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本編第一章
昼食会がはじまりました3
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バレーリ団長の声が、しんとした広間に響く。
「どうだ、おまえたち」
それは各師団長に向けられた問いかけだった。
「そうですね、味は申し分ありませんでした」
「仮に夕食に同じメニューが出たとしても、これならば食べられます」
「ダスティン家の御令嬢が言うとおり、予算面でのメリットが本当ならば、考えてみるのも手かと」
「うちの団は若い騎士見習いも多い。育ち盛りの彼らに腹一杯食べさせてやれるのはありがたい」
「じゃがいもならば行軍の際に現地調達も可能でしょう。新たな食料補給のルートとしても確保しておいて悪くはないのでは?」
初めは恐る恐る口をつけていた彼らも、ポテト料理と、さらにその先にあるメリットに満足したのか、反対意見は出ない。
「よくわかった」
「では……」
ロイド副団長が決断を求める目線を向けたが、バレーリ団長は軽く首を振った。
「これだけではまだ、採用できるかどうか判断しかねるな」
「なぜですか? あなたも満足されたのでは?」
「一応は満足した。だが、これだけでは足りんな」
そして団長は、彼らの思わぬやりとりに目を丸くした私に対して、その視線を向けた。
「アンジェリカ嬢。あなたのプレゼンは素晴らしかった。ここにいる者はもはや、じゃがいもという食材を家畜の餌などとは申さぬだろう」
「……お褒めに預かり光栄です」
その褒め言葉は本物だろう。だが、彼は言った、「まだ足りない」と。
ならば私は次の挑戦を受けねばならない立場だ。
「あとは、どのような条件が揃えば、採用をご検討いただけるのでしょうか」
「ほう、察しがいいな」
いいも悪いも、今の発言を聞けばすべてが明白だ。
「私どもでできることでしたら如何様にも努力いたします」
「ふむ、その言葉、忘れるなよ」
「はい」
何せこちらにはポテト料理を王国中に広めるという大望がある。宰相ルートが一度潰えた今、騎士団ルートまでを潰すわけにはいかない。
「なに、それほど大変なことではない。今から3ヶ月、このポテト料理を騎士団寮で振る舞ってほしい。王都が抱える千人の騎士たちの胃袋を3ヶ月という長きに渡り満たすことができれば、ポテト料理を採用しよう」
「3ヶ月、ポテト料理を作る……」
「もちろん昼食だけではない。朝と夜もだ。先ほども言ったとおり、王都には常時千人の騎士が控えている。そのうち寮で食事をとる者はおそらく700人前後。昼食時はもっと増えるかもしれんな。その数の料理を振る舞い続けること。そして騎士たちを満足させること。それが新たな条件だ」
バレーリ団長はその大きな目を鋭く閃かせ、私を見据えていた。まるで新たな挑戦状をつきつけるように。
約700人分の食事を朝昼晩作り続ける、それもポテト料理をメインに。もちろん、実際に作ってくれるのは専属の料理人の仕事だが、問題はそのメニューだ。騎士たちを飽きさせず満足させるには、日替わりで様々な料理を提供し続けなければならない。そのメニューを作れるのは……おそらく私しかいない。
これはバレーリ団長からの新たな依頼。それも父ではなく、私に。
その事実に気づいたとき、なぜだろう、私の体の奥底から震えのようなものが湧き上がってきた。恐ろしいからではない、これは……嬉しさからくるものだ。
団長は私に向かってはっきりとそう言った。つまり、私は彼に認められたのだ。宰相には相手にされなかった、たった6歳の小娘に、この人は新たな仕事の依頼をしてくれた。
(やだ、すごく……嬉しい)
湧き上がる感情が私の顔つきまでも変える。誰からも愛される、天使のように愛らしいと褒めそやされるその表情。私はたぶん今笑っている。それも、愛らしい笑顔ではない。挑戦できることの驚きと嬉しさで、誰よりも強い笑顔を振りまいている自信があった。
「かしこまりました。そのお役目、必ず果たしてお役にたってみせます」
「それは頼もしい。期待しているぞ。それにしても男爵、男爵夫人、いい娘御をもたれたな」
「ありがとうございます。親バカではございますが、娘は我々の宝であり、我が領の希望です」
静かに食事を続けていた父が、ようやく私の方を向いた。その目が語るのは「よくやったね」という労りだ。
「ふむ。そうだ、娘御やそなたらの使用人をタダで働かせるのも問題だな。報酬を用意しよう。この3ヶ月で節約できた食費分の半額をお支払いしよう。なおその間にうちの料理人へのレクチャーも合わせて頼みたい。あぁ、使用人の休暇も必要だな。騎士団での食事提供は平日の3食のみ、とするか」
バレーリ団長が放った半額、という言葉に、思わず金額を頭の中で計算する。昼食は約200カーティの節約になった。それかける3で1日分、それが約90日……と指折りしたところで、私は目を丸くした。
(ええっ!? けっこうな金額じゃない!?)
思わぬ臨時収入が転がり込みそうな状況に目を白黒させながらも、私はちゃっかり皮算用する。これだけあればルシアンのお店の当面の資金に充てられる……いや、そもそも「冬の王都!アッシュバーン家居候計画」が成功すればその資金がまかなえる計算だった。今から3ヶ月ここで仕事するということは、それが叶ったということで……え?? なんか一気にお金持ちじゃない!?
突然あわあわし始めた私、そんなことを裏で考えているとは思われもしないだろう。バレーリ団長はただただ不思議そうな目で私を見つめていた。
「どうだ、おまえたち」
それは各師団長に向けられた問いかけだった。
「そうですね、味は申し分ありませんでした」
「仮に夕食に同じメニューが出たとしても、これならば食べられます」
「ダスティン家の御令嬢が言うとおり、予算面でのメリットが本当ならば、考えてみるのも手かと」
「うちの団は若い騎士見習いも多い。育ち盛りの彼らに腹一杯食べさせてやれるのはありがたい」
「じゃがいもならば行軍の際に現地調達も可能でしょう。新たな食料補給のルートとしても確保しておいて悪くはないのでは?」
初めは恐る恐る口をつけていた彼らも、ポテト料理と、さらにその先にあるメリットに満足したのか、反対意見は出ない。
「よくわかった」
「では……」
ロイド副団長が決断を求める目線を向けたが、バレーリ団長は軽く首を振った。
「これだけではまだ、採用できるかどうか判断しかねるな」
「なぜですか? あなたも満足されたのでは?」
「一応は満足した。だが、これだけでは足りんな」
そして団長は、彼らの思わぬやりとりに目を丸くした私に対して、その視線を向けた。
「アンジェリカ嬢。あなたのプレゼンは素晴らしかった。ここにいる者はもはや、じゃがいもという食材を家畜の餌などとは申さぬだろう」
「……お褒めに預かり光栄です」
その褒め言葉は本物だろう。だが、彼は言った、「まだ足りない」と。
ならば私は次の挑戦を受けねばならない立場だ。
「あとは、どのような条件が揃えば、採用をご検討いただけるのでしょうか」
「ほう、察しがいいな」
いいも悪いも、今の発言を聞けばすべてが明白だ。
「私どもでできることでしたら如何様にも努力いたします」
「ふむ、その言葉、忘れるなよ」
「はい」
何せこちらにはポテト料理を王国中に広めるという大望がある。宰相ルートが一度潰えた今、騎士団ルートまでを潰すわけにはいかない。
「なに、それほど大変なことではない。今から3ヶ月、このポテト料理を騎士団寮で振る舞ってほしい。王都が抱える千人の騎士たちの胃袋を3ヶ月という長きに渡り満たすことができれば、ポテト料理を採用しよう」
「3ヶ月、ポテト料理を作る……」
「もちろん昼食だけではない。朝と夜もだ。先ほども言ったとおり、王都には常時千人の騎士が控えている。そのうち寮で食事をとる者はおそらく700人前後。昼食時はもっと増えるかもしれんな。その数の料理を振る舞い続けること。そして騎士たちを満足させること。それが新たな条件だ」
バレーリ団長はその大きな目を鋭く閃かせ、私を見据えていた。まるで新たな挑戦状をつきつけるように。
約700人分の食事を朝昼晩作り続ける、それもポテト料理をメインに。もちろん、実際に作ってくれるのは専属の料理人の仕事だが、問題はそのメニューだ。騎士たちを飽きさせず満足させるには、日替わりで様々な料理を提供し続けなければならない。そのメニューを作れるのは……おそらく私しかいない。
これはバレーリ団長からの新たな依頼。それも父ではなく、私に。
その事実に気づいたとき、なぜだろう、私の体の奥底から震えのようなものが湧き上がってきた。恐ろしいからではない、これは……嬉しさからくるものだ。
団長は私に向かってはっきりとそう言った。つまり、私は彼に認められたのだ。宰相には相手にされなかった、たった6歳の小娘に、この人は新たな仕事の依頼をしてくれた。
(やだ、すごく……嬉しい)
湧き上がる感情が私の顔つきまでも変える。誰からも愛される、天使のように愛らしいと褒めそやされるその表情。私はたぶん今笑っている。それも、愛らしい笑顔ではない。挑戦できることの驚きと嬉しさで、誰よりも強い笑顔を振りまいている自信があった。
「かしこまりました。そのお役目、必ず果たしてお役にたってみせます」
「それは頼もしい。期待しているぞ。それにしても男爵、男爵夫人、いい娘御をもたれたな」
「ありがとうございます。親バカではございますが、娘は我々の宝であり、我が領の希望です」
静かに食事を続けていた父が、ようやく私の方を向いた。その目が語るのは「よくやったね」という労りだ。
「ふむ。そうだ、娘御やそなたらの使用人をタダで働かせるのも問題だな。報酬を用意しよう。この3ヶ月で節約できた食費分の半額をお支払いしよう。なおその間にうちの料理人へのレクチャーも合わせて頼みたい。あぁ、使用人の休暇も必要だな。騎士団での食事提供は平日の3食のみ、とするか」
バレーリ団長が放った半額、という言葉に、思わず金額を頭の中で計算する。昼食は約200カーティの節約になった。それかける3で1日分、それが約90日……と指折りしたところで、私は目を丸くした。
(ええっ!? けっこうな金額じゃない!?)
思わぬ臨時収入が転がり込みそうな状況に目を白黒させながらも、私はちゃっかり皮算用する。これだけあればルシアンのお店の当面の資金に充てられる……いや、そもそも「冬の王都!アッシュバーン家居候計画」が成功すればその資金がまかなえる計算だった。今から3ヶ月ここで仕事するということは、それが叶ったということで……え?? なんか一気にお金持ちじゃない!?
突然あわあわし始めた私、そんなことを裏で考えているとは思われもしないだろう。バレーリ団長はただただ不思議そうな目で私を見つめていた。
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