私は聖女なんかじゃありません

mios

文字の大きさ
34 / 53
懺悔編

ある紳士

しおりを挟む
目の前に、信じがたい光景が繰り広げられている。船からどんどん人が落とされていくのだ。目の前には華奢な少年がいて、色々なところから飛び出てくるならず者を美しい所作で、海に落としていく。

これは何かの見せ物なのか?

大道芸にしては、落ちた人間の慌てようがリアルだ。それ以上考えようとすると、頭の中で、警笛が鳴る。これは、ショーだと思いたい。これ以上船が遅れるのは勘弁してほしい。

いまだ、先程の魔族襲来のショックが消えていない中、こんな事件が起きては、呪われてる、と思わなくもない。

あー、嫌だ嫌だ。
私はたまたま通りかかっただけだ。

私は騎士でもなければ、貴族でもない。ただのしがない平民だ。とりあえず今は、今だけは、巻き込まれたくない。

誰かも、私と同意見なのか、混乱の中、口笛を吹いたり、手拍子で応援したりしている。

少年は、観客に向かって恭しくお辞儀をすると、また空から襲いかかる敵をなぎ倒し、海へ何人かずつ、落としていく。

軽く悲鳴をあげたご令嬢に、「彼らは特別な訓練をうけていますので、ご心配なきよう。」と声をかけている。

その言葉を信じるものは何人ぐらいいるのか。少なくとも私は信じられない。背中がゾーッとした。

今海に落とされたものは、決してあがってくることはない。さっき落ちた人だって、もうしばらく経っているのに、上がってこない。多分、もう……。

考えるのをやめたい。でも考えてしまう。あんなに小さな少年があれだけの仕事をするのに、肝心の大人が海に落ちて上がってこれない、とは。

幸いなことに、認識はされていないみたいだ。今のうちに、王弟殿下に御目通り願いたいのだけれど、どうかなあ。

王弟殿下は覚えていてくれるだろうか。覚えていなくても、これからすることに変わりはない。あくまでも、味方として、ここにいるのだから。

とはいえ、あの少年とは仲良くなれないと思うな。失礼なことを考えているのが、わかったのか、少年は振り向いてニッコリ笑った。

後ろを見たが誰もいない。どうやら、見つかってしまったらしい。

ああ、今はばれたくなかったのに。

王弟殿下に会うのだから、身嗜みを整える。服装には問題ない筈だ。あとは手土産だが、これも問題ない。

恩をただ、返すのがこんなに難しいとは思わなかった。

「こちらへ、どうぞ。」

少年に通された部屋には、王弟殿下の他に、変わったお客様がいて、我がもの顔で王弟殿下に寄り添っていた。

面白い。私に喧嘩を売っているのだな。
不機嫌さを隠しきれない私に王弟殿下は甘く囁く。

「会いたかった。」
「私もです!」

せっかく誂えた服なのに、全てが無駄になってしまった。私は今真っ白な犬になって、王弟殿下の膝に乗っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?

恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。 しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。 追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。 フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。 ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。 記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。 一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた── ※小説家になろうにも投稿しています いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!

リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します

青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。 キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。 結界が消えた王国はいかに?

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

処理中です...