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本編第一章
別れの刻の約束です
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前回の投稿をミスってしまい、途中でupしてしまいました。投稿直後、すぐに訂正したのですが、見逃した方は前に戻れをお願いします。迷子の生垣で、殿下とアンジェリカが一緒に逃げるシーンを前回の後半に挿入しています。
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「で、殿下!?」
「ほら、アンジェリカもおいで。大丈夫、もうひとり入れるよ」
そして引きずられるまま、私もその窪みに入った。殿下はカモフラージュするために辺りにあった小枝を入り口に敷き詰めていく。
「これで大丈夫。見つからないといいな。最後くらいミシェルに勝たないと」
どきりとしたのは殿下の息遣いをすぐ近くに感じたからだ。窪みは2人の子どもが隠れるのに十分な大きさがあったが、決して広いわけではない。そのためどうしてもお互いの体が近くなる。いや、落ち着け私。相手は7歳児だから! 私はアラサーでしょうが!
「そういえばお礼を言ってなかったね。誕生日プレゼントをありがとう」
「あ、いいえっ! 私こそ、ありがとうございました」
カイルハート殿下にプレゼントを贈ったのは、彼から誕生日にハンカチを貰ったからだ。そのお返しに、ハムレット・マニアでキャロルに勧められた星見ことプラネタリウムをプレゼントした。あれからまだ3ヶ月も経っていないのに、ずいぶん昔のことのように思える。
「本当は今日、あれも一緒に見たかったんだ。でも時間切れだね」
私たちの滞在が許されるのは2時間。そのほとんどをこの庭で過ごしてしまったので、もうすぐタイムリミットだろう。
「ねぇ、アンジェリカ。また遊びにきてくれる?」
殿下が再び私の手を取った。その先には小首を傾げる綺麗な顔。碧の瞳が、深い海の底のような透明度で、純粋に私を見つめていた。無邪気な、それでいて憂いのある色。7歳の子どもとは思えない、複雑な動きを見せる瞳に、私はしばし言葉を失ってしまった。
ここで無邪気に「はい」と言える子どもならどんなによかったか。でも、それは嘘になってしまう。私が今日ここに来られたのは奇跡のような偶然のおかげだ。前回の出会いだってそう。
「あの、そうですね。ギルフォードも、毎年王都には来ているみたいだから、きっと遊びにこられると思います」
だから私はごまかすしかなかった。ギルフォードなら、近々王都を後にするけれど、また来年の社交シーズンに姿を見せるだろうし、彼の身分なら殿下に会うことも不可能ではない。彼は侯爵家にも匹敵する辺境伯家の御曹司だ。
(でも私は違う)
それを説明したところで白けてしまうだけだ。たぶん殿下はそういった事情もわかっている。こんなに小さいけれど、たったひとりの王子殿下として社交もこなしてしまう人だ。
案の定、殿下は小さな唇を尖らせた。
「アンジェリカは? もう来てくれないの?」
話を逸らそうとした自分がとてつもなく恥ずかしくなる。こんな小さな子の他愛ない頼みすら、私はきいてあげることができないのだと思うと、鼻先がつんとした。
「私も……殿下にまた会えたらいいなと思っています」
唇からこぼれたのは、意外にも本気の願いだった。あれだけ逃げたいと叫んでいた心が、一転して今度は真摯な願いを紡いでいる。
「会えたらいいなとは思いますが……難しいと思います」
握られた手の力が一瞬、強くなった。その先で彼がどんな顔をしているのか、まっすぐ見ることができない。相手は子どもなのにというのは、もうそれは関係なかった。
「難しいとは思いますが、でも、努力します。またお会いできるように。会える約束はできないけど、でも、目一杯努力することは誓います。だから……」
小さく震えた手を、私もちゃんと握り返した。彼がなぜアンジェリカをこれほど大切に思ってくれるのかわからない。いや、わかりたくないと思っている。なぜなら私たちは交差する未来を持ってはいけない。胸のどきどきが、私の体の奥底に眠る、本物のアンジェリカの強い思いだったとしても。今、表面にいる私は、認めることができない。
ただ、目の前で泣き笑いのような顔を浮かべる男の子に、嘘ではなく真実で返してあげたかった。
「だから、殿下も諦めないでください」
この先、ますます制約の多い人生を送るであろう小さな彼の、いっときの息抜きの思い出の中に、アンジェリカがい続けられますように。辛いことがあったとしても、諦めずに前を向いていけますように。今の私には、その程度のことしか願えない。
私の願いに、殿下はふっと小さな笑みを漏らした。
「そうだね、僕も諦めずにいることにするよ」
その小さな約束を、少しでも確かなものにするために。私たちはつないだ手に、どちらからともなくぎゅっと力を込めた。
その後、ギブアップしたギルフォードに変わってミシェルにあっさりと見つかった私たち。侍従の迎えとともに別れを告げる殿下を見送り、私はミシェルたちとともに王宮を後にした。
私と殿下が交わした小さな誓いは、その後しばらく叶えられることはなく。
次に再会するのは、私が王立学院に入学するときの話になるーーー。
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「で、殿下!?」
「ほら、アンジェリカもおいで。大丈夫、もうひとり入れるよ」
そして引きずられるまま、私もその窪みに入った。殿下はカモフラージュするために辺りにあった小枝を入り口に敷き詰めていく。
「これで大丈夫。見つからないといいな。最後くらいミシェルに勝たないと」
どきりとしたのは殿下の息遣いをすぐ近くに感じたからだ。窪みは2人の子どもが隠れるのに十分な大きさがあったが、決して広いわけではない。そのためどうしてもお互いの体が近くなる。いや、落ち着け私。相手は7歳児だから! 私はアラサーでしょうが!
「そういえばお礼を言ってなかったね。誕生日プレゼントをありがとう」
「あ、いいえっ! 私こそ、ありがとうございました」
カイルハート殿下にプレゼントを贈ったのは、彼から誕生日にハンカチを貰ったからだ。そのお返しに、ハムレット・マニアでキャロルに勧められた星見ことプラネタリウムをプレゼントした。あれからまだ3ヶ月も経っていないのに、ずいぶん昔のことのように思える。
「本当は今日、あれも一緒に見たかったんだ。でも時間切れだね」
私たちの滞在が許されるのは2時間。そのほとんどをこの庭で過ごしてしまったので、もうすぐタイムリミットだろう。
「ねぇ、アンジェリカ。また遊びにきてくれる?」
殿下が再び私の手を取った。その先には小首を傾げる綺麗な顔。碧の瞳が、深い海の底のような透明度で、純粋に私を見つめていた。無邪気な、それでいて憂いのある色。7歳の子どもとは思えない、複雑な動きを見せる瞳に、私はしばし言葉を失ってしまった。
ここで無邪気に「はい」と言える子どもならどんなによかったか。でも、それは嘘になってしまう。私が今日ここに来られたのは奇跡のような偶然のおかげだ。前回の出会いだってそう。
「あの、そうですね。ギルフォードも、毎年王都には来ているみたいだから、きっと遊びにこられると思います」
だから私はごまかすしかなかった。ギルフォードなら、近々王都を後にするけれど、また来年の社交シーズンに姿を見せるだろうし、彼の身分なら殿下に会うことも不可能ではない。彼は侯爵家にも匹敵する辺境伯家の御曹司だ。
(でも私は違う)
それを説明したところで白けてしまうだけだ。たぶん殿下はそういった事情もわかっている。こんなに小さいけれど、たったひとりの王子殿下として社交もこなしてしまう人だ。
案の定、殿下は小さな唇を尖らせた。
「アンジェリカは? もう来てくれないの?」
話を逸らそうとした自分がとてつもなく恥ずかしくなる。こんな小さな子の他愛ない頼みすら、私はきいてあげることができないのだと思うと、鼻先がつんとした。
「私も……殿下にまた会えたらいいなと思っています」
唇からこぼれたのは、意外にも本気の願いだった。あれだけ逃げたいと叫んでいた心が、一転して今度は真摯な願いを紡いでいる。
「会えたらいいなとは思いますが……難しいと思います」
握られた手の力が一瞬、強くなった。その先で彼がどんな顔をしているのか、まっすぐ見ることができない。相手は子どもなのにというのは、もうそれは関係なかった。
「難しいとは思いますが、でも、努力します。またお会いできるように。会える約束はできないけど、でも、目一杯努力することは誓います。だから……」
小さく震えた手を、私もちゃんと握り返した。彼がなぜアンジェリカをこれほど大切に思ってくれるのかわからない。いや、わかりたくないと思っている。なぜなら私たちは交差する未来を持ってはいけない。胸のどきどきが、私の体の奥底に眠る、本物のアンジェリカの強い思いだったとしても。今、表面にいる私は、認めることができない。
ただ、目の前で泣き笑いのような顔を浮かべる男の子に、嘘ではなく真実で返してあげたかった。
「だから、殿下も諦めないでください」
この先、ますます制約の多い人生を送るであろう小さな彼の、いっときの息抜きの思い出の中に、アンジェリカがい続けられますように。辛いことがあったとしても、諦めずに前を向いていけますように。今の私には、その程度のことしか願えない。
私の願いに、殿下はふっと小さな笑みを漏らした。
「そうだね、僕も諦めずにいることにするよ」
その小さな約束を、少しでも確かなものにするために。私たちはつないだ手に、どちらからともなくぎゅっと力を込めた。
その後、ギブアップしたギルフォードに変わってミシェルにあっさりと見つかった私たち。侍従の迎えとともに別れを告げる殿下を見送り、私はミシェルたちとともに王宮を後にした。
私と殿下が交わした小さな誓いは、その後しばらく叶えられることはなく。
次に再会するのは、私が王立学院に入学するときの話になるーーー。
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