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6 王子の初恋

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「え、あ、違……っ」
 慌てて首を振るものの、クロヴィスは機嫌の良さそうな表情でうんうんとうなずいている。
「素直じゃないネフィリアにしては、よく言えた方だよね。本当に可愛いんだから。それと――」
 そう言ってクロヴィスは、ネフィリアの身体を再びベッドに押し倒した。
「僕の気持ちがその程度のものだと思われていたなんて、ものすごく傷ついた。だから、これからも毎日だって愛してるって伝えるし、もっともっと愛してあげる。ネフィリアが疑う気持ちを持てないくらいに、僕のことしか考えられないようにしてあげる」
 にっこりと笑ったクロヴィスは、そう言ってそっと触れるだけの口づけを落とした。

「僕は、きみとずっと一緒に生きていくつもりだよ。だから、魔女の秘薬を、僕に飲ませてね」
 ネフィリアの唇を親指でなぞるようにしながら、クロヴィスが囁く。
 寿命の長さの違う人間と魔女。それでも、本当に愛する人と共に過ごすために、密かに伝わる薬がある。『魔女の秘薬』と呼ばれるそれは、人間の寿命を魔女と同じように延ばすことのできるもの。だけどそれは、魔女と人間が愛しあっていなければ意味を成さない。どちらかの愛が消えた時、その寿命はぷつりと切れた糸のように途切れる。それに、寿命を延ばすということは、その人間のそれまでの人生を捨てさせることにもなる。一向に年をとらない人間がいれば不審に思われてしまうため、転々と居住地を変えながら暮らすことになるから。

「でも、そんなこと……」
 ネフィリアは、ゆっくりと首を振った。クロヴィスは、この国の王子だ。王位は継がないかもしれないけれど、それでもネフィリアだけのものにしていい人ではない。

「きみは優しいね、ネフィリア。僕のことを心配してくれているんだろう」
 微かな苦笑を浮かべながら、クロヴィスがネフィリアの頭をそっと撫でる。
「大丈夫だよ。僕はスペアもいいところな第三王子だからね、いなくなったところで国に与える損害なんて何もない。それに、父も兄たちも、僕がネフィリアを好きなことを知っているからね。何なら魔女との繋がりが深くなって大歓迎だって思ってるよ、きっと」
 明るい笑顔を浮かべるクロヴィスに、ネフィリアの心も揺れ動く。本当に彼を信じて、彼を自分だけのものにしてもいいのだろうか。

「僕の気持ちは絶対に変わらないよ。何年きみに片想いしてたと思ってるの。そろそろ応えてもらえないと、本当に泣いちゃいそうだよ」
 クロヴィスの言葉に、ネフィリアは目を瞬く。彼がこうしてネフィリアのまわりをうろつき始めてまだ1年と少し。何年も、というほどの期間ではない。
 それを見て、クロヴィスはくすくすと笑った。

「僕らが初めて会ったのはいつだったか覚えてる?」
 クロヴィスの言葉にネフィリアは首をかしげた。彼の成人を祝う夜会に招待されて、人魚たちに頼み込んで手に入れた美しい真珠を持って行ったのが最初だったはずだ。
「うん、あの真珠は綺麗だったから、結婚式にネフィリアの髪に飾ったら素敵だろうね。でも、僕らの初対面はもっと前だよ」
「え……?」
 全く思い出せなくて戸惑うネフィリアを見て、クロヴィスは笑いながら指を四本立ててみせる。

「正解は、僕が四つの時。僕が熱を出して、薬を作りに来てくれたことがあっただろう」
 クロヴィスの言葉に、ネフィリアも記憶を辿る。確かに、王子の熱がなかなか下がらないので薬を作って欲しいと依頼を受けて、城に行ったことがあった。
「あの時の……?」
「うん。ひんやりした手で頭を撫でてくれて、薬も飲ませてくれたよね。あの時、ネフィリアに一目惚れしたんだ」
「嘘、だってそんな昔のこと……」
「僕は、今でもちゃんと覚えてるよ。優しくて綺麗な魔女のネフィリア。早く良くなるようにって、手を握ってくれたよね。その時、絶対に僕のものにするって決めたんだ」
 にっこりと笑うクロヴィスの表情は、確かに記憶の中の幼い少年とも重なる。

「とりあえず大人にならないことには相手にしてもらえないだろうことは分かってたからね。子供のうちに、きみを手に入れるために必要なことは全部やったよ。父や兄たちにも協力を仰いだし、皆、僕の恋を応援してくれてるよ」
「協力……って」
「僕の成人の祝いにはネフィリアを呼んでもらうように頼んだし、こうしてネフィリアを訪ねる許可だってもらってる。本当は、成人したらすぐにきみと結婚したかったんだけど、案外手強いよね、ネフィリアって」
 悪戯っぽく笑いながら、クロヴィスはネフィリアの頬に触れた。幾筋も残る涙の跡をぬぐい、そっと唇を重ねる。絡められた舌の感覚に、身体の中で燻っていた熱が一気にまた広がっていく。
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