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 がくりと頭を垂れて動かなくなったガージを気にすることもなく、ヤーファルは両手にひとつずつ握りしめた魂を見比べるように観察した。しばらく光にかざすように見つめたあと、ふうっと深いため息をつく。
「……やはり、心の根の腐った者の魂は美しくない」
 右手に握りしめた魂は、水の対価としてガージから奪ったもの。赤黒いもやが渦巻く魂は醜く、血の臭いがする。
 汚らわしいものに触れていることが不快で、ヤーファルは手の中の魂を床に放った。ぽとりと落ちたそれを足で踏み潰すと、ひしゃげた魂から赤黒いものがあふれる。血にまみれた魂から微かに悲鳴があがったのが聞こえたが、浄化のために水で洗い流すとその悲鳴ごと潰れた魂は消えていった。
 破壊された魂は生まれ変わることすらできなくなったが、精霊にとってそれは気に留める必要もない些細なことだった。
 奪っておきながら必要ないと踏み潰した魂のことなど忘れたように、ヤーファルは今度は左手に握りしめた魂を見つめた。
 白く輝きを放つ、あたたかく柔らかな感触の魂は、美しく愛おしい。真っ白な魂の内側で、ファテナは身体を丸めて眠っているようだ。次に目覚めた時、彼女は美しい精霊となるだろう。
 抜け殻となった彼女の肉体に目を向けると、ザフィルがしっかりと抱きしめていて離しそうにない。亡骸を抱えて泣くザフィルは、ガージが死んだことすらどうでもいいようだった。
 ふと、魂の内側で固く目を閉じるファテナが、何かを大切そうに抱きしめていることに気づいた。
 ヤーファルは、目を眇めて魂を光に透かす。彼女が守るように腕の中に抱えていたのは、眩しいほどに黄金の太陽が輝く、晴れ渡った青空だった。
 それはただの風景ではない。目の前で憔悴しきって涙をこぼす男への想いが、形になったものだ。
「……この男との思い出を、手放したくないというのか」
 つぶやいたヤーファルの声に、ファテナは何の反応も示さない。
 身体を丸く縮めるファテナは、生まれたままの姿をしている。だが、右手首には金の腕輪が輝いているし、左足首には青い石のついた足輪を着けている。そのどちらからもザフィルの気配を感じ取って、ヤーファルは眉を顰めた。人であった時のものは、記憶も含めて全て肉体に置いてくるはずなのに、ファテナはそれに抗った。ザフィルへの想いを、彼との記憶を、決して手放さないのだという強い意志を感じる。
 しばらく黙ってファテナの魂を見つめていたヤーファルは、やがて小さなため息をついた。
「本当に、おまえは困った子だね、ファテナ。そんなにもあの男の臭いを染みつかせているなんて。浄化にどれほどの手間がかかることか。わたしは面倒なことは嫌いなのだよ」
 手の中の魂にそっと唇を押し当てたあと、ヤーファルはゆっくりと魂から手を離した。ふわりとその場に浮かんだままの白く輝く魂に、精霊は慈愛を込めた笑みを向けた。
「肉体へお帰り、ファテナ。おまえはやはり、精霊には相応しくない。純潔を失い、一人の男に心を捧げた者を、他の精霊も受け入れないだろう」
 ヤーファルの言葉の真意を測りかねたようにしばらく宙に浮いていた魂は、やがて意を決したように動き始める。
 ふわふわと漂いながら肉体を目指した魂は、未だ泣き続けるザフィルの頰に擦り寄った。ぬくもりを感じ取ったのか、ザフィルがハッとしたように顔を上げる。
「……っ、ファテナ……?」
 泣きすぎて掠れた声でつぶやき、ザフィルは震えながら白い光に手を伸ばす。指先が触れた瞬間、光が弾けた。

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