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本編第一章

お買い物に出かけます

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 アッシュバーン家滞在2日目。私たちはさっそくお出かけをすることになった。理由はダスティン領を出発する前に両親と交わした会話だ。

「そういえばアンジェリカ、カイルハート殿下に誕生日のプレゼントを貰っていたわよね。やっぱりきちんとお返しをした方がいいんじゃないかしら」

 王都行きの準備をしながら継母がそんなことを言い出した。9月の私の誕生日に王宮から突然使者がやってきてプレゼントを届けてくれたのは記憶に新しい。一応通り一遍の(だって王子様相手に何書いたらいいかわからなかったんだよ……)お礼の返事は差し上げたが、確かにいただいたもののお礼が手紙だけでは失礼すぎる。相手が殿下なら尚更だ。正直やらなくていいならとことんやりたくなかったが、そういうわけにもいかないだろう。

 しかたない(失礼な物言い)、何か贈るか、と思ったものの……。

―――王子殿下に何贈ればいいの?

 前世の記憶をひっくり返してみる。王子様にモノを差し上げたことは……ないな、うん。

「おかあさまは何をお送りしたらよいと思いますか?」
「そうねぇ」

 普通はこういうとき、自領の特産をお送りするものだ。うちの領で作ったワインとか、うちの領でとれた宝石とか、うちの領で作った工芸品とか。だが残念なことに我が領には特産品がない。まったくない。私の才覚がもっとあれば温泉の素でも売り出すのだけど。そしてポテト料理は日持ちがしないし、何より手作りの品を王宮に持ち込むわけにはいかない。前回はアッシュバーン家で出してもらったもの、という裏技だったからいけたのだ。

「うちの領から持っていけるものは……ないわねぇ」
「ですよね」

 その後父も交えて考えてはみた。ハンカチに刺繍でもしてみるかという案も出たが、ハンカチをいただいたのにハンカチで返すのも失礼だろうと却下。うんうん唸れど妙案は浮かばず。結局「王都に出てから考えましょう」ということになったのだ。THE先送り、である。

 カイルハート殿下は12月31日のお生まれ。誕生日まであと2日だ。社交シーズン開幕を告げる王宮でのパーティでは、国王陛下王妃陛下のひとり息子である彼も特例として最初だけ参加する。その際に有力貴族などは彼にこぞってプレゼントを渡すのだとか。うちのような弱小貴族にはそこまで求められないので、両親は今まで贈り物をしたことがなかったが、今回は娘の返礼という意味で持参してくれることになっている。そのため、なんとしてもプレゼントとお祝いのカードを購入しなくてはならない。

 その話をシンシア様とパトリシア様に相談すると、あるお店を紹介してくれた。

「だったらハムレット商会を訪ねてみたらいいんじゃないかしら。あそこならなんでも揃っているし、貴族向けの商売を主にしているから相談にものってもらえるわ」
「なんといっても王室御用達だから、お品も間違いないわよ」

 お2人が紹介してくれたお店は、ここ数年で急速に力をつけてきた、王都でも指折りの商会なのだそう。もともとは貿易商として行商を生業にしていたが、10年ほど前に王都に店を構え、以来王国内にいくつかの支店を出店するまでに大きくなった、今注目の商会なのだとか。

「2年前には王都の本店がリニューアルしたの。オーナーは、それまで地方で暮らしていた家族を呼び寄せて、王都でさらに商売を大きくしたのよ。上の息子さんがミシェルとひとつ違いなのだけど、とてもしっかりした男の子で、彼についているお客さんも多いそうよ」

 彼の接客が好きで、最近は自宅に商会を呼ぶのでなく、店舗で買い物をすることが増えたのだとシンシア様が笑って教えてくれた。パトリシア様も王都に来るたびにそこでお土産を買っているらしい。

「もしハムレット商会に行くのならミシェルに案内させるわ。オーナーともオーナーの息子さんとも顔馴染みだから」

 パトリシア様のご好意に、私たち家族はありがたく縋ることにした。何せこちらは田舎からやってきたおのぼりさん。両親も毎年王都には顔を出しているが、活気あふれる街だ。来るたびに道や店が変わっているのは当たり前。案内役がいる方が助かるし、何よりミシェルなら殿下の趣味を知っている。

「ミシェル様、ご一緒いただいてもいいですか?」
「もちろん、かまわないよ」

 彼も二つ返事でOKしてくれたので、さっそく出かけようとした矢先。

「お待ちなさい、アンジェリカちゃん?」

 不適に微笑むパトリシア様に行手を塞がれた。

「せっかくお出かけするのだもの。精一杯おめかししなくちゃね」
「いえ、あの、ちょっと所用で出るだけですし。ぱっと買ってささっと帰りますし……」
「あら、恐れ多くも殿下へのプレゼントを、そんなふうに簡単に扱ってはいけないわ」
「いえ、あの、でも……」
「ミシェルを貸すのだから、これくらいはつきあってくれるわよね?」
「……」

 ミシェル、タダじゃなかったのか。そうだよね、アッシュバーン家の御曹司をそんなに簡単に貸してくれませんよね。私の読みが甘かった。

「さぁ! 何を着せようかしら! あなたたち、準備はいい?」
「「「はい、奥様!」」」

 後ろに並んだのは何やら見覚えがあるメイドたち。このデジャヴ感……。
 遠い目をしてドナドナされる私を、両親とミシェルが生温い目で見送ってくれた。




 1時間後。私はようやくお買い物に行く馬車に乗り込むことができた。

 パトリシア様を筆頭に見覚えのあるメイド群にあーでもないこーでもないと色とりどりのドレスを着せられそうになるのを「町歩きもしたいから、できるだけ歩きやすいものにしてください!寒いから足元ブーツは必須!」と拝み倒して、なんとかワンピースに留めてもらった。そして選ばれたのは菫色のAラインのワンピースだ。胸元のタータンチェックのリボンがアクセントになっていてその下に同色のくるみボタンがついている。下にパニエを合わせるデザインなので足元もあたたかい。派手すぎず上品なデザインでほっとした。前みたいにウェディングドレスみたいなの用意されたらどうしようかと思ったよ。

 これなら悪目立ちもしないでいいやと意気揚々出かけようとしたとき、「アンジェリカちゃん、こちらを忘れていてよ」とパトリシア様が何やら白いふわふわした布を持ってきた。

「外は寒いでしょう? ケープを用意したわ」
「あ、ありがとうございます」

 私がお礼を言い終わらないうちからパトリシア様は手にした白いふわふわを広げて私の肩にかけた。ポンチョのように袖がなくて、首元をピンクのリボンで結ぶタイプの羽織りだ。パトリシア様がリボンを結んでくださったあと、後ろにぶらさがっていたフードをちょこんと私の頭に載せる。

 おぉ、フードつきなのか。これなら雨や雪が降っても大丈夫だと安心しかけた途端、目の間のメイド軍が「「「「「「きゃあああああああああああーーーーーーー!!!!!」」」」」」と悲鳴をあげた。

「か、かわいい! 絶賛かわいい!!」
「もうかわいいしかない!!!」
「奥様、グッジョブです!!!!」

 な、なんだ、この反応……。絶叫するメイド軍(もう軍隊扱いでいいだろ)の先頭で、奥様ことパトリシア様も頬に手を寄せて瞳をうるうるさせている。

「素晴らしいわ! うさみみは正義っていうけど本当ね!」
「へ? うさ、みみ……??」

 恐る恐る手を頭ん上にもっていく。てっぺんにたどり着く前に、むにゅっと掴める何かがが垂れ下がっていた。念のため反対側も確かめる。こちらは何か硬い支柱でも入っているのか、ぴんと上に向かって伸びている。

これはもしかしなくとも……。

「うさぎの耳……略して、うさみみ……」

 しかも片耳だけへなりと垂れ下がったうさみみ。念のためいうけど、私の中身、31歳。

「アンジェリカちゃん、ちょっとくるっとターンして、あらしっぽもふさふさでかわいい!」

 後ろには尻尾つき。もう一度言うけど、私の中身、31歳。

「やっぱりハムレット商会はいい仕事するわね。うちも御用達にしようかしら。あ、アンジェリカちゃん、もし気に入ったドレスやアクセサリーがあったら買ってきてかまわないわよ。私の名前でツケておいてちょうだい」

 パトリシア様のツケで買い物三昧! ……って全然楽しめないし! ていうかこれ用意したのハムレット商会か! なんか今からそこ行くの不安だよ!!

「いってらっしゃい、楽しんできてね」

 笑顔のパトリシア様に見送られ馬車に揺られているイマココですが、すでにライフはゼロです。うさみみ……アラサーでうさみみ……。ちなみに両親もすっかりうさみみにメロメロだった。ミシェルはーーー何かを思い出したかのように胸を押さえて顔を背けた。うん、気持ち、なんとなく察する。






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