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後継者は選ばれた
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「君の手腕は聞いている。侯爵家とは勝手が違うと思うが、正直、邪魔をしないなら何をしても良い。私が最後は責任を取るからな。弁えた行動を心がけてくれ。」
アランは初対面でまるで上司のような言葉を掛けてきた。年頃の娘のように、何か甘い言葉でも掛けてもらえるのかと期待したカリナは彼の態度に勝手に失望し、同時に彼が自分に何を求めているかを理解した。
「承知いたしました。不束者ですが、宜しくお願いします。」
アランはカリナに仕事についての説明をした後は、婚約者としてではなく終始上司と部下のような姿勢を崩さなかった。
公爵家の使用人は只管申し訳なさそうにしていたが、主人にどうこう言える立場にもなく、カリナもアランはこういう人間なのだと思う他なかった。
婚約者として特別何かを話すわけでもない二人。もしかしたらカリナの方からたくさん交流を深めようとしていたら何かが変わったのかもしれないが、カリナはアランとの距離を縮めようとはしなかった。
大規模な災害により、復興を余儀なくされた公爵領を立て直すために尽力することはカリナにとっても理解でき、視野は狭くとも真面目で一生懸命な性格だと思えたからだ。
だけど、彼がアナスタシアと会ってからは全てが変わってしまった。恋に溺れて、ただでさえ狭い視野が、愛する女性一人しか映さなくなり、自分の地位や責務を蔑ろにし始めた婚約者。
その間、領を守っていたのは、カリナとトラヴィスだった。
「私にどれだけの荷物が背負えるかはわかりませんが、貴女が背負っている半分ぐらいは私に持たせてもらえませんか?」
あの頃のトラヴィスはまだ敬語で、礼儀正しい青年だった。公爵家の遠縁の伯爵家の三男だが、アランとは違い公爵様に良く似た容姿に穏やかなブラウンの瞳は、カリナに今まで感じたことのない感情を齎した。
「何笑ってるんだ?気持ち悪いぞ。」
カリナは失礼なことを言う男を見て、ため息を飲み込んだ。
「前のことを考えていただけよ。貴方がまだ私に敬語で話していた時のこと!」
「あの、緊張でガチガチだった頃のこと?懐かしいな。」
あの頃にあった壁はもう存在しない。本来の持ち主の手から滑り落ちた公爵家の後継者の資格は公爵家からトラヴィスとカリナに渡されている。
この日が来るまでトラヴィスは侯爵家の使用人としてカリナを支えてくれていた。
「アランは後継を外されたとわかれば、二人に何か仕掛けてくるかもしれない。そこまで愚かじゃないと言いたいけれど、そうは言い切れないから。」
夫人はそう言って、カリナとトラヴィスが一緒にいても不自然ではない状況を作り上げた。
アランはアナスタシアに溺れながらも、婚姻はカリナとする気だったようで、彼女から振られなければ、仕事は妻に押し付け、自分は恩恵だけ受けて彼女を囲おう、としていた。
カリナはそんな生活は御免だ。
「政略結婚でも、愛し合いたいの。浮気は絶対に嫌。それ以外なら大抵許してあげられる。」
「私は、器用な人間ではありません。妻がいながら別に愛人を作ることはできません。だけどもしそんなことになれば、さっさと切って下さい。」カリナは何故か彼ならそう言ってくれると思っていた。
トラヴィスは覚えていないかもしれないが、カリナは一度彼に会ったことがある。
彼は偶々居合わせたカップルの喧嘩の仲裁をして、感謝されていた。その時の印象がとても誠実で、こんな人が恋人なら良いのに、と思ったものだ。
彼が公爵家の遠縁であったことや、夫人のお眼鏡に叶ったことはカリナにとって幸運なことだった。
他所行きの顔から脱した彼は、少し口調が粗雑だが、頼りになり、何よりちゃんとカリナを女の子扱いしてくれた。
歳が五つ離れているからか、いつでも甘やかしてくれる彼はしっかりしていたいカリナからは天敵だが、アランには決してしなかった、甘える、という行動も年のせいで誤魔化すことができた。
アランは初対面でまるで上司のような言葉を掛けてきた。年頃の娘のように、何か甘い言葉でも掛けてもらえるのかと期待したカリナは彼の態度に勝手に失望し、同時に彼が自分に何を求めているかを理解した。
「承知いたしました。不束者ですが、宜しくお願いします。」
アランはカリナに仕事についての説明をした後は、婚約者としてではなく終始上司と部下のような姿勢を崩さなかった。
公爵家の使用人は只管申し訳なさそうにしていたが、主人にどうこう言える立場にもなく、カリナもアランはこういう人間なのだと思う他なかった。
婚約者として特別何かを話すわけでもない二人。もしかしたらカリナの方からたくさん交流を深めようとしていたら何かが変わったのかもしれないが、カリナはアランとの距離を縮めようとはしなかった。
大規模な災害により、復興を余儀なくされた公爵領を立て直すために尽力することはカリナにとっても理解でき、視野は狭くとも真面目で一生懸命な性格だと思えたからだ。
だけど、彼がアナスタシアと会ってからは全てが変わってしまった。恋に溺れて、ただでさえ狭い視野が、愛する女性一人しか映さなくなり、自分の地位や責務を蔑ろにし始めた婚約者。
その間、領を守っていたのは、カリナとトラヴィスだった。
「私にどれだけの荷物が背負えるかはわかりませんが、貴女が背負っている半分ぐらいは私に持たせてもらえませんか?」
あの頃のトラヴィスはまだ敬語で、礼儀正しい青年だった。公爵家の遠縁の伯爵家の三男だが、アランとは違い公爵様に良く似た容姿に穏やかなブラウンの瞳は、カリナに今まで感じたことのない感情を齎した。
「何笑ってるんだ?気持ち悪いぞ。」
カリナは失礼なことを言う男を見て、ため息を飲み込んだ。
「前のことを考えていただけよ。貴方がまだ私に敬語で話していた時のこと!」
「あの、緊張でガチガチだった頃のこと?懐かしいな。」
あの頃にあった壁はもう存在しない。本来の持ち主の手から滑り落ちた公爵家の後継者の資格は公爵家からトラヴィスとカリナに渡されている。
この日が来るまでトラヴィスは侯爵家の使用人としてカリナを支えてくれていた。
「アランは後継を外されたとわかれば、二人に何か仕掛けてくるかもしれない。そこまで愚かじゃないと言いたいけれど、そうは言い切れないから。」
夫人はそう言って、カリナとトラヴィスが一緒にいても不自然ではない状況を作り上げた。
アランはアナスタシアに溺れながらも、婚姻はカリナとする気だったようで、彼女から振られなければ、仕事は妻に押し付け、自分は恩恵だけ受けて彼女を囲おう、としていた。
カリナはそんな生活は御免だ。
「政略結婚でも、愛し合いたいの。浮気は絶対に嫌。それ以外なら大抵許してあげられる。」
「私は、器用な人間ではありません。妻がいながら別に愛人を作ることはできません。だけどもしそんなことになれば、さっさと切って下さい。」カリナは何故か彼ならそう言ってくれると思っていた。
トラヴィスは覚えていないかもしれないが、カリナは一度彼に会ったことがある。
彼は偶々居合わせたカップルの喧嘩の仲裁をして、感謝されていた。その時の印象がとても誠実で、こんな人が恋人なら良いのに、と思ったものだ。
彼が公爵家の遠縁であったことや、夫人のお眼鏡に叶ったことはカリナにとって幸運なことだった。
他所行きの顔から脱した彼は、少し口調が粗雑だが、頼りになり、何よりちゃんとカリナを女の子扱いしてくれた。
歳が五つ離れているからか、いつでも甘やかしてくれる彼はしっかりしていたいカリナからは天敵だが、アランには決してしなかった、甘える、という行動も年のせいで誤魔化すことができた。
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