そう言うと思ってた

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男爵令嬢は夢をみる

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アナスタシアは幸せだった。第三王子に会えなくても彼の愛する者として大切に傅かれる日々。第三王子は何も言わなくても彼女の望みが何かわかっているようで好きなだけ贅沢をさせてくれる。

これまでなら、男性を虜にしても周りには蔑んだ目を向けられたり、敵視されるのが当然だったが、よく教育されている王宮の使用人達は、彼女をただの男爵令嬢として、ではなく第三王子の大切な人として扱ってくれる。


唯一、例外だったのはルシアという若い侍女だった。彼女は話によると没落した貴族の娘で、ある国から亡命して来たらしい。

アナスタシアはその国から男爵家によく連絡があったことを思い出したものの、特に彼女に話しかけることはなかった。一体何を考えているのかわからなかったからだ。

彼女はとても一生懸命にアナスタシアに仕えようとしてくれたが、不器用なせいか失敗ばかりだった。

アナスタシアは歳の近い彼女を警戒しつつ、彼女の失敗を笑うことで毎日を楽しく過ごしていた。

ここで過ごすようになって、男爵からの手紙は届かなくなった。ヴィクトールは、そのことについて、私ではなく、自分と話しているから、大丈夫だと、煩わしいことから離してくれる、と言ってくれた。

「男爵は君に私と接点を持つように、言っていたんだね。」

「ええ、とても素敵な方だから、気に入って貰えたら栄誉なことだと。ただ私は一介の男爵令嬢でしかありませんから。分不相応だと、わかっています。ですが。どうしても、気持ちを抑えられなくて。」

アナスタシアが上目遣いで、身分を気にして引くつもりがある、と示すといつもなら男性は健気だと勝手に錯覚してくれる。ヴィクトールは、少しいつもとは反応が異なったものの、概ね受け止めてくれた。

「あの……妃教育はいつから始まるのです?」

第三王子の正妃なら、妃教育は嫌でも受けなければならない。アナスタシアは勉強は苦手だが、一向に始まらない妃教育に、教育を始めない、と言う嫌がらせを受けているのかもしれない、と思っていた。だから、現状を訴える為に殊勝な姿を見せたのだが。

「妃教育?誰が?……もしかして、君が?いや、君はそんなことしなくていいんだよ。君は私の唯一の妃だが、難しいことをする必要はないんだ。私には兄が二人いるし、彼らの妃達が難しいことは全て引き受けてくれる。君は私の目の届くところで好きに生きてくれれば良いんだ。そうだな。君は綺麗に着飾ることが仕事だよ。民達に、君の美しさを見せつける、それだけで君は役目を果たしていることになる。」

ヴィクトールの目を見ていると、アナスタシアはまるで幼子のように言い聞かせられているような錯覚に陥った。

「失礼だが、男爵家では君の美しさを完璧に整える力はなかっただろう?

でも私なら、美しい君をより美しく輝かせることが出来るよ。侍女長に話を通しておくからね。好きに過ごして良いんだよ。」

アナスタシアの頭では、全てを理解することは出来なかったが、ヴィクトールは宣言通り何でも買っていい、と言っていたので遠慮なくたくさんの装飾品や宝石、ドレスを購入した。

お金を使えば使うほど、アナスタシアは美しくなったし、ヴィクトールも変わらず彼女を愛してくれていた。

ヴィクトールが訪ねてくる日、アナスタシアはルシアの様子がいつもと違うことに気がついた。

彼は自分を愛しているのに、ルシアは身分不相応にもヴィクトールを気にしている。そのことはアナスタシアを笑いの渦に巻き込んだ。彼女はルシアにヴィクトールに愛されている姿を見せつけることで、彼女の心を折ることに力を注いだ。

ヴィクトールの背中越しに見るルシアは可哀想で惨めな女そのものだった。

アナスタシアは今まで奪ってきたどの男よりも、プライドを満足させられる相手を手に入れることが出来て、喜んだ。

そんな日々を過ごしていたある日、ヴィクトールの上着から嗅ぎ慣れない香水の残り香がした。

新しい女かと拗ねて見せると、ヴィクトールは意外そうに、だけど凄く嬉しそうな笑顔で言った。

「こう言うことにすぐに気づくなんて、すごいね。実は仕事がね、めちゃくちゃ上手くいって、もうすぐ終わりそうなんだ。ありがたいことに、君は思っていた以上に優秀で、たくさんヘイトを買ってくれたから、幕引きは君の処刑だけでどうにかなりそうなんだよね。本当にありがとう。君の後任は、『君に辛く当たられても健気に頑張ったルシア』になると思うから、安心してくれて良いよ?」
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