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修道女 ルーナ
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修道院で働いている者の朝は早い。同じ修道女の中には貴族出身の者はいるが、元々は敬虔な信者であり、貴族社会にいられなくなったはみ出し者ではない。
ルーナだって元は子爵家に暮らしていたが、幼い頃より修道女になりたくて、僅か十歳の誕生日に教会に来た。
今の生家にルーナの帰る場所はない。ルーナが家を出た時期に母が病に倒れ、帰らぬ人となり、すぐに後妻を娶った父とは折り合いが悪かった。
そんな生家だから、自分が逃げた末の出家だと勘繰られるのは些か癪に思うものの、人の事情にわざわざ首を突っ込んでくる関係者はいないことにホッとしていた。
ルーナのいる修道院には、教会と孤児院が併設していて、この辺りでは一番の広さを誇る。
修道院には少し前までは男性がいなかった。ところがある事件によって、防犯の為、一時的に護衛として何人か、常駐させるようになった。
神の家とされる神聖な場所で不埒な行為をする者はいない。幸いにもルーナが所属する修道院には若い修道女は少なく、危険はないように思えた。
「ルーナ様、お聞きになりました?新しい修道女が入るのですが、どうやら貴族のご令嬢らしいのです。何やら一方的に婚約破棄された可哀想なご令嬢らしいです。」
「まあ、お気の毒にね。」
本当に気の毒に思うルーナとは違い、話を持って来た修道女は、ミルアと言ってそういう噂話が大好きな様子。
第三者が離れたのを見計らって、少し砕けた口調にすると、ミルアもそれに合わせる。
「ミルア、ご本人が来られたらそんな顔をしてはダメよ。」
「わかってるわよ。熱りが覚めればすぐにお貴族様に戻る人にそんな失礼は働かないわ。でも相談に乗るぐらいなら私達にもできるかも知れないじゃない?年齢だって大して変わらないみたいだし。楽しくなるわよ。」
ミルアは悪い子ではないのだけれど、好奇心が旺盛すぎて、時折やらかしてしまうことがある。
「私達平民が、貴族相手にやらかしたら最悪首が飛ぶのよ。私にフォローできないようなやらかしは絶対にしないでね。」
彼女の言うように、この修道院にはルーナと歳の近い修道女は今はミルアしかいない。
「わかってるわよ。私だってそこまで馬鹿じゃないわ。アメリに続いて私まで、やらかしたりはしないわ。」
「ちょっと……シー。」
ミルアの口に急いで蓋をする。ルーナの慌てように漸く気がついたミルアと一緒に周りを見渡すと、二人に気がついた者はいないようだった。
「もう、本当に気をつけてよ。彼女の話題は禁止されているのよ。私達まで共犯だと思われたらどうするのよ。」
「それはないんじゃない?私達、彼女に嫌われていたし。仲良くしたことなんてないじゃない。特にルーナと彼女は、犬猿の仲だったでしょ?」
「けれど、そのことを知っているのは、貴女だけだもの。いつだったか、ある司祭に言われたわ。今時の若い人は、って。若い人と、一括りにされてしまうと、何も言えなくなるわ。」
「それはそう。今時のお年寄りは、って言い返せないところが嫌よね。若い人イビリって楽しいんだろうな。いつまで経ってもなくならないじゃない。
それも神の試練ってこと?昔は誰でも若い人だったはずなのに。いつ、その気持ちをお忘れになったのかな。」
聞きようによれば、不遜だと受け取られかねない話し方も、若い人がすること、と受け取って貰えれば良い。
どのみち、相容れないのだから、あまり気にしすぎるのも最近はしんどくなってきていた。
「まあ、でもルーナは司祭様には好かれてるわよね。私なんか話しかけて貰ったことすらないわ。」
そういうミルアに話しかけるのは、確かに年配の男性より、若い人が多いように感じる。反対にルーナに声をかけるのは、少しお年を召した人。どちらが良いとは言えないが、何かモヤモヤした感情を覚える。
「あんな娼婦が、修道女ですか?」
アメリがいなくなる前、修道院に乗り込んできたのは、教会の掃除を請け負っているアンナさんという女性の姪という方。
アメリは、ルーナとほぼ同時期に修道院に入った女性で最近問題を起こして辞めていった。彼女は儚げに見える美人の修道女で、ルーナとは仲が悪かった。
彼女はある男性を修道院に連れ込み、シスターになりたての見習を何人か攫おうとした。
アメリは指名手配されたが、まだ捕まってはいないという。攫われるかも知れなかった女性達は、教会の上層部で保護されることになった。
ルーナよりも幼い子供もいたようで、彼女達がどんな目にあっていたかを想像するだけでも背筋が寒くなってくる。
アメリのことを娼婦、と罵った女性の夫は、アメリに骨抜きにされ、未だに家に帰ってこないとのこと。襲撃にはその夫も関与していることがわかっている。
結局、彼女からの苦情は相殺され、大事にはならなかった。
内部のこととしてなかったことにされたと聞いた。
ルーナはそのことにあまり納得はしていなかった。アメリが何をしたかったのかはわからないが、罪は償うべきだし、彼女に対して不満もあった。ルーナとしては、彼女にもう一度会えたら聞きたいことがあった。
そもそも、何故あそこまで自分は彼女に嫌われていたのだろう。
それこそ、ルーナは親の仇かのようにひどく憎まれていた。
その理由をちゃんと教えて欲しかった。
ルーナだって元は子爵家に暮らしていたが、幼い頃より修道女になりたくて、僅か十歳の誕生日に教会に来た。
今の生家にルーナの帰る場所はない。ルーナが家を出た時期に母が病に倒れ、帰らぬ人となり、すぐに後妻を娶った父とは折り合いが悪かった。
そんな生家だから、自分が逃げた末の出家だと勘繰られるのは些か癪に思うものの、人の事情にわざわざ首を突っ込んでくる関係者はいないことにホッとしていた。
ルーナのいる修道院には、教会と孤児院が併設していて、この辺りでは一番の広さを誇る。
修道院には少し前までは男性がいなかった。ところがある事件によって、防犯の為、一時的に護衛として何人か、常駐させるようになった。
神の家とされる神聖な場所で不埒な行為をする者はいない。幸いにもルーナが所属する修道院には若い修道女は少なく、危険はないように思えた。
「ルーナ様、お聞きになりました?新しい修道女が入るのですが、どうやら貴族のご令嬢らしいのです。何やら一方的に婚約破棄された可哀想なご令嬢らしいです。」
「まあ、お気の毒にね。」
本当に気の毒に思うルーナとは違い、話を持って来た修道女は、ミルアと言ってそういう噂話が大好きな様子。
第三者が離れたのを見計らって、少し砕けた口調にすると、ミルアもそれに合わせる。
「ミルア、ご本人が来られたらそんな顔をしてはダメよ。」
「わかってるわよ。熱りが覚めればすぐにお貴族様に戻る人にそんな失礼は働かないわ。でも相談に乗るぐらいなら私達にもできるかも知れないじゃない?年齢だって大して変わらないみたいだし。楽しくなるわよ。」
ミルアは悪い子ではないのだけれど、好奇心が旺盛すぎて、時折やらかしてしまうことがある。
「私達平民が、貴族相手にやらかしたら最悪首が飛ぶのよ。私にフォローできないようなやらかしは絶対にしないでね。」
彼女の言うように、この修道院にはルーナと歳の近い修道女は今はミルアしかいない。
「わかってるわよ。私だってそこまで馬鹿じゃないわ。アメリに続いて私まで、やらかしたりはしないわ。」
「ちょっと……シー。」
ミルアの口に急いで蓋をする。ルーナの慌てように漸く気がついたミルアと一緒に周りを見渡すと、二人に気がついた者はいないようだった。
「もう、本当に気をつけてよ。彼女の話題は禁止されているのよ。私達まで共犯だと思われたらどうするのよ。」
「それはないんじゃない?私達、彼女に嫌われていたし。仲良くしたことなんてないじゃない。特にルーナと彼女は、犬猿の仲だったでしょ?」
「けれど、そのことを知っているのは、貴女だけだもの。いつだったか、ある司祭に言われたわ。今時の若い人は、って。若い人と、一括りにされてしまうと、何も言えなくなるわ。」
「それはそう。今時のお年寄りは、って言い返せないところが嫌よね。若い人イビリって楽しいんだろうな。いつまで経ってもなくならないじゃない。
それも神の試練ってこと?昔は誰でも若い人だったはずなのに。いつ、その気持ちをお忘れになったのかな。」
聞きようによれば、不遜だと受け取られかねない話し方も、若い人がすること、と受け取って貰えれば良い。
どのみち、相容れないのだから、あまり気にしすぎるのも最近はしんどくなってきていた。
「まあ、でもルーナは司祭様には好かれてるわよね。私なんか話しかけて貰ったことすらないわ。」
そういうミルアに話しかけるのは、確かに年配の男性より、若い人が多いように感じる。反対にルーナに声をかけるのは、少しお年を召した人。どちらが良いとは言えないが、何かモヤモヤした感情を覚える。
「あんな娼婦が、修道女ですか?」
アメリがいなくなる前、修道院に乗り込んできたのは、教会の掃除を請け負っているアンナさんという女性の姪という方。
アメリは、ルーナとほぼ同時期に修道院に入った女性で最近問題を起こして辞めていった。彼女は儚げに見える美人の修道女で、ルーナとは仲が悪かった。
彼女はある男性を修道院に連れ込み、シスターになりたての見習を何人か攫おうとした。
アメリは指名手配されたが、まだ捕まってはいないという。攫われるかも知れなかった女性達は、教会の上層部で保護されることになった。
ルーナよりも幼い子供もいたようで、彼女達がどんな目にあっていたかを想像するだけでも背筋が寒くなってくる。
アメリのことを娼婦、と罵った女性の夫は、アメリに骨抜きにされ、未だに家に帰ってこないとのこと。襲撃にはその夫も関与していることがわかっている。
結局、彼女からの苦情は相殺され、大事にはならなかった。
内部のこととしてなかったことにされたと聞いた。
ルーナはそのことにあまり納得はしていなかった。アメリが何をしたかったのかはわからないが、罪は償うべきだし、彼女に対して不満もあった。ルーナとしては、彼女にもう一度会えたら聞きたいことがあった。
そもそも、何故あそこまで自分は彼女に嫌われていたのだろう。
それこそ、ルーナは親の仇かのようにひどく憎まれていた。
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