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浅葱と橙
ドリアに添える温泉玉子
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このファミレス、ガルデニアで扱うメニューは本当に沢山ある。中でも一番安いのはガルデ風ドリアと名付けられた看板メニューで、500円、いわゆるワンコインでもお釣りがくるくらいだ。
この値段は小遣いの少ない学生には本当にありがたく、これとドリンクバーで延々と席を占領する人間は少なくない。
当然のように、俺達はその少なくない人間の側だった。
「ねー、聞いてるー?」
「き、聞いてるってば。それよりもほら、ちゃんとノート取りなよ」
「めんどくさいなー…代わりにやってよ」
「やだよ、自分でやろうよそれくらい。」
俺は彼女と、そんなくだらないやりとりをしながら、友人達から借りてきた宿題のノートを書き写していた。
部活が終わって宿題をやろうとノートを開いたはずなのに、あっという間に寝こけてしまって、気がつけば時間はもう夜中。自分一人でやるにはとてもじゃないが時間が足りず、明日までの提出期限をどう誤魔化そうかと考え始めてしまったところで、仕方なく彼女に助けを求めた。
勉強に不真面目ながら、同じく部活動に打ち込んでいる彼女は、友人達から借りたノートを丸写しする予定だったと電話口で答えた。だから俺は便乗して、奢りを条件にノートを写させてもらっている。
彼女からノートを借りて写せばそれで良かったんだけど、なんと彼女も「まだ写していない」なんて言い出すから、ファミレスでの緊急勉強会と相成ったわけだ。
ドリアが来るには、まだ時間がある。その間に少しでも、ノートを写す作業を進めなければならない。俺は眠気覚ましのコーヒーを横に置いて、必死にシャーペンを走らせた。
「けど、結局温玉乗せなかったの? あんなに迷ってたのに」
それを邪魔するかのように、彼女はオレンジジュースの細かい氷をストローでつつきながら聞いてくる。じゃくじゃく、からから。コップの氷とかき氷の中間みたいな、涼しげな音。
冷房のきいた店内ではそんな風情は感じられず、むしろ少し耳障りにも聞こえてくるようなものだ。止めさせようと手を伸ばすが、四人席の対角線上に座った彼女は事も無げにその手から逃げ切った。背中をソファー席の背もたれに預けたまま、残りのジュースを飲みきる。
音がしなくなれば手を伸ばす意味もない。俺は溜息混じりに、テーブルの上に乗せた上体を元の場所まで戻してから答えた。
「だって温玉ひとつ100円近いんだよ? そんなの迷うのは当然だろ」
メニューにあるトッピングの欄に視線を移す。そこにはチーズや大根おろしを代表とした、様々な追加トッピングが並んでいる。今彼女との話に出た温泉玉子も、当然のように並んでいた。
確かに温泉玉子はおいしいけど、それだけでぐっと値段が上がってくるのは困りものだ。学生の財布に、玉子ひとつ追加でその値段は痛すぎる。
「仕方ないじゃん、人件費とか手間賃ってやつでしょ」
「それもそうだけどさぁ……」
「温玉だって作るの大変なんだって。 爆発するし」
一度は納得しかけた会話に物騒な単語が混ざった。思わずシャーペンが明後日の方向に滑り、「め」の字が変に尻上がりな「ぬ」になる。違う、「務ぬて」なんて不思議な言葉が書きたかったわけじゃない。
俺はその動揺を隠すように、消しゴムをかけながら聞き返す。
「……爆発?」
「うん、爆発。 タマゴって爆発するじゃん、ばーんって」
「…………。 させたこと、あるんだ?」
「……うん。マグカップとレンジで作るって方法、試してさ、」
そう言いかけて漸く「玉子は普通は爆発しないもの」だと俺が言いたいのがわかったらしく、彼女は言い訳がましく唇を尖らせる。
発言からわかるとおりで、彼女は料理が苦手な側の人間だ。専業主婦のお母さんと、料理が得意なお姉さんが全部やってしまうから、家の台所では彼女の出る幕はなかったらしい。
ところが高校になって、凄く料理上手な子と同じ班で調理実習をする事になってしまって。そこで自分の料理の出来なさに、漸く危機感をもったようだ。それでもなかなか上達しないようで、多少母さんの手伝いをしていて料理を覚えた俺に突っかかってくるというわけだ。
まあ、料理下手だろうが何だろうが、こんな顔してるだけでもかわいいと思ってしまうのは、惚れた弱みというやつなんだろうなと。
彼女の少し膨らませた頬を横目に、俺は自分のにやけた口元を隠すようにしてノートへ視線を落とした。
残念ながらドリアは、まだまだ来ない。
この値段は小遣いの少ない学生には本当にありがたく、これとドリンクバーで延々と席を占領する人間は少なくない。
当然のように、俺達はその少なくない人間の側だった。
「ねー、聞いてるー?」
「き、聞いてるってば。それよりもほら、ちゃんとノート取りなよ」
「めんどくさいなー…代わりにやってよ」
「やだよ、自分でやろうよそれくらい。」
俺は彼女と、そんなくだらないやりとりをしながら、友人達から借りてきた宿題のノートを書き写していた。
部活が終わって宿題をやろうとノートを開いたはずなのに、あっという間に寝こけてしまって、気がつけば時間はもう夜中。自分一人でやるにはとてもじゃないが時間が足りず、明日までの提出期限をどう誤魔化そうかと考え始めてしまったところで、仕方なく彼女に助けを求めた。
勉強に不真面目ながら、同じく部活動に打ち込んでいる彼女は、友人達から借りたノートを丸写しする予定だったと電話口で答えた。だから俺は便乗して、奢りを条件にノートを写させてもらっている。
彼女からノートを借りて写せばそれで良かったんだけど、なんと彼女も「まだ写していない」なんて言い出すから、ファミレスでの緊急勉強会と相成ったわけだ。
ドリアが来るには、まだ時間がある。その間に少しでも、ノートを写す作業を進めなければならない。俺は眠気覚ましのコーヒーを横に置いて、必死にシャーペンを走らせた。
「けど、結局温玉乗せなかったの? あんなに迷ってたのに」
それを邪魔するかのように、彼女はオレンジジュースの細かい氷をストローでつつきながら聞いてくる。じゃくじゃく、からから。コップの氷とかき氷の中間みたいな、涼しげな音。
冷房のきいた店内ではそんな風情は感じられず、むしろ少し耳障りにも聞こえてくるようなものだ。止めさせようと手を伸ばすが、四人席の対角線上に座った彼女は事も無げにその手から逃げ切った。背中をソファー席の背もたれに預けたまま、残りのジュースを飲みきる。
音がしなくなれば手を伸ばす意味もない。俺は溜息混じりに、テーブルの上に乗せた上体を元の場所まで戻してから答えた。
「だって温玉ひとつ100円近いんだよ? そんなの迷うのは当然だろ」
メニューにあるトッピングの欄に視線を移す。そこにはチーズや大根おろしを代表とした、様々な追加トッピングが並んでいる。今彼女との話に出た温泉玉子も、当然のように並んでいた。
確かに温泉玉子はおいしいけど、それだけでぐっと値段が上がってくるのは困りものだ。学生の財布に、玉子ひとつ追加でその値段は痛すぎる。
「仕方ないじゃん、人件費とか手間賃ってやつでしょ」
「それもそうだけどさぁ……」
「温玉だって作るの大変なんだって。 爆発するし」
一度は納得しかけた会話に物騒な単語が混ざった。思わずシャーペンが明後日の方向に滑り、「め」の字が変に尻上がりな「ぬ」になる。違う、「務ぬて」なんて不思議な言葉が書きたかったわけじゃない。
俺はその動揺を隠すように、消しゴムをかけながら聞き返す。
「……爆発?」
「うん、爆発。 タマゴって爆発するじゃん、ばーんって」
「…………。 させたこと、あるんだ?」
「……うん。マグカップとレンジで作るって方法、試してさ、」
そう言いかけて漸く「玉子は普通は爆発しないもの」だと俺が言いたいのがわかったらしく、彼女は言い訳がましく唇を尖らせる。
発言からわかるとおりで、彼女は料理が苦手な側の人間だ。専業主婦のお母さんと、料理が得意なお姉さんが全部やってしまうから、家の台所では彼女の出る幕はなかったらしい。
ところが高校になって、凄く料理上手な子と同じ班で調理実習をする事になってしまって。そこで自分の料理の出来なさに、漸く危機感をもったようだ。それでもなかなか上達しないようで、多少母さんの手伝いをしていて料理を覚えた俺に突っかかってくるというわけだ。
まあ、料理下手だろうが何だろうが、こんな顔してるだけでもかわいいと思ってしまうのは、惚れた弱みというやつなんだろうなと。
彼女の少し膨らませた頬を横目に、俺は自分のにやけた口元を隠すようにしてノートへ視線を落とした。
残念ながらドリアは、まだまだ来ない。
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