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本編第一章

昼食会がはじまりました1

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 両親と別れ、騎士寮のキッチンに案内してもらった私はすぐにマリサに会えた。

「あれま、お嬢様、もう時間ですかい?」
「いいえ、まだ1時間ほどあるわ。準備はどう? すすんでる?」
「えぇ、問題ありませんよ。騎士団のコックの方々が手伝ってくださってますから、順調に進んでいます。じゃがいもパンはあと20分ほどで焼き上がりますし、ミートソースは煮込んでいる最中、メインは温かい方がいいだろうと思って、まだ手をつけておりません。スープも今からですね」
「すごいわ。慣れない厨房でしょうに、頑張ってくれてありがとう、マリサ」
「なんのなんの。厨房は世界共通でございますよ。それに、同じ調理人同士、新しい食材には理解があって助かってます」

 マリサがおたまをかき回す先で、彼女の手伝いをしている調理人数名が大きく頷いた。どうやらここでは「じゃがいもなんて……」と眉を潜める者はいないようだ。むしろ皆嬉々として仕事をしている。

「上からのお達しなんで手伝ってはいますが……正直まだ半信半疑なんですよ。あのじゃがいもが本当に食べられるのかって。そういう意味では楽しみだよな」
「違いない。マリサさん、俺たちの分もちゃんと残しておいてくださいよ」
「あいよ、どれも多めに仕込んだからね。あとで感想を聞かせておくれ」

 年齢的にもマリサが一番年上なようで、皆素直にマリサにしたがっている。ポテト料理が無事採用され、騎士団寮で伝授することになったとしても、これならうまくやれそうだ。

「マリサ、何か手伝うことはない?」
「それでしたらそろそろマッシュポテトの準備でもしましょうかね。裏越しに時間がかかりそうですし」
「わかったわ、まかせて頂戴」
「ええ!? 男爵家のお嬢さんが料理なんてするんですかい?」
「こちらのお嬢様はね、ただの貴族令嬢じゃないんだ。じゃがいもの食用化に成功したのも、このポテト料理を考案されたのも、ついでに言えばじゃがいもの秋植えだって成功させたのは、この方なんだからね」
「ええぇっ!!!」

 驚きを隠せない彼らににっこり微笑んでから、私はアク抜きを終えたじゃがいもに手をつけた。マリサが湯切りしてくれたので、じゃがいもはほこほこに茹で上がって転がっている。熱いうちに皮をとって潰してしまわないといけないから時間勝負だ。
 私の慣れた手つきをみてほかの料理人たちもマリサの言葉を信じたようだった。「手伝いますよ」と加勢してくれて、私たちは黙々とじゃがいもを調理し続けた。





 そして運命の時間がやってきた。

 ワゴンに載せられた料理を運んでくれるのは騎士見習いの少年たち。その先に給仕係の騎士が3名。今回の昼食会は、騎士寮の中にある広間で提供されるようになっている。貴族のお屋敷のような長テーブルがあり、そこに9人の大人たちーーーバレーリ団長とロイド副団長、5人の師団長、うちの両親―――が揃っている。ワゴンには9人分のトレイ。おかわり自由のパンは別のバスケットに、マッシュポテトも別のトレイに入っている。

(さぁ、いよいよだわ)

 先頭を行く騎士たちに続いて、私も広間の扉を潜った。

「失礼いたします。昼食の準備が整いました」
「おぉ、入れ」

 給仕係の騎士を招き入れたのはバレーリ団長。私も一礼して彼の後に続く。
 部屋にはどっしりとした大理石づくりのテーブルがあり、すでに大人たちが席についていた。両親の姿もある。バレーリ団長がいわゆるお誕生日席で、両親はその角を挟んだ位置だ。

「ちょうど男爵夫妻を皆に紹介していたところだった。こちらがアンジェリカ嬢。男爵家の御令嬢で、じゃがいもの食用化に成功した人物だそうだ」
「なんと……本当に子どもではないですか」
「いやはや、なんとも……」

 驚きとも苦言ともいえる言葉を呈したのは、略式の騎士服を身に纏った壮年の男性たちだった。よく見れば赤、青、黄、紫、黒の5色の色違いで、まるでゴ◯ンジャーのよう……と思ったことは当然口に出さない。

 眉を潜める者、目を見開く者、無表情を貫く者……反応はさまざまだが、私は無難な挨拶だけにとどめ、団長に向き直った。

「バレーリ団長、さっそくではございますが昼食を配膳させていただいてもよろしいでしょうか」
「あぁ、頼んだ」

 今この場で私にこれ以上の発言が許されたとして、何を言っても彼らには響かないだろうことはわかっている。それならばさっさと食べてもらった方がいい。せっかくマリサたちの努力であつあつのおいしい料理が仕上がったのだ。パンだって、焼き立てのほかほかだ。

 私は給仕係の騎士さんにお願いして、トレイを各テーブルに置いてもらった。今回はフルコースの用意ではない。トレイにいくつかのお皿が配膳された、ある意味ワンプレート方式。実際の騎士団の通常の食事を意識した盛り付けだ。

 全員に食膳が行き渡ったことを見計らって、私はぴん、と背筋を伸ばした。

「本日は皆様に、ダスティン領の特産であるポテト料理をご賞味いただきます。なお今回、騎士の皆様の普段の食事をじゃがいもを用いて再現させていただきました。そのため、見た目はいつも召し上がっておられるのと同じような内容となっております。ですが、このうちいくつかの品がじゃがいもに置き換わっております。どうぞそれを探していただくとともに、じゃがいものおいしさを味わってくださいませ」
「ほう、まるで宝探しのようだな」

 バレーリ団長はにやりと笑って、さっそく食事に手をつけた。彼がまずスプーンをつけたのは野菜スープだ。

「これはいつも食べているスープと同じ味だが……見慣れぬものが入っているな。この白いものがじゃがいもか」
「さすがでございます。まずはおひとつ」
「味は……ほぅ、苦味がない。しかも口の中で溶ける柔らかさだ」
「これがじゃがいもの味ですか。スープが染みて、これはこれでいいですね」

 ロイド副団長も相槌を打つ。団長と副団長が果敢に新素材に攻め入っている以上、遅れをとるわけにはいかないのだろう、ゴ◯ンジャーたちも一様にスープを啜った。

「これは、なんというか……普通だな」
「違和感はないぞ」
「確かに」
「むしろ人参のような青臭さがなくて食べやすい」
「ふん、そなたいい年して人参が苦手だったな」

 ゴ◯ンジャーたちが口々に感想を述べる。じゃがいもはどちらかというと淡白な野菜だ。野菜スープの中に溶け込ませてしまえば、味を主張することはないが、その実いい出汁を出してくれる。

「まぁ、これは及第点だな」
「そうですね、スープの食べ応えも格段にあがります」

 トップ2の反応がまずまずだったことを確認しながら、私は給仕係の方にパンを配っていただくようお願いした。

「パンはおかわりもございますので、いつでもお申し付けください」
「ふむ、確かじゃがいもは一部小麦の代替品として使用できるという話だったな。こちらもか」
「見た目は普通のパンですね。味は……うん、少し歯応えがあるというか。もっちりした感じですね」
「これはこれで悪くないな。新しい食感だ」
「えぇ」

 団長と副団長が重視するのは今の段階では味のようだ。安くはなるが小麦だけのときより味が劣る、となると採用率は下がってしまうかもしれない。

「本日はパンをお持ちしましたが、パイ生地やクッキー生地にも潰したじゃがいもを練り込むことができます。小麦だけのときよりサクサク感やふんわり感は落ちますが、また別の味わいの食べ物ということでご賞味いただければ幸いです」
「なるほど、アンジェリカ嬢やロイドの言うとおりだな。これはこれで悪くない」

 団長のうなずきにゴ◯ンジャーたちも「味としては申し分ないな」と同意する。

(よし、パンも合格、っと)




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