7 / 30
公爵令息は訝しんだ
しおりを挟む
アランは体力の衰えを実感していた。馬なら馬車よりも早く着けると颯爽と勢いよく駆ける筈が、途中の街でアランの重さに馬が疲弊してしまうなどと思わなかった。アランは仕方なく馬車を調達し、侯爵領に向かったものの、馬車では走る道が馬とは異なり、大幅に遠回りをしなくてはならなかった。
アランの記憶の中のカリナは、最初の顔合わせの時のものしかない。婚約者になってから少なくとも三、四年は経っているが、アナスタシアと比べて地味な見た目に、正直あまり覚えていない。
地味と言っても多分あの野暮ったいドレスを変えれば何とか化けるかもしれない。アナスタシアが言うには、女性が綺麗に居続ける為には先立つものがなければ、と言っていたし、公爵夫人になるならば少しぐらい着飾ってもらわなければ。
アランはふと、彼女にドレスを贈るのはどうかと思い、行き先を変更した。彼女の趣味はわからないが、婚約者なら女性にドレスの一枚や二枚贈るのが普通だろう。自分はドレスについてよくわからないから、アナスタシアが選んでいたようなものを贈らせよう。
アナスタシアの顔が咄嗟に浮かび、アランは苦虫を噛み潰したような顔になる。
アナスタシアに未練はない、とは言えないが、縋りついたところで王家に睨まれては困るのだ。
ましてや、男爵の知人を名乗る怪しげな男達から公爵家に何やら横槍があるらしく、母が苛々していた。
アランは父に似ていないことで母から期待されていない。顔だけではなく性格も、父の弟にそっくりなのだそうだ。身内なのだから、似てもおかしくはない。
アランは自分が整った容姿をしていることは知っていたが、見たこともない叔父に似てると言われても、よくわからないし、会いたいとも思わなかった。その叔父が何をやらかしたのかは知らないが母の口調から母が彼をよく思っていないことだけはわかった。母は嫌いな叔父に似た自分をそれなりに愛してくれたようだが、アナスタシアのことを認めてはくれなかった。
思えばあの頃からだろうか。カリナの近くにあの男が見え隠れし出したのは。
侯爵家の使用人事情などアランには知る由もないが、カリナがアランより遥かにその使用人を頼りにしていることがわかって、柄にもなく少し苛ついたのだった。
今になって思うと、あれはアナスタシアに夢中になっている自分へ向けてのメッセージだったのだろう。カリナだって、まさか本当に使用人如きと、情を交わしていることはないだろう。あの男……どこかで見たことのある顔のような気もするが、まあ、よくある顔なのだろうと、アランは深く考えなかった。
アランが入った店は、侯爵領の近くの店だが、馬車に家紋がない為に、公爵子息だとは気づかれなかった。本人は言わなくてもわかるほど公爵子息としての品が備わっている、と思い込んでいるが、他の者から見るに貴族はどれも同じように見えた。
そこでアランは思わぬ言葉を聞いた。店内には他にも客がいて、噂話は耳を塞ごうにも聞こえて来た。
「公爵家の後継者が変わったらしいわよ。ほら、領地のことを婚約者に任せて別の女に入れ込んでいるって噂の。
公爵家には嫡男がいるのに、あまりにも出来が悪い為に、親戚筋から養子を迎えてその子に継がせるのですって。」
どこも大変だな、と思うものの、その嫡男の特徴に自分の姿が重なっていき、嫌な予感がした。
「いや、まさか。」
だが、店内の噂話は止まらない。
「ああ、クィール侯爵家の、カリナ様の婚約者でしょう?あの、長身の。あら、彼の方が新しい後継者?なら、元の婚約者を知らないわ。こちらには来ていないのかしら。カリナ様は良く見かけるのに。」
「だから、そう言うことなんじゃない?婚約者の家なのに、何の働きもしない男なんでしょ。」
「ああ、いるわね、そんな人。そう言う人に限って忙しい、とか言って何も出来ないのよ。うちの息子もそう!口だけなのよね。」
アランは新しい後継者について聞きたかったが、それから彼女達の話は別に移ってしまい、続きを聞くことは出来なかった。
アランの記憶の中のカリナは、最初の顔合わせの時のものしかない。婚約者になってから少なくとも三、四年は経っているが、アナスタシアと比べて地味な見た目に、正直あまり覚えていない。
地味と言っても多分あの野暮ったいドレスを変えれば何とか化けるかもしれない。アナスタシアが言うには、女性が綺麗に居続ける為には先立つものがなければ、と言っていたし、公爵夫人になるならば少しぐらい着飾ってもらわなければ。
アランはふと、彼女にドレスを贈るのはどうかと思い、行き先を変更した。彼女の趣味はわからないが、婚約者なら女性にドレスの一枚や二枚贈るのが普通だろう。自分はドレスについてよくわからないから、アナスタシアが選んでいたようなものを贈らせよう。
アナスタシアの顔が咄嗟に浮かび、アランは苦虫を噛み潰したような顔になる。
アナスタシアに未練はない、とは言えないが、縋りついたところで王家に睨まれては困るのだ。
ましてや、男爵の知人を名乗る怪しげな男達から公爵家に何やら横槍があるらしく、母が苛々していた。
アランは父に似ていないことで母から期待されていない。顔だけではなく性格も、父の弟にそっくりなのだそうだ。身内なのだから、似てもおかしくはない。
アランは自分が整った容姿をしていることは知っていたが、見たこともない叔父に似てると言われても、よくわからないし、会いたいとも思わなかった。その叔父が何をやらかしたのかは知らないが母の口調から母が彼をよく思っていないことだけはわかった。母は嫌いな叔父に似た自分をそれなりに愛してくれたようだが、アナスタシアのことを認めてはくれなかった。
思えばあの頃からだろうか。カリナの近くにあの男が見え隠れし出したのは。
侯爵家の使用人事情などアランには知る由もないが、カリナがアランより遥かにその使用人を頼りにしていることがわかって、柄にもなく少し苛ついたのだった。
今になって思うと、あれはアナスタシアに夢中になっている自分へ向けてのメッセージだったのだろう。カリナだって、まさか本当に使用人如きと、情を交わしていることはないだろう。あの男……どこかで見たことのある顔のような気もするが、まあ、よくある顔なのだろうと、アランは深く考えなかった。
アランが入った店は、侯爵領の近くの店だが、馬車に家紋がない為に、公爵子息だとは気づかれなかった。本人は言わなくてもわかるほど公爵子息としての品が備わっている、と思い込んでいるが、他の者から見るに貴族はどれも同じように見えた。
そこでアランは思わぬ言葉を聞いた。店内には他にも客がいて、噂話は耳を塞ごうにも聞こえて来た。
「公爵家の後継者が変わったらしいわよ。ほら、領地のことを婚約者に任せて別の女に入れ込んでいるって噂の。
公爵家には嫡男がいるのに、あまりにも出来が悪い為に、親戚筋から養子を迎えてその子に継がせるのですって。」
どこも大変だな、と思うものの、その嫡男の特徴に自分の姿が重なっていき、嫌な予感がした。
「いや、まさか。」
だが、店内の噂話は止まらない。
「ああ、クィール侯爵家の、カリナ様の婚約者でしょう?あの、長身の。あら、彼の方が新しい後継者?なら、元の婚約者を知らないわ。こちらには来ていないのかしら。カリナ様は良く見かけるのに。」
「だから、そう言うことなんじゃない?婚約者の家なのに、何の働きもしない男なんでしょ。」
「ああ、いるわね、そんな人。そう言う人に限って忙しい、とか言って何も出来ないのよ。うちの息子もそう!口だけなのよね。」
アランは新しい後継者について聞きたかったが、それから彼女達の話は別に移ってしまい、続きを聞くことは出来なかった。
286
あなたにおすすめの小説
大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました
ミズメ
恋愛
感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。
これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。
とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?
重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。
○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
とある侯爵令息の婚約と結婚
ふじよし
恋愛
ノーリッシュ侯爵の令息ダニエルはリグリー伯爵の令嬢アイリスと婚約していた。けれど彼は婚約から半年、アイリスの義妹カレンと婚約することに。社交界では格好の噂になっている。
今回のノーリッシュ侯爵とリグリー伯爵の縁を結ぶための結婚だった。政略としては婚約者が姉妹で入れ替わることに問題はないだろうけれど……
私から婚約者を奪うことに成功した姉が、婚約を解消されたと思っていたことに驚かされましたが、厄介なのは姉だけではなかったようです
珠宮さくら
恋愛
ジャクリーン・オールストンは、婚約していた子息がジャクリーンの姉に一目惚れしたからという理由で婚約を解消することになったのだが、そうなった原因の贈られて来たドレスを姉が欲しかったからだと思っていたが、勘違いと誤解とすれ違いがあったからのようです。
でも、それを全く認めない姉の口癖にもうんざりしていたが、それ以上にうんざりしている人がジャクリーンにはいた。
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
(完)イケメン侯爵嫡男様は、妹と間違えて私に告白したらしいー婚約解消ですか?嬉しいです!
青空一夏
恋愛
私は学園でも女生徒に憧れられているアール・シュトン候爵嫡男様に告白されました。
図書館でいきなり『愛している』と言われた私ですが、妹と勘違いされたようです?
全5話。ゆるふわ。
私はあなたの前から消えますので、お似合いのお二人で幸せにどうぞ。
ゆのま𖠚˖°
恋愛
私には10歳の頃から婚約者がいる。お互いの両親が仲が良く、婚約させられた。
いつも一緒に遊んでいたからこそわかる。私はカルロには相応しくない相手だ。いつも勉強ばかりしている彼は色んなことを知っていて、知ろうとする努力が凄まじい。そんな彼とよく一緒に図書館で楽しそうに会話をしている女の人がいる。その人といる時の笑顔は私に向けられたことはない。
そんな時、カルロと仲良くしている女の人の婚約者とばったり会ってしまった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる