そう言うと思ってた

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公爵令息は失望する

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ヴィクトールとルシアが離れて行ったのを見計らって入って来た人物に、アナスタシアは絶句した。同時に涙が溢れて来て、それを見た彼の同情を誘うことに成功した。

「来てくれたのね、アラン。貴方を愛しているの。ここから出して連れて行って。」

顔色が悪いアランに抱きつくと、いつもなら抱きしめ返してくれるのが、今日はそうではない。それでも、アランは持っていた荷物を渡して、それに着替えるように、と言った。

アナスタシアは質素な衣服を着た。

「ここを出ると殺されるぞ。」
ヴィクトールはそんなことを言っていたけれど、アランは「なら、君が誰かわからないように着替えれば良いんだよ。」と、平民が着るような服を与えてくれた。

平民の格好をして出ていくのは恐ろしい。護衛なんて勿論つけられないし、本当に文字通り信じられるのはアランだけ。

一度は捨てた男に助けられるなんて、とプライドはズタズタだったが、彼の機嫌を損ねてはいけないと、思い直した。

彼は国を出ると言い、アナスタシアを逃すまで一緒にいる、と言った。

「私を一人にして、あの女のところに戻るのね?」

今になってはアランに興味はないが、彼を失えば本当に一人になってしまう。死に物狂いで彼を引き止められれば、起死回生を狙えるかもしれない。

アナスタシアは頑張って自分の魅力を最大限にアピールしたが、アランは全く動じない。

「君が私を愛していなくても、私は君が好きだったんだ。だけど、これ以上婚約者や家に迷惑をかけられないから、こうするしかないんだ。」

「何を言ってるの。私は貴方だけを愛しているのよ。分かるでしょう?」

アランのくせに、こちらの手を煩わせるなんて。頭に血の上ったアナスタシアは何とかアランを籠絡しようとあの手この手で仕掛けるが、アランは終始辛気臭い顔のままだった。

「アラン、もうすぐお父様が迎えに来てくれるわ。私のお母様は同盟国の王女何ですって。病で亡くなった後、その祖国の人がね、忘れ形見の私を迎えに来るのですって。」

「何のために?」
「え?」
「何の為に、一度は捨てた王女の子を迎えに来るんだ?王女を害した男を利用して恨みを晴らすなら、その間に生まれた君は彼らにとって一番憎き存在じゃないか。なのに、何故?」

先程まで悲壮感を演出していた彼女は一瞬真顔になって、それもそうだ、と思ったらしかった。

「でも、男爵……お父様は確かにそう言っていたもの。本当に王女の娘なら私には価値がある、って。」

「本当に?君には母親の記憶はあるんだね。」

アナスタシアはそう言われて考えた。記憶の中にいる母は、とてもじゃないが、元王女には見えなかった。自分ぐらいの子がいる、とは思えない少し年取った老婆のような母。それがアナスタシアに残る母の記憶だ。

「でも、何かしらあるはずよ。王女様に似た特徴とかいうものが。それが何かはわからないけれど。」

「君が着替えるまでは、私もそう思っていた。だけど……ごめんね。淑女の肌を見るなんて。マナー違反はわかってるんだけど、私も命がかかっているから。

君がもし本当に王女の子であったなら、背中の一部に痣みたいなものが浮かび上がるみたいなんだ。今それを見ようとしたけど、見えなかった。

だから、君が王女の子である信ぴょう性が残念だけど、現状あまりないみたいなんだ。」

同盟国では王家に纏わる血筋に、ある形の痣が浮かび上がるという。それはどれだけ血が薄まっても出てくることから、隠された王族を探す基準として度々証拠としての役割を担っている。

アナスタシアの背中にはその痣が確認できなかった。
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