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本編第一章
まさかの誕生日プレゼントです
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墓参りを終えた私たちが屋敷に戻ると、玄関でロイが神妙な顔つきで出迎えてくれた。心なし焦っているようにみえる。
「おかえりなさいませ、旦那様、奥様、お嬢様」
「ロイ、どうしたんだい?」
彼の言葉にも焦りの色があったため、さっそく気づいた父が問いかける。
「それが、お嬢様宛にお荷物が届いておりまして……」
「私宛に?」
「はい……」
なんとも歯切れの悪い受け答えに、父が再度問いただした。
「どこからだい?」
「それが、おひとつはアッシュバーン伯爵家のギルフォード様からです」
「ギルフォード殿が?」
「あなた、もしかして誕生日プレゼントではなくて?」
継母が思いついたように手を叩く。
「はい、どちらも郵便でなく使者の方が届けてくださったのですが……」
ロイの手にはピンクのリボンがかかった四角い箱と白い小花があしらわれた薄い箱があった。
「ギルフォード殿には誕生日パーティでプレゼントを渡したから、そのお礼かもしれないね」
父の言葉に私も肯く。あの子、クッキークッキーって騒がしかったけど、私がちゃんとプレゼント渡したこと憶えてくれていたんだ。本人が律儀なのか、パトリシア様が気を回されたのか……たぶん後者だろうけど。なんにせよ嬉しいことには変わりない。
「ロイ、受け取ってくれてありがとう」
私は彼からプレゼントを受け取ろうとした。彼はピンクのリボンの小箱を渡してくれた。
「あら、そちらは?」
私は彼の手に残った、白い小花があしらわれた薄い箱に目をとめた。
「それが、こちらは別の方から届いたものでして……」
「まぁ、どちらから?」
私の問いに、ロイは歯切れの悪い口調で答えた。
「それが、王宮からの使者様がお持ちになられたものでして。送り主はカイルハート・アイゼンベルク・セレスティア王子殿下でいらっしゃいます」
「はぁーーーーーー!!!???」
伸ばしかけた手を止めて、私は盛大に驚きをあらわにした。
ロイの話によると、どちらの使者も昼前に到着したらしい。アッシュバーン家が先で、殿下の方があとだ。
アッシュバーン家から使者が来ること自体は珍しいことではあるが、長い付き合いもあるため、いつも通りにごく一般的に対応したとのこと。長旅を労い、応接室でお茶もおだしして、帰途についてもらった。それと入れ替わるように、門前に立派な馬車が止まり、何事かと飛び出してみると、馬車から仰々しい使者が出てきたとのこと。彼はカイルハート殿下の名代と名乗り、白い小花があしらわれた薄い箱を手渡したのだという。
「あまりの出来事に、咄嗟にどう反応してよいのかわからず、ひとまず、アッシュバーン家の使者様と同じようにもてなしたのですが、それでよかったのでしょうか……」
いつも“THEカンペキ”を絵にしたような冷静な執事の彼が対応にまごつくなど前代未聞だ。それはそうだろう、田舎の貧乏男爵家に仕える身で、まさか王族からの使者の対応をすることになろうとは思ってもみなかったはずだ。
「いや、その対応であってはいると思う。おそらく……」
父も初めての対応にしどろもどろだ。毎年シーズンはじめの社交パーティでは、末端の貴族とはいえ王族に挨拶する栄誉を賜るから、ロイよりはまだ場数をこなしているとはいえ、王宮の使者をもてなした経験はないとのこと。
いずれにせよ、終わってしまったことはどうにもしようがない。今更使者様を追いかけて対応し直すわけにもいかないし。
「というわけでして、お嬢様、こちらもどうぞ」
「ええぇ……」
受け取りたくない、受け取ってしまったら、何か反応しなきゃならなくなる。いやもうロイが受け取ってる時点で、我が家としては受け取ったことになってるから、後戻りはできないんだけども。
とはいえ、いつまでもロイを引き止めるわけにもいかない。私は遠い目をしながらその箱を受け取った。
「アンジェリカ、本当にカイル殿下と仲良くなったのねぇ」
「いえ、とくに仲良くはありません。通りいっぺんのお相手をさせていただいただけです」
「とにかく、開けてみたらどうかな」
継母と父のわくわくする眼差しに負けて、私は応接室に移動し、箱を机に置いた。ギルフォードから届いた箱を開けると、中からは髪飾り用の赤いリボンがでてきた。
「あら、素敵じゃない。布全体に細かな刺繍模様が入っているわ。パトリシア様のご趣味かしら」
「ギルフォード様が選んだとは思えないので、おそらくそうですね」
プレゼントにはカードが添えられていた。こちらはギルフォード本人のもののようだ。稚拙な筆致で言葉が綴られている。
『6の年の誕生日おめでとう。俺は剣帯とか汗止めのあて布とかがいいって言ったんだけど、母上が怖い顔してやめなさいって言うんで、しかたなく別のにした。剣帯がよかったらいつでも言ってくれ。いいお店を紹介してやるぞ』
うん、パトリシア様、あのバカを止めてくれて心の底からありがとうございます。剣帯って剣を支えるあれだよね? 激しくいらないよね? 人からはじめてもらった手紙がこんなため息混じりなんて、一生涯の心の傷だよ。
気を取り直して、今度は小花のついた箱を見た。本当は開けたくないのだけど、さっきから両親が小鹿のような目でこちらをうきうきと見ているからしょうがない。ええいっ女は度胸!と、自分を奮い立たせて箱をあける。
中からは麗しいレースでできた純白のハンカチが出てきた。
「まぁ、なんて綺麗なのかしら」
継母が感嘆する。物欲がない私ですらほうっとため息が出るほど美しい品だった。薄い絹のハンカチには全体的に草と小鳥の精緻な刺繍がほどこしてある。縁取りのレースも繊細で、職人の技が光る逸品だった。
中にはカードもあった。
『アンジェリカへ。お誕生日おめでとう。君と過ごした日々はとても楽しいものでした。あのドレスと一緒に使ってください。また会える日までーーーカイルより』
こちらもまだ幼さの残る筆跡だが、ギルフォードよりは少し大人びている。さすがは王子殿下、剣帯とかは送りつけてこない。それに白いレースのハンカチ。殿下はアッシュバーン家で私たちが着替えさせられたことを覚えているのだ。私の白いシルクタフタのドレスは、まるでウェディングドレスのようだった。殿下のシルバーグレイのタキシードもよく似合っていて……。
そこまで思い出して、私は赤面した。何を今更思い出しているのだろう。恥ずかしい。
「殿下も、ギルフォード様も……本当にありがたいわね」
「ソウデスネ」
嬉しそうに微笑む継母をがっかりさせるのもしのびなく、私は若干目を細めて答えた。まぁ、いろいろな思いを脇に置いておいて、ひとまずプレゼントをもらえたことは嬉しいし、彼らの気持ちもありがたかった。それに品物も素晴らしい。
私はいただいた2つのプレゼントをそっと胸に抱きしめた。
「そうだ、アンジェリカ、お二人にお礼の手紙を書くといい」
「へ?」
「そうね、きちんとお礼をするべきだわね」
「ええぇ……」
確かにそれが礼儀というものだ。でも、ギルフォードはともかくとして、殿下にお手紙? 嘘でしょう、なんて書けばいいの?
父が「私があげたレターセットがさっそく役に立つな」と笑うのを見て、そんな布石だったのか……と強く歯軋りしたくなった。
「おかえりなさいませ、旦那様、奥様、お嬢様」
「ロイ、どうしたんだい?」
彼の言葉にも焦りの色があったため、さっそく気づいた父が問いかける。
「それが、お嬢様宛にお荷物が届いておりまして……」
「私宛に?」
「はい……」
なんとも歯切れの悪い受け答えに、父が再度問いただした。
「どこからだい?」
「それが、おひとつはアッシュバーン伯爵家のギルフォード様からです」
「ギルフォード殿が?」
「あなた、もしかして誕生日プレゼントではなくて?」
継母が思いついたように手を叩く。
「はい、どちらも郵便でなく使者の方が届けてくださったのですが……」
ロイの手にはピンクのリボンがかかった四角い箱と白い小花があしらわれた薄い箱があった。
「ギルフォード殿には誕生日パーティでプレゼントを渡したから、そのお礼かもしれないね」
父の言葉に私も肯く。あの子、クッキークッキーって騒がしかったけど、私がちゃんとプレゼント渡したこと憶えてくれていたんだ。本人が律儀なのか、パトリシア様が気を回されたのか……たぶん後者だろうけど。なんにせよ嬉しいことには変わりない。
「ロイ、受け取ってくれてありがとう」
私は彼からプレゼントを受け取ろうとした。彼はピンクのリボンの小箱を渡してくれた。
「あら、そちらは?」
私は彼の手に残った、白い小花があしらわれた薄い箱に目をとめた。
「それが、こちらは別の方から届いたものでして……」
「まぁ、どちらから?」
私の問いに、ロイは歯切れの悪い口調で答えた。
「それが、王宮からの使者様がお持ちになられたものでして。送り主はカイルハート・アイゼンベルク・セレスティア王子殿下でいらっしゃいます」
「はぁーーーーーー!!!???」
伸ばしかけた手を止めて、私は盛大に驚きをあらわにした。
ロイの話によると、どちらの使者も昼前に到着したらしい。アッシュバーン家が先で、殿下の方があとだ。
アッシュバーン家から使者が来ること自体は珍しいことではあるが、長い付き合いもあるため、いつも通りにごく一般的に対応したとのこと。長旅を労い、応接室でお茶もおだしして、帰途についてもらった。それと入れ替わるように、門前に立派な馬車が止まり、何事かと飛び出してみると、馬車から仰々しい使者が出てきたとのこと。彼はカイルハート殿下の名代と名乗り、白い小花があしらわれた薄い箱を手渡したのだという。
「あまりの出来事に、咄嗟にどう反応してよいのかわからず、ひとまず、アッシュバーン家の使者様と同じようにもてなしたのですが、それでよかったのでしょうか……」
いつも“THEカンペキ”を絵にしたような冷静な執事の彼が対応にまごつくなど前代未聞だ。それはそうだろう、田舎の貧乏男爵家に仕える身で、まさか王族からの使者の対応をすることになろうとは思ってもみなかったはずだ。
「いや、その対応であってはいると思う。おそらく……」
父も初めての対応にしどろもどろだ。毎年シーズンはじめの社交パーティでは、末端の貴族とはいえ王族に挨拶する栄誉を賜るから、ロイよりはまだ場数をこなしているとはいえ、王宮の使者をもてなした経験はないとのこと。
いずれにせよ、終わってしまったことはどうにもしようがない。今更使者様を追いかけて対応し直すわけにもいかないし。
「というわけでして、お嬢様、こちらもどうぞ」
「ええぇ……」
受け取りたくない、受け取ってしまったら、何か反応しなきゃならなくなる。いやもうロイが受け取ってる時点で、我が家としては受け取ったことになってるから、後戻りはできないんだけども。
とはいえ、いつまでもロイを引き止めるわけにもいかない。私は遠い目をしながらその箱を受け取った。
「アンジェリカ、本当にカイル殿下と仲良くなったのねぇ」
「いえ、とくに仲良くはありません。通りいっぺんのお相手をさせていただいただけです」
「とにかく、開けてみたらどうかな」
継母と父のわくわくする眼差しに負けて、私は応接室に移動し、箱を机に置いた。ギルフォードから届いた箱を開けると、中からは髪飾り用の赤いリボンがでてきた。
「あら、素敵じゃない。布全体に細かな刺繍模様が入っているわ。パトリシア様のご趣味かしら」
「ギルフォード様が選んだとは思えないので、おそらくそうですね」
プレゼントにはカードが添えられていた。こちらはギルフォード本人のもののようだ。稚拙な筆致で言葉が綴られている。
『6の年の誕生日おめでとう。俺は剣帯とか汗止めのあて布とかがいいって言ったんだけど、母上が怖い顔してやめなさいって言うんで、しかたなく別のにした。剣帯がよかったらいつでも言ってくれ。いいお店を紹介してやるぞ』
うん、パトリシア様、あのバカを止めてくれて心の底からありがとうございます。剣帯って剣を支えるあれだよね? 激しくいらないよね? 人からはじめてもらった手紙がこんなため息混じりなんて、一生涯の心の傷だよ。
気を取り直して、今度は小花のついた箱を見た。本当は開けたくないのだけど、さっきから両親が小鹿のような目でこちらをうきうきと見ているからしょうがない。ええいっ女は度胸!と、自分を奮い立たせて箱をあける。
中からは麗しいレースでできた純白のハンカチが出てきた。
「まぁ、なんて綺麗なのかしら」
継母が感嘆する。物欲がない私ですらほうっとため息が出るほど美しい品だった。薄い絹のハンカチには全体的に草と小鳥の精緻な刺繍がほどこしてある。縁取りのレースも繊細で、職人の技が光る逸品だった。
中にはカードもあった。
『アンジェリカへ。お誕生日おめでとう。君と過ごした日々はとても楽しいものでした。あのドレスと一緒に使ってください。また会える日までーーーカイルより』
こちらもまだ幼さの残る筆跡だが、ギルフォードよりは少し大人びている。さすがは王子殿下、剣帯とかは送りつけてこない。それに白いレースのハンカチ。殿下はアッシュバーン家で私たちが着替えさせられたことを覚えているのだ。私の白いシルクタフタのドレスは、まるでウェディングドレスのようだった。殿下のシルバーグレイのタキシードもよく似合っていて……。
そこまで思い出して、私は赤面した。何を今更思い出しているのだろう。恥ずかしい。
「殿下も、ギルフォード様も……本当にありがたいわね」
「ソウデスネ」
嬉しそうに微笑む継母をがっかりさせるのもしのびなく、私は若干目を細めて答えた。まぁ、いろいろな思いを脇に置いておいて、ひとまずプレゼントをもらえたことは嬉しいし、彼らの気持ちもありがたかった。それに品物も素晴らしい。
私はいただいた2つのプレゼントをそっと胸に抱きしめた。
「そうだ、アンジェリカ、お二人にお礼の手紙を書くといい」
「へ?」
「そうね、きちんとお礼をするべきだわね」
「ええぇ……」
確かにそれが礼儀というものだ。でも、ギルフォードはともかくとして、殿下にお手紙? 嘘でしょう、なんて書けばいいの?
父が「私があげたレターセットがさっそく役に立つな」と笑うのを見て、そんな布石だったのか……と強く歯軋りしたくなった。
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