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元伯爵令息は許される
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公爵夫人からの手紙が届いてから今までがずっと夢の中にいるみたいだと、トラヴィスは今でも半信半疑でいる。手を伸ばせば届く位置にあの、カリナ・クィールがいるような信じられない現実を受け止めるにはまだ経験が足りない。
公爵家のアランは、末端の伯爵家でもその名が届くような人で、悪い意味でとても有名だった。
公爵家の後継者でありながら、「政略結婚」を蔑ろにしている彼は第三王子が危惧する通り、厳しい言い方をすれば公爵家に最もふさわしくない男だった。
第三王子との関係は腐れ縁だ。彼はトラヴィスの兄をずっと側近にと狙っていた。
王子でありながら第一や第二王子とは異なり、裏の世界を牛耳る彼の側近は兄には荷が重く何度も断る羽目になって、その縁から何度も会う機会があった。
カリナも侯爵家の先祖が代々引き継いでいた負の遺産を処分する際に、何度か第三王子と絡むことがあったらしい。カリナを気に入った彼はトラヴィスがカリナの近くにいても構わずにアプローチするほど彼女に惚れ込んでいた。
そんな第三王子が、掴んだ情報によると、ある男爵家と、ある同盟国が秘密裏に手を組んで、おかしな動きを見せていると言う。
元王女が産んだ娘を担ぎ上げて、政治の駒にするつもりだった彼らは、第三王子を傀儡にしようと企んだが、そうは当然ならなかった。
第一王子や第二王子には劣る第三王子、とは世間に見せている偽の姿で、実際にはこの国の半分を一人で牛耳っているのが第三王子ヴィクトールだ。
彼は公爵令息とは違い、政略結婚に拒否感はない。相手が全く使えない身の程知らずの男爵令嬢でも、その背後に愚かな人間が束になって連なっていようとも、関係ない。
必要ならば自分をいくらでも犠牲にできる彼はカリナの相手としては致命的に合わない人間だった。トラヴィスはそのことを深く感謝した。
カリナ・クィールもアランとは別の意味でとても有名な人物だった。彼女は独自のやり方で荒れ果てた土地を豊かにし、何もなかった侯爵領に名物まで作り、潤わせた。
侯爵領の領民達は皆カリナが好きだし、表情もとても生き生きしている。カリナのやり方は伯爵家でも真似のできるものも多く、目から鱗だった。
カリナと向き合っていると、何故公爵令息が彼女に夢中にならなかったのか全く理解できない。好みが違うのだと言ってしまえばそうなんだろうが、何故完璧な女神を前に、あんな良くいる令嬢に現を抜かしたのか未だにトラヴィスにはアランの考えがわからない。
「彼はとても視野が狭いの。見えていないことだけじゃなく、見えていると思われるものすら見えていないのよ。」
カリナが言うように彼は多くのことを見過ごしていた。
「夫人が動いてくださらなかったらアレが当主になっていたのよ。傀儡としてならとても優秀だけど、私そこまでの力はないの。彼を手のひらで動かせる参謀みたいに頭が良ければ楽だったのでしょうけれど。人形遊びは肌に合わないのよね。」
夫人がこの公爵領を大切に思っているのは実際に働いてすぐにわかった。だからこそ、この領地を大切に扱えないアランではダメだったのだ。
彼は事あるごとに改革と称し、自分の代では公爵領を劇的に変えることを宣言していた。古臭い決まりごとは時代にそぐわない、と。それでよくカリナと言い合いになっていた。
後継者でなくなったアランは今後公爵家で働くか、もしくは出ていくか、になる。夫人は本人に選ばせると言うが、多分出ていく一択になるだろう。
自分ならそうする。
「でもねぇ。本当に視野が狭いの。あの人は。だから、彼はきっとこう言うんじゃないかしら。
もうそんなやつを愛するふりなんかしなくていいんだ。私は目が覚めた。君と公爵領を守っていく、ってね。
彼はね、自分が全知全能の神だと思ってる。自分が何もしなくても公爵領が潤っているのは誰かが動いていたから、とは思わない。知らないうちに、自分が動いていたのだと思うみたい。バカよね。自分の記憶を改竄してまで、現実を受け止めようとしないんだから。」
公爵家のアランは、末端の伯爵家でもその名が届くような人で、悪い意味でとても有名だった。
公爵家の後継者でありながら、「政略結婚」を蔑ろにしている彼は第三王子が危惧する通り、厳しい言い方をすれば公爵家に最もふさわしくない男だった。
第三王子との関係は腐れ縁だ。彼はトラヴィスの兄をずっと側近にと狙っていた。
王子でありながら第一や第二王子とは異なり、裏の世界を牛耳る彼の側近は兄には荷が重く何度も断る羽目になって、その縁から何度も会う機会があった。
カリナも侯爵家の先祖が代々引き継いでいた負の遺産を処分する際に、何度か第三王子と絡むことがあったらしい。カリナを気に入った彼はトラヴィスがカリナの近くにいても構わずにアプローチするほど彼女に惚れ込んでいた。
そんな第三王子が、掴んだ情報によると、ある男爵家と、ある同盟国が秘密裏に手を組んで、おかしな動きを見せていると言う。
元王女が産んだ娘を担ぎ上げて、政治の駒にするつもりだった彼らは、第三王子を傀儡にしようと企んだが、そうは当然ならなかった。
第一王子や第二王子には劣る第三王子、とは世間に見せている偽の姿で、実際にはこの国の半分を一人で牛耳っているのが第三王子ヴィクトールだ。
彼は公爵令息とは違い、政略結婚に拒否感はない。相手が全く使えない身の程知らずの男爵令嬢でも、その背後に愚かな人間が束になって連なっていようとも、関係ない。
必要ならば自分をいくらでも犠牲にできる彼はカリナの相手としては致命的に合わない人間だった。トラヴィスはそのことを深く感謝した。
カリナ・クィールもアランとは別の意味でとても有名な人物だった。彼女は独自のやり方で荒れ果てた土地を豊かにし、何もなかった侯爵領に名物まで作り、潤わせた。
侯爵領の領民達は皆カリナが好きだし、表情もとても生き生きしている。カリナのやり方は伯爵家でも真似のできるものも多く、目から鱗だった。
カリナと向き合っていると、何故公爵令息が彼女に夢中にならなかったのか全く理解できない。好みが違うのだと言ってしまえばそうなんだろうが、何故完璧な女神を前に、あんな良くいる令嬢に現を抜かしたのか未だにトラヴィスにはアランの考えがわからない。
「彼はとても視野が狭いの。見えていないことだけじゃなく、見えていると思われるものすら見えていないのよ。」
カリナが言うように彼は多くのことを見過ごしていた。
「夫人が動いてくださらなかったらアレが当主になっていたのよ。傀儡としてならとても優秀だけど、私そこまでの力はないの。彼を手のひらで動かせる参謀みたいに頭が良ければ楽だったのでしょうけれど。人形遊びは肌に合わないのよね。」
夫人がこの公爵領を大切に思っているのは実際に働いてすぐにわかった。だからこそ、この領地を大切に扱えないアランではダメだったのだ。
彼は事あるごとに改革と称し、自分の代では公爵領を劇的に変えることを宣言していた。古臭い決まりごとは時代にそぐわない、と。それでよくカリナと言い合いになっていた。
後継者でなくなったアランは今後公爵家で働くか、もしくは出ていくか、になる。夫人は本人に選ばせると言うが、多分出ていく一択になるだろう。
自分ならそうする。
「でもねぇ。本当に視野が狭いの。あの人は。だから、彼はきっとこう言うんじゃないかしら。
もうそんなやつを愛するふりなんかしなくていいんだ。私は目が覚めた。君と公爵領を守っていく、ってね。
彼はね、自分が全知全能の神だと思ってる。自分が何もしなくても公爵領が潤っているのは誰かが動いていたから、とは思わない。知らないうちに、自分が動いていたのだと思うみたい。バカよね。自分の記憶を改竄してまで、現実を受け止めようとしないんだから。」
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