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第■■章《片羽の無い天使》
第■■章終話『永久歯は欠けたまま』
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こうして、連続片翼神隠し事件および、ボクの告白騒動は幕を下ろした。
当然、香々兄弟のしてきた行為は、マネキンといえど非人道的かつ、人権を大いに無視していたので、彼らは徹底的に処罰を受けることとなった。二人は、弓道の大会に出ることも禁止され、反省文を書くことにもなっていた。もちろん、これからは妹の居ない生活を送っていくことになるので、そこらへんのメンタルケアも万全に手配してある。
一から、学園ポリスの協力である。まあ、気まぐれ集団だが、味方になると強いのだ。たまたまその日が活動日で、たまたまカコミちゃんが部活をサボりたがっていたのが好都合だった。
あの十三羽のカラスたちや、飼育小屋の小動物たちは、見つかった羽をボクたちがきっちりくっつけてやったので、すっかり元通り。今では大空を元気に羽ばたいているはずだ。そして、2年E組に在籍していたイロハちゃんはというと、事実上の退学という扱いになったらしい。これはアリボトケから聞いた話だが、中には、言葉もなく去って行ったイロハちゃんに、涙していた子まで居たという。
相当、愛されていたのだ。
それは彼女が、イロハちゃんとして上手く生活できていた印であり、その功績と言っても過言ではないだろう。
そういえば、“イロハちゃん”のフリをしていたマネキンちゃんの行方が気になってる人もいるんじゃないだろうか。マネキンちゃんなら今、家庭部の部室に飾られている。美術部の皆に、肩甲骨と腕、それにへそなどの細部を付け足してもらい、家庭部&美術部監修の、おしゃれな服を着こなしているのだ。年頃の女の子らしい、そんな装いを。
これは、オトリちゃんの手向けであった。美術部は快く承諾してくれたそうだが、家庭部の説得にはかなり時間を要したと見えた。しかし、本人は変わらず、何事もなかったかのようにボクの前に現れるのだから不思議なものである。
最初は引き気味だった家庭部も、今では天使のように愛らしい顔立ちのマネキンにことごとく魅了されており、頑固だった女子部長が“実際に羽をつけてもらいたいわ”なんて、美術部に直談判したくらいである。美術部は、それも二つ返事で快諾してくれたらしい。流石である。
許せないし。許すことも、許すつもりもないが。ボクは、香々兄弟と、約束をした。もし、彼女の背中に、大きな翼が広がったら、三人で一緒に見に行こう、と。そのときは、いっぱいに彼女を褒めてあげよう、写真だって撮ってあげよう、と。他愛のない、会話をした。和解もした。温厚に、すべてが終わった。これで、ボクに訪れた短い春も終了か。もう(とっくに)夏だ。さて、ボクも新しい出会いを探すとしよう。
「──そんな訳だからササコちゃん、部室閉めたいからそろそろ出てってくんない?」
ボクは目の前で、眠る少女を揺すった。
「んん……ぐぅぅぅぅ」
「寝るなよ!」
「んー……パンダはぁ、一日にむっちゃ寝るんだよ~。レー君先輩ってば、だいじょぶそ~?」
「そこで具体的に何時間寝てんのか言ってくれたらなぁ。それに君はパンダじゃなくて、東条ササコだろーが」
「ふわぁ~あ、ばれたかぁ」
そりゃ、ばれるもなにもって話だ。
あくびすらも自重しない学園ポリス《温厚》担当は、ボクの肩に顎を乗せた。もうこの程度ではどちらもなんとも思わないのだ。特段重いわけでもないし、おまけに言えばそのわがままボディまで密着させられているが、もうすでに興奮の域は超えている。この女に惚れてやるものか。気を取り直し、
「ふーっ、ササコちゃん。今日はいいのか、香々兄弟のメンタルケア」
「多分、カーちゃんかトーちゃんがやってくれてるだろうし~大丈夫じゃなぁい?」
「おいおい、カコミちゃんとオトリちゃんなんて、一番向いてないメンツじゃないか」
その二人はアウトだろ。メンタルをぶち壊す方の専門家お二人じゃないか。あの二人が担当すれば、心を病むか、ドMが誕生するかの二択である。とても、ケアの方向にはたらくとは思えないのだが。ササコちゃんは耳元で、
「これが、案外ストレス解消になるんだなぁ~。カーちゃんもトーちゃんも、ずばずば物を言うじゃんね。だから~、こっちもお構い無しになんでも言えるっていうか~、お喋りしてる感が強いっていうかぁ~。とにかく、話し終わると、心がスッと軽くなるんだよ~」
「それは、なんとなく分かる気がする。あの子達と話してると、遠慮が要らなくなるっていうか、変な気を使わなくって済むっていうか。……社会ってうまく回ってんだな」
「いやいや~、カーちゃんとトーちゃんが凄いだけなんだよ~」
メンタルケアには《温厚》なササコちゃんが一番向いてると思ったのだが、あながち三人とも向いているらしい。味方になれば。いや、その気になれば学園ポリスは素晴らしい人材なのかも知れない。そして、性格の悪さを矯正すれば、の話である。
「今回の件は、不思議部部長として、礼を言うよ。人手不足の中、全部が上手く運んで、事件が解決できたのは、学園ポリスの……君のおかげだ。その、なっ? ありがとう、ササコちゃん」
「ふふふっ~。珍しいこともあるもんだねぇ。レー君先輩がササコに頭を下げるなんて~。写メ撮って待ち受けにしまーす」
「ちょっ、ササコちゃん!」
カシャンッ
「ぐえっ」
油断も隙もない。彼女は鼻歌を歌いながらスマホをニシニシと眺めている。すっかり目が覚めたようで、部室から飛び出し、レー君先輩も早く出たら~? なんて言っている。一体誰を待ってたんだか。ボクは手持ちの錆びた鍵で、部室を施錠した。
絶対彼氏彼女に成りえないボクらは、彼氏彼女のように腕を組んで歩いていた。安心して欲しい。誘惑も、腕を絡めてきたのもすべてあちらからである。
人温に飢えているのか、彼女はコアラのようにいつも誰かにしがみついているイメージがあった。そこはパンダのように、と言いたかったが、コアラのように、の方が適切だったのであえて。
本当、学園ポリスには謎しか無い。
永久歯だの、ぴえんだのぱおんだの、本当に。テレパシーを使えるのか、はたまた脳のつくりが同じなのか。
「へへへ~。言ったでしょ~? カーちゃんとササコとトーちゃんは永久歯みたいな関係なんだよ~」
「……はぁ」
今度は特段否定することもしなかった。その、目立った永久歯というワードを、深く追求するなんてことはしたくなかったのだ。だが、
「イロハちゃんは多分、二人のお兄ちゃんにとって永久歯みたいな存在だったんだよ~」
「は」
今度こそ、反応せざるを得なかった。分からない。ササコ理論は、理解不能の意味不明である。ササコちゃんはするりと腕を抜き、ボクの前を歩き出した。
まあまあ聞いてよレー君先輩、と。そうやって袖を伸ばして。彼女は話し始めたのだった。
「永久歯っていうのは、一本でも欠けたらだめなの~。乳歯は生えてくるけど、永久歯って生えてこないじゃん? それに、抜けちゃったら、それなりの処置をしなくちゃいけないの~」
「処置しなくても大丈夫ってなワケじゃないのか」
「そ。処置をしないと、隣の歯が倒れてきたり、噛み合わせが狂っちゃったりするのね~。それに、虫歯になっちゃったり、頭痛とかにもなっちゃう」
「へぇ、そりゃ知らなかった」
「そりゃ普通は、歯医者さんに行けばなんとかなるもんね~。でも、二人のお兄ちゃんは違った。ロッカイ君もロッケイ君も、歯医者に行こうとしなかったんだよ~。怖くて、大事な大事なものが欠けてしまったなんて、認めたくも無くて。自分たちだけで何とかしようとしちゃったの」
「痛みを、我慢し続けて、隠してたってことか」
「でも、痛みっていうのは、我慢や根性でどうにかなるものじゃないでしょ~。だからそうして、欠けた部分はどんどんひどくなっていっちゃったんだよ~」
「さすがに、“死ぬ”までは行かないけど、虫歯や頭痛だって長く続けば辛くなるし苦しい。それなりに厄介な存在だよな」
「人形、じゃないんだからさ。そう簡単に埋め合わせなんてできないし、泥でつくった歯なんかじゃやっぱり代わりは務まらないんだよ~。気休めにはなるかもしれないけど、所詮その程度じゃ、自分すら騙しきれないと思うよ~」
「んじゃ、ササコせんせ、本日の教訓をば」
「永久歯は、絶対に抜けないものじゃない。絶対抜けないように、大切にするものなんだよ~。抜けた後にどんなに大切にしても、そんなのはすべて手遅れなんだから~」
「もし、抜けちまったら」
「その痛みをさっさと周りの人に吐き出しちゃうことだね~。誰も共感してくれないかもしれない、何一つ分かってくれないかもしれない。それでも、一緒に立ち直る方法を考えてくれるかもしれないでしょ? 前を向くために、手を引いてくれるかもしれないでしょ?」
前を向くことは、向き合うことは何より辛いことかもしれない。だが、彼女はどんなときでもそれを強いるのだ。前を向いて。明日を見て。そんなの、そんなことは。
「香々兄弟なら、あいつらならきっと前を向けるだろ」
思考に無理やり蓋をして、ボクは適当にそう返した。根の強いあいつらなら、今からでも向き合って、進むことができるだろう。そんなことは。そんなことは、そんなことは。
「埋め合わせ、なんて考えないでよね」
ササコちゃんはそう言った。珍しく、歯切れよく、そう言った。言葉を、返そう。何か、言おう。反応しよう。埋め合わせ? 意味が分からない。何の話だ。
暗い廊下。東条ササコは立ち止まった。異論があるとでも言う様に。ボクを見つめて。ボクだけに言った。
「そうだね」
無視をする。彼女の意図を、無視する。返答に、いっそう苛立ったようだった。
「何言ってるの~? これは他でもない、レー君先輩の話なんだよ~。目を背けてるのも、逃げてるのも、全部全部あなたのことなんだよ~?」
口調こそ戻ったものの、未だに彼女の興奮は冷め遣らない。
「大切なものを失いかけてるのは、あなたも同じでしょう。誰にも話さず向き合いもしないで、また一人でどうにかしようって考えてる!」
「あ、のな」
「ツーちゃん先輩と、ハル君先輩が眠ったまんまで、ササコはすっごく心配だよ……? このままだったら、レー君先輩が、いつか香々兄弟みたいになっちゃうんじゃないかって」
「そんな、ことには──」
「なっちゃうよ。口だけならなんとでも言える。だって、このまま二人が永久に目覚めないってはっきり分かったら、レー君先輩は蝙蝠の欠片を二人に使うでしょ?」
「っ、それは──!」
「そう、なんでしょ?」
沈黙に、彼女は肩を落とした。
今まで集めてきたそれを、つくしやはるかの体に入れれば、目覚める確立は上がる。死体さえも蘇らせるのだ、眠り人なんてそれより容易く起こせるだろう。そんなことは、とうの昔に気付いていた。気付いていて、しなかった。それをすれば、何もかもを、失ってしまう気がしたのだ。積んできたもの全てを、人差し指で一気に崩してしまうような、そんな気がした。
だが、ボクは。二人が永久に目覚めないと分かったら、迷いなく蝙蝠の欠片を使うだろう。
香々兄弟を見てきても、イロハちゃんの危険さを目の当たりにしても、きっとそれは揺るがない。揺らいでもくれない。尊厳も地位もプライドも、何もかも捨てて良かった。二人の為なら。何を引き換えにしても、安いくらいだった。
「……だからだよ。辛かったら吐いていい。苦しかったらぶつけて良い。弱みも汚点も見せないレー君先輩なんて、ササコは嫌なんだよ~! あなたに誰より、壊れて欲しくない。ただそれだけ」
先輩の時は進み続けているんだから。
止まっていられないんだから。
突きつけられた懇願は、あまりにも残酷で、ボクの心には重すぎた。ただそれだけ、なんて酷く大きな願望に、ボクは答えられそうもない。前を行くササコちゃんに、続くこともできなかった。色の褪せた夏の夕焼けに、ボクは再度後ろを向いた。
「絶対に、ボクの力で君たちを取り戻してみせるから」
これは、蝙蝠少年と呼ばれる、氷雨レイの“軌跡”と“これから”の物語である。
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