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第八章: プレイング・ウィズ・ダークネス

第十話

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この世には、圧倒的な力の差があり、負けを悟る場合がある。この相手、サドには、話し合いでは勝てない。俺はそう確信した。

「あれで捕獲したつもりか」
あの水が入った立方体から、余裕で逃げれるってのか。とんだ化け物だな。

コイツに話し合いは無理だ。捕獲、若しくは殺すしかないように思えて来た。でも、殺しは絶対にダメだ。選択肢にも入れちゃいけねえ。

ただ、殺すつもりでいかないと、逆にこっちが殺られちまう。

だとしたら、捕獲一択か。さっきの水浸し大作戦(我ながらダサいネーミングだ)は失敗に終わった。じゃあ他の捕獲方法を考えないとな。今は幸い三人いるから、作戦の幅は広がる。

いや、ここは賭けに出るべきか。作戦を考えても、どうせ突破されるだけだ。

ビーストでサドの記憶を読む。それしか今は思い浮かばない。

俺の闇が増える可能性もあるが、そんなことを気にしてる場合じゃない。話し合いでコイツを攻略するには、それ以外に方法はないだろう。

サドと距離を置き、社会の窓を開き、俺はいつもの下ネタ全開な方法でビーストを創った。

今回はサドの素早さに付いていけるように、狼を創った。俺は狼にサドを攻撃するように命じたが、さすが俊足。狼の攻撃を簡単に避けてやがる。

そう来たら、ビーストを何体も創るまでだ。俺は狼を追加で4匹創り、サドに向けて放った。流石のサドも、計5匹の狼を避けることは出来なかった。狼に咬まれたことによって、俺はサドの記憶の中に入ることが出来た。

ジジジジジ‥‥‥

「兄様!」
和服を着た小さな男の子が、叫びながら走っている。兄様って呼んでるところを見ると、サドの弟なんだろう。サドにぶつかり、少年は止まった。

「そんなに急いでどうしたんだ、カド」
今よりは少し温厚に見えるが、言動や口調は変わらないな。違うところを挙げるとしたら、髪型くらいだろうか。今と違い、この時のサドには丁髷があった。ってか丁髷っていつの時代だよ。

「俺にも刀の稽古をつけてください!」
カドという少年は上を向きながら、サドの顔を見ている。

「ダメだ。お前にはまだ早い」

「ちぇー、そうやって兄様はいつも稽古つけてくれないじゃないか」

見透かされてると感じたのか、サドは少し目を逸らした。

「また今度だ」
そう言い、サドは弟の頭にポンっと手を乗せた。

コイツにも兄弟がいたことに驚きだな。でも、ここはどこなんだ?ヨードか、それとも地球か?

「ケホケホッ」
急にカドが咳き込み始めた。走り過ぎか何かだろうか。

「大丈夫か、カド。お前は身体が弱いんだから、そんなに暴れるんじゃない」

「でも俺、剣術を学んで強くなるんだ!」

身体が弱いから、訓練して強くなるか。サドも弟の身体を労わって、稽古をつけなかったのか。サドに何があったのか分からないが、今見てる分だと、到底悪い奴には思えない。

ジジジジジ‥‥‥

「サド君も大変ねえ」

次はここか。何かの店か。うん?店の看板に大きな文字で『薬』と書いてある。ってことはここは薬屋か。それに、日本語が書いてるってことは、ここは日本か。

それじゃあ、サドは人間だったって言うことか。しかも日本人。境遇は俺と全く同じなのか、コイツは。

「いえ、そんなことはないです」
「カド君の容態はどう?」

「大分落ち着いて来ています。あと少しで外出も出来ると思います」

「そうなのねえ。お大事にー」
薬局のおばちゃんに軽くお辞儀をした後、サドは家へと向かった。

「帰ったぞ、カド。調子はどうだ?」
カドが寝ている部屋の襖を開け、サドが聞いた。カドは畳が敷かれている部屋で、布団に入り寝ていた。

「あっ、兄様。おかえりなさい」
「お前は寝ていろ」

兄を迎えようと、身体を起こそうとしたカドをサドが止めた。

「薬を持ってきたから、飯を食べた後に飲むんだぞ」
「はーい」

ふう、と溜息をつくと、サドは話を続けた。

「全く、お前にも困ったものだ。村の餓鬼を相手に喧嘩を売るなど。返り討ちにあって、挙げ句の果てには身体も壊しおって」

「だって、強くなりたいから‥‥‥」

今度は、はあ、と息を吐き、サドはこう言った。

「分かったよ。今度稽古をつけてやる。その代わり、ゆっくりとだ。それと、二度と誰かに喧嘩を売るなどの、危険な行為は禁止だ」

「本当?はい、約束します!」

病人の顔とは思えないほどに、カドの表情は明るくなった。









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