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そこへ、息を切らしたアディヤが戻ってきた。背後には、ニダールらの姿もある。どうやら館の外での戦いには決着がついたようだ。両脇を支えられた状態で、エフラもやってきた。彼の顔色はまだ悪いものの、傷を塞いだことで何とか動けるほどに回復したのだろう。
アディヤは解毒剤を握りしめていたが、ザフィルが元気にしていることに気づいて戸惑った表情で足を止めた。
「ザフィル、様……?」
「もう、大丈夫だ」
信じられないといった表情を浮かべるアディヤに、ザフィルは安心させるように笑いかける。柱にくくりつけておいたガージの方に視線をやった彼女は、頭を垂れて動かないガージを見て息をのむ。
確認のために近寄ったアディヤは、彼が息絶えていることに気づいてザフィルを振り返った。
「……死んでます」
「精霊に、無理な願い事をしたせいだ。対価に魂を奪われた」
静かな声でザフィルが言うと、エフラの方をちらりと見た。エフラは弟の亡骸をしばらく黙って見つめたあと、一度目を閉じて息を吐くと、顔を上げた。
「欲深さゆえに命を失う……。それが、弟の運命だったのでしょう。ザフィル様を襲ったこと、館に火をかけて多数の怪我人を出したこと。全てはガージが欲をかいて起こした行動です。――兄として、止めることができませんでした。申し訳ありません」
エフラ自身に罪のないこととはいえ、身内がしでかしたことだ。彼は膝をつき、深く頭を下げた。ザフィルはそれを見て、ため息をつきつつ首を横に振る。
「申し訳ないと思うのなら、おまえにはこれから先も俺のそばで働いてもらわないと困る。謝罪の言葉など必要ない、態度で示せ」
「一生ザフィル様にお仕えすると、誓います」
即答したエフラの言葉に、ザフィルは小さく笑うと彼の肩をぽんと叩いた。
ガージの遺体が運び出されていき、ザフィルはエフラにも遺体の見張りを命じた。反逆行為を働いたとはいえ、エフラにとっては唯一の肉親。このあと遺体であっても処罰を受ける可能性を考えると、最後の別れをさせてやろうという配慮だった。
館の外でニダールらが捕らえた男たちも、牢へと連行された。ガージに従った者はごく少なく、捕らえられた時点で戦意を喪失していたので、これ以上の反乱はないだろう。
結局、ガージ一人が命を失って終わった。彼が思っていた以上にザフィルが民に慕われていたことが、敗因だろう。
ニダールらも多少の怪我を負っていたため、手当のために移動することとなった。館の火は消し止められたが、焼け落ちている部分もあるし、まだ煙が充満している。
外に出て、集落の中心部にある広場に向かう。医者も来ていて、傷の酷い者から手当てを受けることになった。
特に怪我のないファテナは、ザフィルと共に人々から離れた場所でアディヤが淹れてくれたお茶を飲んでいた。ザフィルもたくさんの切り傷や擦り傷を負っていたが、他の者の治療を優先するようにと言ったのだ。
しばらくすると、手当てを終えたニダールらが今度こそザフィルの番だと呼びに来た。皆、腕や足に包帯をいくつも巻いている。
「あれ、そういえば姫様、髪の色が……。さっき会った時は黒い髪だったような」
今気づいたと驚いたような声でニダールに指摘されて、ファテナはうなずいた。先程まで濃紺だった髪が、彼らにとっては見慣れた白に変わっている。その変化に精霊が絡んでいるのを隠すことはできないだろう。
「ガージに襲われた時、ザフィルが毒にやられたの。それを、精霊に願って助けてもらったのよ。その対価に髪の色を、捧げたわ」
「そして、ファテナは精霊を呼ぶ力も失った。恐らく対価にそれも含まれていたんだ」
ファテナの言葉にかぶせるように、ザフィルが言う。ファテナがまだ精霊を呼べることは、秘密にしておきたいのだろう。だからファテナもそれにうなずいた。
「もう私は何の力も持たないただの人間だし、ウトリド族がなくなった今、姫様だなんて呼んでもらえる存在でもないわ。だけど何を失おうとも、精霊に願ってザフィルの命を助けてもらったことは後悔してない。ザフィルは、私を……そしてウトリド族の皆を救ってくれた人だから」
そう言って、ファテナはニダールら元ウトリド族の者を見回した。
「精霊の力に頼らず生きることを教えてくれたのは、ザフィル様とテミム族の皆です。精霊の力は確かに強大ですが、対価が必要なこともテミム族に来て初めて知りました。……ずっと姫様が、おれたちのために命を削っていてくれたことも」
何も知らなかったのだと、苦い表情でニダールらが唇を噛む。ファテナは目を伏せて、首を振った。
「私も、あの頃はそれを疑問に思ったことすらなかったもの。皆が幸せに暮らせるなら、それでいいと思っていたの。もう精霊を呼べない私でも……皆は許してくれるかしら」
「もちろんです。許すとか許さないとか関係なく、ファテナ様はおれたちにとってずっと姫様なんだ。いやあのザフィル様、ウトリド族を再興したいとか、そういうのではないですよ」
笑顔で言いかけたニダールは、ザフィルの冷たい視線に気づいて慌てて弁解する。ザフィルとしては、単にファテナと親しげに話しているのが気に入らないだけなのだが。
「それは分かってるが、おまえらはファテナに近づきすぎだ」
不機嫌な声で言うと、ザフィルは隣に座るファテナを抱き寄せた。明らかに執着を見せるその仕草に、ニダールは驚いたように目を見開いたあと、破顔した。
「なるほど、そういうことですね。承知しました」
くすくすと笑いながら距離をとるニダールを見て、ザフィルはそれでいいというようにうなずいた。
アディヤは解毒剤を握りしめていたが、ザフィルが元気にしていることに気づいて戸惑った表情で足を止めた。
「ザフィル、様……?」
「もう、大丈夫だ」
信じられないといった表情を浮かべるアディヤに、ザフィルは安心させるように笑いかける。柱にくくりつけておいたガージの方に視線をやった彼女は、頭を垂れて動かないガージを見て息をのむ。
確認のために近寄ったアディヤは、彼が息絶えていることに気づいてザフィルを振り返った。
「……死んでます」
「精霊に、無理な願い事をしたせいだ。対価に魂を奪われた」
静かな声でザフィルが言うと、エフラの方をちらりと見た。エフラは弟の亡骸をしばらく黙って見つめたあと、一度目を閉じて息を吐くと、顔を上げた。
「欲深さゆえに命を失う……。それが、弟の運命だったのでしょう。ザフィル様を襲ったこと、館に火をかけて多数の怪我人を出したこと。全てはガージが欲をかいて起こした行動です。――兄として、止めることができませんでした。申し訳ありません」
エフラ自身に罪のないこととはいえ、身内がしでかしたことだ。彼は膝をつき、深く頭を下げた。ザフィルはそれを見て、ため息をつきつつ首を横に振る。
「申し訳ないと思うのなら、おまえにはこれから先も俺のそばで働いてもらわないと困る。謝罪の言葉など必要ない、態度で示せ」
「一生ザフィル様にお仕えすると、誓います」
即答したエフラの言葉に、ザフィルは小さく笑うと彼の肩をぽんと叩いた。
ガージの遺体が運び出されていき、ザフィルはエフラにも遺体の見張りを命じた。反逆行為を働いたとはいえ、エフラにとっては唯一の肉親。このあと遺体であっても処罰を受ける可能性を考えると、最後の別れをさせてやろうという配慮だった。
館の外でニダールらが捕らえた男たちも、牢へと連行された。ガージに従った者はごく少なく、捕らえられた時点で戦意を喪失していたので、これ以上の反乱はないだろう。
結局、ガージ一人が命を失って終わった。彼が思っていた以上にザフィルが民に慕われていたことが、敗因だろう。
ニダールらも多少の怪我を負っていたため、手当のために移動することとなった。館の火は消し止められたが、焼け落ちている部分もあるし、まだ煙が充満している。
外に出て、集落の中心部にある広場に向かう。医者も来ていて、傷の酷い者から手当てを受けることになった。
特に怪我のないファテナは、ザフィルと共に人々から離れた場所でアディヤが淹れてくれたお茶を飲んでいた。ザフィルもたくさんの切り傷や擦り傷を負っていたが、他の者の治療を優先するようにと言ったのだ。
しばらくすると、手当てを終えたニダールらが今度こそザフィルの番だと呼びに来た。皆、腕や足に包帯をいくつも巻いている。
「あれ、そういえば姫様、髪の色が……。さっき会った時は黒い髪だったような」
今気づいたと驚いたような声でニダールに指摘されて、ファテナはうなずいた。先程まで濃紺だった髪が、彼らにとっては見慣れた白に変わっている。その変化に精霊が絡んでいるのを隠すことはできないだろう。
「ガージに襲われた時、ザフィルが毒にやられたの。それを、精霊に願って助けてもらったのよ。その対価に髪の色を、捧げたわ」
「そして、ファテナは精霊を呼ぶ力も失った。恐らく対価にそれも含まれていたんだ」
ファテナの言葉にかぶせるように、ザフィルが言う。ファテナがまだ精霊を呼べることは、秘密にしておきたいのだろう。だからファテナもそれにうなずいた。
「もう私は何の力も持たないただの人間だし、ウトリド族がなくなった今、姫様だなんて呼んでもらえる存在でもないわ。だけど何を失おうとも、精霊に願ってザフィルの命を助けてもらったことは後悔してない。ザフィルは、私を……そしてウトリド族の皆を救ってくれた人だから」
そう言って、ファテナはニダールら元ウトリド族の者を見回した。
「精霊の力に頼らず生きることを教えてくれたのは、ザフィル様とテミム族の皆です。精霊の力は確かに強大ですが、対価が必要なこともテミム族に来て初めて知りました。……ずっと姫様が、おれたちのために命を削っていてくれたことも」
何も知らなかったのだと、苦い表情でニダールらが唇を噛む。ファテナは目を伏せて、首を振った。
「私も、あの頃はそれを疑問に思ったことすらなかったもの。皆が幸せに暮らせるなら、それでいいと思っていたの。もう精霊を呼べない私でも……皆は許してくれるかしら」
「もちろんです。許すとか許さないとか関係なく、ファテナ様はおれたちにとってずっと姫様なんだ。いやあのザフィル様、ウトリド族を再興したいとか、そういうのではないですよ」
笑顔で言いかけたニダールは、ザフィルの冷たい視線に気づいて慌てて弁解する。ザフィルとしては、単にファテナと親しげに話しているのが気に入らないだけなのだが。
「それは分かってるが、おまえらはファテナに近づきすぎだ」
不機嫌な声で言うと、ザフィルは隣に座るファテナを抱き寄せた。明らかに執着を見せるその仕草に、ニダールは驚いたように目を見開いたあと、破顔した。
「なるほど、そういうことですね。承知しました」
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