そう言うと思ってた

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元伯爵令息は負けを確信する

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アランが来ないと聞いて、正直カリナは少しだけホッとした。いつかは説明しなくてはならないが、きっと彼はそれを理解しないに違いない。

彼は自分が愛する人ができてから変わったと思っているが、元々の性格のせいもあると思う。

アランを幼い頃から見て来た公爵家の使用人達は常々アランに意見を聞く前にカリナに話を振り、その上でカリナからの補足付きでアランにお伺いを立てる、なんてこともあった。

カリナとトラヴィスの二人は彼らからしたら公爵家の嫡男を追い出そうとする立場なのに、彼らはアランよりカリナやトラヴィスを慕うような素振りを見せている。

「こんなことを言うと、不敬になりますが、アラン様にお伝えしたところで、その先が進みませんから。」

アランはよく人には「言いたいことを言ってくれ。」と言う。自分一人じゃ見えていないこともあるから、話を聞きたい、と。それなのに、言ってくれたことに対して、聞いただけ、みたいなことをする。アランはその言われたことを解決するのが自分であるとの覚悟がないままに、話を聞くだけ聞いてそれで満足してしまう。

「多分フリが上手いんだ。皆のことを大切にしているフリ。有能なフリ。なんかがね。」

トラヴィスだって、周りによく見られたいから、ちょっとばかり見栄を張ることもある。だけど、そうしたところですぐに化けの皮は剥がれてしまう。そしてそれは自分こそが一番よくわかっている。

できないことが悔しいからそうはならないように勉強したり鍛錬したりするのだけど。トラヴィスが知る限りアランがそうしたことはない。

トラヴィスはアランに関して、カリナよりもよくわかっているつもりだ。それは男性だから、と言うよりもカリナの側にいると決めた時から少し間違えば、自分が彼のようになっていたような気がするから。カリナに比べると、トラヴィスもアランも同じようなものだ。

違うのはトラヴィスにはまだ挽回のチャンスがあることぐらい。

カリナの素晴らしさに、自らの矮小さを知った彼は、怖気付いて別の女性を運命とした。彼がその決断をしなかったら自分はカリナと過ごせていないから、自分は彼に感謝しなくてはならない。 

自分は悉く幸運だったな、とトラヴィスはカリナを前にして思う。公爵が慌ただしく出て行って、夫人も部屋を出て行き、カリナと共に残されて、カリナは何とも思っていないようだが、トラヴィスは顔には出さないが心臓がバクバクするのを堪えるのに必死だった。

前にも同じ状況があったが、あの時は使用人として意識があったから大丈夫だった。

「正式に婚約者、となれば、こう言うこともしていいんだよな?」

カリナの髪を一房手に取り、思わず口をつけると、カリナは赤い顔一つせずに笑い出す。

「そう言う行為はもう少しスマートにして頂戴。顔が真っ赤よ?」

慣れなさすぎて顔を真っ赤にしたトラヴィスをあしらうのは流石だが、何かモヤモヤしてしまう。

「ああ、クソ。また負けた。」

「勝ち負けじゃないけど……今のところ私の勝ちね。」

「ああ、どうすればお前に一泡吹かせられるんだ?」

「……色々試してみれば良いんじゃない?」

悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべたカリナはいつもの完璧な淑女とは正反対に可愛い。こんな状態で果たして自分はカリナに一度くらいは勝てる日がくるのだろうか?

「好きになった方が負け、ならお前に勝てる気はしないな。」
トラヴィスは潔く勝ちを諦めた。
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