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第六十九話 お嬢様、分かりました。出発します!

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 鳥のさえずり声で昼間夕子は目覚めて時計を見た。
めざまし時計の針は五時を指して止まっている。
夕子は慌てて携帯を手に取り時刻を見た。

「良かった、まだ六時・・・・・・」

 夕子は微睡まどろみの中で、夢の続きを探していたが思い出せない。
昨晩の酒が夕子の喉に渇きを与えていた。
夕子は二日酔いの重い体を起こしキッチンに向かう。

 夕子が冷蔵庫に手を掛けた時、背後で従者未来の声が聞こえた。

「夕子、三日月姫も喉に渇きを覚えたようじゃ」

「じゃあ、姫にこれを上げてください」

 夕子は、自分が飲もうとしていたコップを未来に差し出す。

「夕子、悪いのう」

「未来、お水なら沢山あるから大丈夫よ」

 未来は、コップをお盆に乗せて三日月姫の部屋に消える。



 リビングには、日向黒子、夢乃兄妹が仮眠している。
安甲兄弟と酒田昇、白石親子は深夜前に帰宅した。

 前世の帝は、三日月姫の寝室の隣の部屋で寝泊りすることになった。
夕子の部屋には、前世の妹の零がいる。

 陽が高く昇る頃、マンションのチャイムが鳴り、夕子は玄関に向かう。
酒田昇が、眠そうな顔をして立っていた。

 日曜だと言うのに酒田は、シルバーグレーのスーツに明るいグレーのカラーシャツを着ていた。

「酒田、今日は三連休の日曜よ」

「でも、帝との約束がありますし」

「帝と約束・・・・・・」

「昼間先生も、言ってたじゃないですか」

「何を・・・・・・」

「嫌だな、みんなで東富士見町の案内をするとか」

 夕子は重い頭を抱えながら、記憶を辿る。

「あああ、帝の案内ね」

「やっと思い出しました」

「酒田は記憶力いいわね。
ーー 私はお酒飲むと一時的な健忘症になるのよ」

「先生、それ、身体に悪い酒ですよ」

「そうかしら、美味しいから楽しいわよ」

「それと、これとは別ですが」

「まあ、酒田、そんなとこで立ち話していないで上がって」

 酒田が上がり掛けた時、ドアチャイムが鳴った。

「おはようございます」

 星乃紫と朝霧美夏が顔を出して夕子にウインクした。

「二人とも、なにか勘違いしていない」

「昼間先生、勘違いって」
星乃が惚ける。

「まあ、いいわ。とにかく上がって」

 酒田、星乃、朝霧の大きな声が響き、リビングで仮眠していた、日向、夢乃兄妹も起きた。

「じゃあ、みんな、コーヒーとパンでいいかしら」

「喫茶店のブレックファーストみたいね」
酒田が言った。

 ダイニングキッチンの大きなテーブルに移動した。
朝霧と星乃は、夕子を手伝って朝食の準備を始める。

「先生、私もお手伝いします」

「日向、いつも悪いな」

「先生のお陰で、夢のような時間が過ごせて幸せです」

「先生、そんな褒め言葉を掛けられると、むず痒くなるな」

 夢乃真夏とヒメも手伝いたいと言ったが、手が足りていることを朝霧が伝えた。



「それにしても、今日は、集まりがいいな」

「先生、昨晩、みんなで約束したじゃないですか」
星乃だった。

「帝の案内なら酒田に聞いたけど・・・・・・」

「嫌だな、連休を利用して温泉旅行に行こうと言っていましたよ」
朝霧が言った。

「ああ、昼間財閥の保養所のことね。
ーー そうね。あそこなら私の部屋があるわね」

「それで、近いのですか」
酒田が夕子に尋ねる。

「遠くは無いわよ。隣県ですから」

「昼間先生、昨晩、バスを手配していましたよ」

「記憶力のいい酒田が言っているから、そうでしょうね」

 日向、夢乃兄妹は朝食を終えると自宅に着替えに戻り、マンションの玄関で合流する約束になった。
酒田も自宅に戻り、帝の着替えを手に戻る。



 しばらくして、東富士町マンション前に昼間財閥の観光バスが到着した。
安甲次郎と一郎の兄弟、帝、酒田、ヒメの男性五人、三日月姫と妹、未来、零の四人、白石陽子、夢乃真夏、日向黒子の女子生徒三人と白石式子しらいしのりこ、星乃紫、朝霧美夏、昼間夕子の教師三人がバスの前に集まって十六の大所帯となる。

「先生、おやつとか、買ってませんが」

「ヒメ、遠足じゃないからな」

「でも、先生、小腹が空いたら困るじゃないですか」

「ヒメ兄、先生に失礼よ」

「ヒメ、真夏ちゃんの言う通りよ。
ーー 先生に失礼だ」

 夕子は笑いを堪えながらヒメを揶揄からかった。

「まあ、いいわ、ヒメ、東富士町スーパーで調達しよう」

「先生、お弁当はどうしますか」

「お弁当なら、バスに準備させてあるから心配ない。
ーー ドライブインにはレストランもあるしね」



 急な思いつきのような旅行に、夕子たちは旅行鞄さえ用意していなかった。
生徒たちは、普段の手荷物を手にしているだけだった。

 昼間、星乃、朝霧は通勤用のトートバッグを下げて、前世の女性たちは夕子と同じワンピース姿。
帝は、酒田のスーツを着こなしていたが長い髪の毛を後ろでツインテールにしている。
濃い紫色に近い色の髪の毛であることに夕子は気付いて、はっとする。

「帝さまの髪の毛ってと・・・・・・」
と、夕子は未来に言い掛けた時だった。

[夕子、帝は代々、濃い紫色]
妖精が夕子に囁く。

「ありがとう、妖精さん」

 妖精は夕子の前から消えて光になった。

「夕子、今、妖精現れなかった」

「星乃先生にも見えたのね。
ーー 最近、姿を見せることが多いわ」

「私も見たわ」
朝霧も会話に加わる。

 夕子は、言い掛けた言葉の続きを未来に続けた。

「夕子、そのお話は禁忌でござります」

「まあ、未来、良いのじゃよ。
ーー ここは現世うつしよじゃからな」

 前世の帝は、未来の肩に手を置きながら未来をなだめていた。

「帝さまのお優しさが、宝じゃ」
 三日月姫が帝に微笑みながら言った。

 夕子たちを乗せた観光バスが東富士見町スーパーマーケットの駐車場に入った。
生徒たちが食材調達のためにバスを降りた。
生徒以外の大人たちはバスで生徒の帰りを待つことにした。

「先生、生徒たちに任せていいのかしら」

「星乃先生、生徒たちは、もう大人よ」
 朝霧が昼間夕子の言葉に大きく頷く。

 スーパーの壁に晩夏の日差しが乱反射して輝いていた。

 ヒメが大きなレジ袋を両手に持ちバスに戻って来た。

「昼間先生、お釣りとレシートです」

「ヒメ、ご苦労さま」

 日向黒子、白石陽子、夢乃真夏も戻った。

「運転手さん、富士山の昼間保養所に向かってください」

「お嬢様、分かりました。出発します」
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