獣人の子育ては経験がありません

三国華子

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第二章

56 最終話 おかえり

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「サミアン、ちょっといい?」

サミアンの部屋の前で軽くノックをして声をかける。最初はノインも一緒に使っていたけど、ノインの自立の為に五年前から一人部屋になった。

「どうぞ、お入りください」
サミアンはもう俺とそんなに目線が変わらない。

透き通るような真っ白な肌に大きなライトブルーの瞳。可愛らしいふんわりボブはそのままだけど、親の目から見ても眩しい程、美しく成長した。
「お母様」
こんなに大きいのに相変わらずママっ子で、一日一回は必ずハグをしている……ギュッとしてあげると白い耳が嬉しそうにピコピコするのも昔のままだ。

「準備は進んでる?」
「はい。後は現地調達でいいかな?と思って……」
「ロイヤの街なら何でも揃うもんね。サミアンの大好きな唐揚げも食べられるし」
「ふふっ、でも唐揚げはお母様の手作りが一番美味しいです」
「……たまに、届けるよ。レパーダで」
(下らない事に自家用ジェット飛ばすセレブみたいだけど……)

「ノインにバレちゃったみたいだね」
「はい、拗ねちゃって大変です」
「本当に行っちゃうの、一年待てば、こっちにも学校できるよ?」

サミアンは少し困った感じで微笑んだ。
子離れ出来ない母親でごめんね!
だって、人間の感覚だと十歳ってまだチビッ子なんだもん!

「お母様……ずっと聞きたかった事があるのですが、聞いてもいいですか?」
「うん、何? 何でも聞いて」
「お母様は異世界にも子供がいたのですよね? 時々お母様が寂しそうなお顔をする時があって、ずっと気になっていました」

サミアンには寂しい顔を見せないつもりだったけど、隠しきれなかったようだ。
俺もサミアンが、時々空を見上げて心の中で実母に話しかけているのを知っている……
一緒にいる時間が長いからこそ、お互いの気持ちは手に取るように分かるのだ。

「ヒロシの事だね。ヒロシは俺がこっちの世界に来た時は、十九歳であっちでは二十歳が成人だから、もう大人になってる筈だよ」

「そんなに大きなお子さんだったのですね?」
「うん。サミアンと同じように二歳から、俺一人で育てたんだよ!」
「……僕はヒロシさんからお母様を奪ってしまったのでしょうか?」
「ふふ、なんで?ヒロシは将来を誓いあった恋人もいるし、大人だから心配ないよ。大人になった姿を見てみたいし、こんなに可愛い弟がいるんだよって教えてあげたかったけどね!」
笑顔で話す俺に、サミアンは少し申し訳なさそうに小さな声で囁いた

「……もし帰れたら帰りたいと思いますか?」

「え?」

「僕に……異世界の扉を開く魔力があるとしたら……」

サミアンは俯いて、苦しそうに顔を歪めた……



「………いつからなの、サミアン。いつからその力に気付いていたの?」
俺は驚きのあまり、すぐに言葉が出て来なかった。

「ごめんなさい!!お母様が『帰りたい』って言ったらどうしようと思って、二年も秘密にしてました!」

言い終えるとサミアンは耳をペタリとへたらせた。

「質問の答えだけど、俺はよ! あっちでは死んでるし、今はガインとサミアンとノインの居るこの世界が、俺の居場所だと思ってる。三人を置いて帰るわけないでしょ? ……それより二年も一人で悩んでたの?」

「ごめんなさい……お母様」

椅子に座ったまましょんぼりするサミアンを抱き締める……
「馬鹿な子だね。セレスティオの力だね? 絵本のフィリップが枯れた大地に生命を与えるのと同じ……」
「はい、多分それも出来ると思います」
「そうか……やっぱり黄金竜は特別魔力の強いドラゴンなんだね。レパーダを使役している俺にも無い力だ。俺のはドラゴンと仲良しになれるっていうボンヤリした力だからね……」
「それも凄いと思います……おかげでドラゴン部隊が沢山の人命を救いました……」
「ふふっ、そうだね。でもガインの意志と行動無しでは成し得なかったから、俺は何もしていないのと同じだよ」

サミアンは真面目な顔で俺を見つめると、思い詰めた様子で口を開いた。

「僕もこの力を役立てるべきでしょうか?」

「ずっと悩んでいたんだね…… 今は、ガイン達が、人々が自力で立ち直れるように頑張ってる。それでもどうにもならない時が来るまで、その力を使わなくてもいいと思うよ。大きすぎる力は、ルーシアの様に使い方を間違えると毒にしかならないんだ。だから今、力を使わない事を負い目に感じる必要はないんだよ……」
「はい……」
「大丈夫!ガインを信じて!世界は確実に平和への道を歩んでいるよ」

「はい、お母様!」

サミアンは子供の時の様に、ふにゃっと笑い。俺にキュッと抱き付いた。

「お母様……ここまで育ててくれて有難うございました。僕はお母様の子供になれて幸せです。」

「サミアン!!何、お嫁に行く娘みたいな事言ってるの!!……か、悲しくなる……じゃないか……」

「まだお嫁には行かないけど、お父様とお母様は僕の憧れなので、僕も素敵な番を見つけたいと思ってます」

「……そうだね。だけどノインの前では言っちゃ駄目だよ」

「はい、口が裂けても言いません!」

うぅぅ、でもやっぱり寂しい。
獣人さん、成長早すぎるよ!
もっと、もっと一緒にいたいのに!

「辛かったらすぐに帰って来るんだよ! イジメられたら俺が、殴りに行ってやるからなっ!」

「ふふっ、お母様ったら、本当にやりそうで怖いです……」

その日は昔を思い出して、サミアンの部屋で、獣型になったフワフワのサミアンを抱きながら眠った……




サミアンの旅立ちは早朝だった。
(ガインがノインの説得に失敗したから……)

俺は前科のあるノインが、何処かに隠れていないかチェックした。そりゃあもう入念に!
「サミアン、トランクの中にノインが入っていないか確認した?」

「流石にもう、トランクに隠れるのは無理です。それに寝ているノインに挨拶してきましたから……」

「ライヒアには連絡してある。館まで行けば馬車で学院まで送ってくれる筈だ」

「はい、お父様」

ガインも寂しいのか、サミアンを抱き上げたまま、感慨深そうにその場に立ち尽くしていた。

「サミアン、辛かったらいつでも帰ってこい。イジメられたら俺が殺しに行ってやる」

ちょっと物騒になってるけど、同じ事いってるし!
サミアンもそう思ったのか「やっぱりお父様とお母様は仲良しですね」と言いながらクスクス笑った。

「では、お母様いってきます」

「うん。気を付けて…… いってらっしゃい」

ガインがジャンプしてサミアンをセレスティオの背に乗せると、上で抱擁しながら二言三言言葉を交わしてガインだけが降りてきた。

「セレスティオ、サミアンを頼むよ」
(まかせて、クリス。悪い虫は僕がはらうから安心して)
「う、うん……」
――ドラゴンにはらわれたら死ぬよ?

「いってきまーす!!」

サミアンが大きく手を振ると、セレスティオは黄金の巨体をフワリと浮かべゆっくりと、東の空へ飛んで………

「あ~~~~っ!!ノイン~!!」

近くの木から黒い影が飛び出し、セレスティオの鉤爪にしがみついた。

「あのバカッ!!無茶だ!」
隣にいたガインが駆け出し、後を追う。
辛うじて片手で爪の先にしがみついていたノインは、予想通り手を滑らし、落下した。

「ノイーン!!」

ガツッと鈍い音がして、ガインがノインを受け止める。
慌てて駆けつけると、二人が頭を抱えてのた打ち回っていた。

「二人とも大丈夫?」

「うぅぅ、サミアン……」
「サミアンなら気付かず行っちゃったよ」
「なんだとっ!くそっ!」

ノインは元気そうだが、ガインの様子がおかしい……
「ノイン!動けるならすぐにお医者様連れてきて!あと担架!」

「はっ、はい!」
「いや……それには及ばない……大丈夫だ、動ける……」

「ガイン、大丈夫? 無理しないで……」

頭を数回振って目を開けたガインは、俺の顔を呆然と眺めた……

「どうしたの? 痛い?」

「いや………思い出した……」

「へ?」
(そんな、まさか……)

ガインはにっこり微笑むと、大きな手で確かめる様に俺の頬に触れた。
そしてガインの瞳から、一筋の涙が流れた……

「よく……耐えてくれた。記憶が無い俺を、よく支えてくれた……」

「思い出したの?」

「ああ……全て……サミアンの心を開いてくれた事もノインを生んでくれた事も……」

俺の瞳も涙で濡れ、一気にガインの顔が歪んで見えた。

「ガインッ!!」

ガインに抱き付き、その唇に口づける……
俺の頭の中にも、この世界に来てからの全ての時間が走馬灯の様に流れた。

「おかえり!ガイン!!」
「ああ……ただいま……クリス」

ずっと一緒にいたのにおかしいかもしれないけど、今の俺たちには、この言葉が相応しい様に思えた。

「お父様……?」
「ノイン、無茶しやがって。……くくっ、お前は俺が取り上げたのだったな……」

「クリス、お前と出逢えて本当に良かった……」

「うん、……うん」

俺達はサミアンの旅立った東の空を眺めながら、出逢ってからの日々を思い返した。

子供達もまだまだ色々あるだろう。
この平和がいつまで続くかも分からない……

でも、ガインと一緒なら全て乗り越えて行けると思った。

俺は明日も、明後日も
この世界で生きていく………



おわり

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