか」
 次々と嘲るような言葉を投げかけたが、ザフィルの耳にガージの声は届いていないようだ。彼はうつむいて、ぶつぶつとひたすらに精霊に願い続けている。
 反応がないので面白くないため、ガージはザフィルを傷つけることを早々に諦めた。その代わりに、部屋の中央に立つ背の高い人物を見つめた。
 真っ白な長い髪に性別不詳の美しい顔立ち。纏う空気は明らかに異質なもので、ザフィルとのやり取りからこの人物が精霊であることは分かった。
 テミム族は族長のザフィルの考えによって、精霊の力を借りることを良しとしなかったため、精霊を目にするのは初めてだ。だが、対価を差し出せば願いを叶えてくれることは知っていた。
 今もまさに、ファテナが自らの魂を対価にザフィルを救ったのだから、ガージも何かを差し出せば願いを叶えてもらえるかもしれない。
 ごくりと唾を飲み込むと、ガージは精霊に声をかけた。
「……ねぇ、ぼくの願いも叶えてよ。この縄を外して欲しいんだ。対価は……そうだな、ぼくの兄の命でどうかな。双子なんだ、同じ顔をしてるから分かりやすいだろう?」
 ガージの言葉に、精霊はゆっくりと視線を向けた。透き通るような水色の瞳は冷え冷えとしていて、背筋がぞくりとする。
 怒らせただろうかと息を詰めたガージを見て、精霊はにっこりと笑った。その顔は思わず見惚れるほどに美しく、ガージはぽかんと口を開けた。
「おまえ、火傷をしているね。煙を吸ったのか、喉が焼けている」
「え……? あぁ、少し煙にやられてしまったけど……」
「喉が渇くだろう、水が欲しくはないか」
 直接頭の中に囁くような声に、ガージはぼんやりとしたままうなずいた。確かにザフィルを探して燃える館の中をうろついていた際に煙を多少吸ってしまったが、さっきまでは何の違和感もなかった。なのに、急に耐えがたいほどの喉の渇きを覚えた。今すぐ水を飲みたくて仕方がなくなる。
「水が……欲しい。喉が渇いて、たまらないんだ」
 そうつぶやくと、精霊は口の端を大きく上げて微笑んだ。こちらを見つめる水色の瞳は少しも笑っていないことに気づくが、その意味をガージが考える前に精霊がパチリと指を鳴らした。
「ならば、存分に飲むといい」
「え、……っあ、ぶぁ……っ」
 精霊の言葉と同時に、ガージの真上に突然大量の水が降り注ぐ。水を飲むどころか目や鼻にも凄まじい量の水が流れ込んで息ができなくなる。縛られているから、手で水を遮ることすらできない。このままでは溺れて死んでしまうと思った瞬間、水は跡形もなくかき消えた。
 激しく咳込みながら呼吸を整えるガージの目の前に、いつの間にか精霊が立っていた。まっすぐに見下ろす精霊の顔は、もう笑みを浮かべていない。無表情なのに美しいその顔から、恐ろしいほどの苛立ちと怒りを感じ取って、ガージの身体は勝手に震えだす。
「対価を勝手に決められるのは不愉快だ。おまえが差し出そうとした兄とやらは、先程我が愛し子が救いたいと願ってわたしが助けた命だ。同じ顔をしていても、おまえの心根は腐っているね」
「いや、あの……だって」
 必死で言い訳をしようと言葉を探すが、動揺のあまり何も出てこない。
 急所を外しておいたし、エフラはまだ生きているだろうとは思っていたが、精霊も兄と会っていたらしい。あの傷を、精霊が治したというのだろうか。いつの間にか短くなっていたファテナの髪は、兄の治癒の対価として奪われたということか。
 精霊が一人の人間に肩入れするなど聞いたことがなかったが、愛し子という言葉から察するに、ファテナはこの精霊にとって特別な存在なのだろう。そんな彼女が救った人間の命を再び差し出すと言ったガージは、精霊の逆鱗に触れたらしい。
 失言だったことに気づくが、どう弁解すればいいのかも分からない。結局何も言えずに黙るしかないガージに、精霊は手を差し出した。
「では、水の対価をもらおうか」
「……え?」
 先程降り注いだ水は、精霊がガージに与えたもの。確かにガージは水が欲しいと口にして、精霊はその願いを叶えたのだ。
 精霊は、対価なしに願いを叶えることはない。求められるものは、何だ。
 目を見開いて固まるガージの胸元を、精霊はまっすぐに指差した。
「対価は、おまえの魂だ」
「え、待って、そんな、ぼく……っ」
 あの溺れそうな水の対価として求められるものが、魂だなんて。そんなの釣り合いが取れていない。
 ぱくぱくと口を動かしてそう言おうとするのに、声がうまく出ない。
 精霊は気まぐれで、些細な願いごとに命を求める場合もあれば、到底叶わないような願いであっても小さな宝石ひとつで叶えてくれることもある。
 そうと知っていても、まさか本当に魂を求められるとは思わなかった。
「ひ……っ、嫌……いやだ、ぼくは……」
 逃れようと必死に首を振るが、精霊はガージをじっと見つめたままだ。身体の芯から冷えるようなその視線に耐えかねて、ガージは強く目を閉じた。その瞬間、ガージの意識はぷつりと途切れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...