元侯爵令嬢は辺境で友人と平穏に暮らしたい。

あの時削ぎ落とした欲

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14 幸せ

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 エリスがお茶を手に戻った時には、もうすでにニナはリオスと打ち解けていた。

「エリス! コイツいー奴!」
「そ、そう」

 学生の頃、エリスが怪我してからというもの、彼女に近づく男を威嚇する事が無くなったとはいえ、ここまで短時間で打ち解けるのは珍しいと戸惑いを隠せない。
 リオスは紅茶を一口飲むと、本題を切り出した。

「エリスチャン、誰かと結婚して子供欲しいんだろ~?」

 この話は数日前のニナの魂の年齢を調べる場に居た数人しか知らない筈だ。もしやリーゲルが話したのだろうか。あまり仲が良いとは言えない双子ゆえ、その様な話はしない気がするし、何よりリーゲルの人柄からこの様な話を他者に話すとは思えなかった。
 そんなエリスの考えを読み取ったのかそうでないのか、リオスは含みある笑みを浮かべた。

「でさ~、エリスチャン、相手俺はどうかな?」
「はぁん!?」

 予想外過ぎる言葉にエリスは言葉がでず、ニナは茶菓子を食べる手が止まる。

「まあ、不思議に思うのは仕方ないわな~。実は」

 その時、リオスの言葉を遮るように扉を強くノックする音が響いた。

「エリス様! 僕です、リーゲルです! 開けて下さい!」
「お~、思ったより早かったな~」

 リオスが肩を竦めて、再び紅茶を口にしている間に、エリスはリーゲルがここまで大きな声を出すのは珍しい何かあったのかと急いで扉を開ける。

「殿下、どうしたのですか?」

 そこには走ってきたのか少し息が上がっているリーゲルが見たことも無い焦っている顔をしている。

「リオス、お前……!」
「お兄ちゃんっ子だな、お前~。そんなに兄ちゃんに早く会いたかったか~」
「やめろ、反吐が出る……!」

 リーゲルの珍しい言葉遣いにニナとエリスは目を瞬かせるしかない。

「エリス様に何の用だ、どうせ碌な事では無いのだろうが」
「そんな怒るなって~、ただエリスチャンに結婚しよって言いに来ただけだぜ~。エリスチャン早く子供欲しいんだろ~?」
「やはりその件か……!」

 リーゲルは片手で頭を抱える。まさか本当にリーゲルがリオスに話したのかと驚くエリスにリーゲルが気づき弁明する。

「違うのです、エリス様。この男は恐ろしく感が良いというか頭が回るというか……、恐らく王家へのニナ嬢に関する報告からエリス様の反応、行動他、その場に居た者の言動を予測し見当をつけてきたのかと」
「兄ちゃんへの評価高いな、ありがとな~」
「褒めていない……!」
「照れ屋な弟なもんで~、うちのと仲良くしてくれてありがとな、お二人~」
「兄面するのやめろ……!」

 ニナがとりあえず黙れという意味でリオスの口に多めに茶菓子をねじ込む。

「ごふっ」
「そんでリーゲルは何でリオスがエリスに会いに来るとおもったのだ。コイツいままでエリスと何の関係もないだろー」

 リーゲルがリオスは元第二王子派閥の人間で無関係では無い事、そしてここ最近エリスの実家のクライス侯爵家が聖女と崇められ始めている彼女を連れ戻そうとしている事を説明した。

「え……」

 その様な事になっている等、一切知らなかったエリス。それもそのはず、辺境伯と第四王子がエリスの元に噂さえ届かない様にしていたのだから。今回リーゲルが焦って訪問したのも、リオスがこれをエリスに伝える事を阻止したかったからだ。

「なんじゃい、エリス捨てた実家が何をいまさら!」
「クライス侯爵家は今大変厳しい状況に置かれていますから、勘当したはずの娘に価値があるとわかれば縋るのも不思議ではありません。そこで、侯爵家はリオスに頼ったのでしょう。リオスは第二王子を裏切り第一王子派閥に恩を売ったのですが、実は王都の一部でその動機はリオスがエリス様へ密かな恋慕抱いていたからと噂されているのです。それを真に受けたのかと」
「えっお前の兄ちゃんエリス好きなのか!?」
「おそらくそれは無いと思いますが、こいつが今迄担ぎ上げてきた第二王子をあっさり捨てた動機は公にされていませんから、主に若い女性達が面白がって噂していたようです」

 リオスは今迄滅多に表舞台に姿を現さない事と、学園でも人付き合いは意識して控えめにしていた事で謎の多い人物というのが大半の人間の認識だ。幼い頃から支えてきた王子が身分の低い女に夢中になっただけで見捨て裏切るなど、あまりのも情が薄く早計過ぎると常人ならば思うのだろう。
 そもそも第二王子が起こした事件や虚言を吐いた女を信じた件は握りつぶせない物ではなかった。この程度なら何とかなるものだ。しかし、リオスは裏切り証拠を第一王子派閥に売った。つまり、リオスが第二王子を失脚させたも同然。なれば尚更何故と人々は困惑しているのだった。
 第二王子の学園に通う前と学園での振る舞いと、リオスの人格と能力を知っていれば理由は明白だが、殆どの人間がその両方を知ることは無いのだから仕方がない。わからない事には何かと理由をつけて納得したがるのが人間だ。あれこれ推測するのは当然だったし、リオスはその噂をあえて放置していたのだから余計に話が膨れ上がったのだった。

 茶菓子を嚥下したリオスが口を挟む。

「まさか、クライス侯爵が噂を鵜呑みにしてるとは思わなかったけどな~。まあ、俺としてはエリスチャン嫌いじゃないし、聖女って面白そうだし、辺境に話しに行くだけでもしておくかねってとこよ~」
「そのようなペラッペラな理由でエリス様に関わるな」
「そうだそうだー」
「どうせお前の事だ、聖女と崇められるエリス様を王都に連れ戻し、教会に所属させることで利益を生み出し、そのお零れにあずかろうという魂胆だろう? そのような奴がエリス様の隣に立てると思うな」
「よくわからんけど、そうだそうだー」

 リオスはエリスに話を振る。

「それはお前たちが判断する事じゃないだろ~、それに王都には連れ戻さないよ、エリスチャンはニナチャンの為に子供を作りたいわけだから辺境に居なきゃ意味ない。エリスチャンはどう? 俺は嫌?」

 ここぞとばかりにその美しい顔を形作るリオスに、エリスは無表情でポツリと呟いた。

「……侯爵家に籍が戻るのは嫌なので」
「俺が嫌って訳では無いんだ」
「え、ええと、どうでしょう……」

 嫌というか、そういう相手として全く意識してこなかったのでエリスは困惑しかない。

「ほら、エリス様が困っているだろう、お前はもう王都に帰れ」
「きょうせいそうかんだー」

 リオスは足を組んで膝に手を置き余裕の姿勢を見せた。

「エリスチャンさ、自分の子孫にニナチャンの傍にしてほしいんだろ?」
「それはまあ、そうですね」
「強制しなくても、ニナチャンを家族として育てば居てくれるとか甘い考えしてない?」

 それは正にエリスが考えていた子育て方法だった、ぎくりとするエリス。彼女とてそれが甘い考えなのは分かっている。しかし、強制も出来ない以上他の方法も思いつかないのだ。
 エリスの表情を見てリオスが笑みを深める。

「子供ってさあ、妙に感が鋭い所あるからエリスチャンが自分の子供にニナチャンの傍に居て欲しいこと察すると思うんだよね~。直接言わなくても、その事が言葉の端からにじみ出る事だってあるし。そんでま~、反抗期が来たらどうよ、世の中には反抗期こじらせたまま大人になった人間って結構いるだろ~、自分の子供がそうならないって断言できる?」
「断言はできません、ね……」
「そこで! 実績のある、この俺!」

 リオスは立ち上がり仰々しい仕草で己の存在を示す。

「……リオス、お前に何の実績があると言うんだ。まさか隠し子でも居たのか」

 リーゲルが呆れ気味に尋ねるとリオスは自信満々に言い放つ。

「究極の馬鹿をコントロールして数年間王太子候補の座に縛り付けていた実績!」
「結果は大失敗だっただろうが!」

 エリスの元婚約者である第二王子ヴェイン、彼は学園在学中の大失態で王太子候補から外れ、今では完全に居ない人間として扱われている。

「本来なら王太子候補にすらならない馬鹿をしつけて育ててたんだぜ~? 洗脳無しで自分の思うままに行動させるって結構すごくね? それに失敗したのは俺の制御下を外れたからなんだよ。あと、俺がまだ子供だったから考えが甘かったってトコかな。つまり失敗を踏まえて成長した俺は次こそ子育てに失敗しないって訳よ」

 リーゲルは深い溜息を吐いて、話にならないと首を横に振る。

「言いたいことはそれだけか? リオス、もう用がないなら帰れ」
「かえれかえれー」

 リーゲルとニナがリオスを追い出そうとした時、エリスが呟いた。

「ヴェイン殿下を王太子候補に留めていたのがリオス殿下なら、確かに凄いわ……」
「え」

 エリスは元婚約者であるヴェインの馬鹿さに幼い頃から気付いていたし、何故こんな人が王太子候補でいられるのだろうと思っていた。あれを制御していたのがリオスならば、確かに学園で馬鹿に拍車がかかった時期と一致する。

「だろ~? どうよ、俺。エリスチャンの子供完璧に育てるぜ~? それに自分で言うのも何だけど俺賢いし、エリスチャンも賢いから子供優秀になると思うんだよな~」

 黙考するエリスを見てリーゲルは慌てる。

「エリス様! こいつは甘い汁を啜って楽に生きたいと考える怠惰な寄生虫ですよ……!?」
「兄ちゃんを寄生虫扱いとかヒド~」

 リオスの発言は無視してニナに問いかける。

「ニナ嬢は良いのですか」
「エリスの結婚相手はエリス自身が決めるのだ……」

 ニナも思う所はあるが、口を挟むにしてもリオスの事をよく知らない為、現段階では難しい。

「駄目ですよ、せっかく自由の身になれたのに、偶然己の希望する条件に合ったからと、好きでも無い相手と結婚するなど……! それでは貴族と変わらない。エリス様の幸せはどうなるのですか」

 ニナはその言葉にはっとする。幸せ、そうだ、エリス自身に決めてもらうにも幸せになってもらわなければ意味が無い。己より早く死ぬエリスの意思を優先させなければいけないと強く思い過ぎていたことに気付く。平気なつもりでも、寿命の件がまだニナの中で消化しきれていない為、頭が鈍くなっているのだ。

「そうだ! エリスの幸せ! それ最優先!」
「そうです、エリス様を愛し、エリス様から愛される人間でなければ。リオス、お前はエリス様に恋愛感情など抱いていないだろう」
「いや、確かにそうだが、結婚してから夫婦愛を育むパターンもあるが~?」
「自分の兄をコントロールして傀儡の王に仕立て上げようとした人間がまともな家庭を築ける訳が無い」

 この言葉にニナが尋ねる。

「よくわからんけど、そうなの?」
「そうです。こいつに人を愛する機能は搭載されていません」
「ふむ」

 弟にこうまで言わせるなら、こいつは無しだなと、ニナの中で評価は決まった。それに、確かに結婚してから愛情が芽生える事もあるかもしれないが、現時点で微塵も恋愛感情が無い人間よりも、現時点で少しでも好意がある人間の方が良い。

「よし! リオスはダメです! ニナちゃん、個人的にリオスはダメと言います! エリスの子孫が傍に居てもそれがリオスの子孫でもあるなら、ニナちゃんソイツ避けて生きます! これならエリスの人生に口出しじゃない! ニナちゃんの好きに生きてるだけ!」
「ニナ……」

 エリスは少し迷いを残しつつも、ニナがそうするならば意味が無いと丁寧にリオスに断りを述べた。

「そっか~、まあ最初からダメ元だからな~」

 リオスは何の未練もない様子で再び椅子に座り、リーゲルに用件は済んだだろう帰れという視線を向けられても気にせず茶菓子に手を伸ばしている。

「相手探しはまた振り出しに戻りね……」

 エリスが眉を下げて困ったようにポツリと漏らす。そこでニナは本来の目的を思い出した。

「そうだ! 辺境伯に何でエリス好きなのか聞いて戻ってきたんだった!」
「ほ、本当に聞いてきたの?」
「うん! リーゲルとおんなじ理由だった!」

 そこで自分の名前が出て来るとは思いもよらなかったリーゲルの体が衝撃で一時停止する。

「へっ……殿下と……同じ?」

 友人としての好意ですと取り繕おうとしたリーゲルだがニナの大きな声にかき消される。

「エリス様、それは……」
「うん! 二人ともニナちゃんに笑いかけてるエリス見て惚れたんだって!」
「ほ、惚れっ……」

 言葉がいまいち上手く呑み込めないエリスは曖昧な笑顔で「そ。そうなの……」という事しかできない。が、意味を理解するにつれて徐々に顔が赤くなっていく。張り付けた笑顔のまま赤くなり妙な汗を流し始めたエリスにニナはきょとんとする。辺境伯に好意を向けられているのはわかっていただろうに、何故今更赤くなるのか、心底不思議そうにするニナ。リオスはこらえきれずに吹き出した。

「エリスーどうしたー」
「……な、何でも無いわ。こ、こ、紅茶冷めたかしら、い、淹れ直してくるわ」

 ぎこちない動きでティーポットを手に取り、すすすと厨房に移動したエリス。ニナは頭に疑問符を浮かべてリーゲルに視線を移す。

「エリスどうしたんだろなー」
「………………………………………………………どうしたんでしょうね」

 リーゲルは先ほどのエリスの様子をどう捉えてよいものかわからず、長い沈黙の後に絞り出すような声しか出すことができない。ニナは首を傾げて、様子のおかしいリーゲルに困惑する。ひとしきり笑ったリオスがニナに助け船を出した。

「ニナチャーン。エリスチャンはさあ、リーゲルに好かれてること知ってたのかな~?」
「……アッ!」

 ニナは、そこで漸くリーゲルの好意を、辺境伯の好意の理由のついでにバラしてしまった事に気が付く。

「リーゲルのアプローチが亀の歩みだったからエリスは気付いてないなんだった! どうしよ、ニナちゃん恋愛とかわかんないけど、こういうのってバラしたらダメだったのか!?」
「う~ん、一概に駄目とは言えないけどな~。ホントは本人から言ったり気付かせたりする方が何か良い感じじゃね~? 女性は度々思い出しては浸れる良い雰囲気な恋愛したいだろ?」
「よくわからんがリーゲルごめん。ニナチャンの分の茶菓子食べていいよ」

 殆ど残っていない茶菓子の皿を差し出されるも、最早何も喉を通らないリーゲルであった。
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