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鐘の音①
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リリアが睡魔に負けて眠ってしまった翌日、教えてもらった教会に足を運んだのは昼近くになってからだった。
宿泊先とは目と鼻の先だというのに。
「すっかりよく寝てしまったわ。」
旅行とは言え些か開放されすぎている感は否めない。
ライモンドといえば、涼しい顔でソファの上で新聞などを読んでいて、いつから起きていたのか明らかに寝過ごしたリリアは申し訳なさでいっぱいになった。
「私の今回の目的はリリアをこれでもかと言うほど甘やかせることだから、何の問題もないよ。寧ろ添い寝して寝付かせてあげたいくらいだ。」
リリアは揶揄われているとはわかりながらも恥ずかしさでいっぱいになる。
「もう、子ども扱いはやめてったら。」
「子ども扱いはしていないよ。していないからこその発言なんだが……」
ぶつぶつと呟いているライモンドを横に、遅れを取り戻すために、リリアは早回ししたかのように準備にかかる。
「ゆっくりで構わないよ、ハニー。」
ほんの少しだけ、ライモンドの言葉に緊張が混じったが、一見しては気づかれない。リリアさえ、気の所為かと思いたかったぐらい。
「ねえ?昨日の晩、鐘の音が聞こえた気がしたのだけれど。」
「鐘の音?ああ、教会の?何時頃?」
「眠かったから覚えていないの。夜か明け方に小さく聞こえた気がして、思い違いかしらね。」
ライモンドは読んでいた新聞を元に戻して、紅茶を一口飲むと、部屋係を呼んだ。
部屋係として来たのは少し年配の痩せた女性だった。人懐こそうな笑顔に少しだけ怯えの色が見える。
「何かございましたでしょうか?」
叱責を恐れていての態度なら、少し怯えが強すぎる。
「いや、あちらの教会は、結婚式などは催されているのだろうか?」
こちらの問いは想定外だったと見え、気の抜けたような顔をしている。彼女は、混乱が落ち着いてからは朗らかに話をしてくれる。
「いえ、今は。花嫁がいないので、されていないようです。昔は若い人達がいくらかいましたので、まだ華やかだったのですが。」
「花嫁が?花婿はいると言うことかい?」
部屋係は嘘が上手くないらしい。
「いえ、言葉のあやでございます。結婚式の中心は花嫁ですので。」
「まあ、いい。それであの鐘の音は結婚式以外で聞けるのかな。」
「あの鐘の音ですか?……心当たりがありません。私自身、聞いた事がありませんので。鳴らないとされていると思います。」
鐘の音に関しては嘘はないようだ。ライモンドは、部屋係に下がるように言い、こめかみに手を当てた。
「花嫁はいない。と言うことは、花婿はいるのだな。若い男女はいなくとも。花嫁だけがいない。」
リリアの準備が整い、ライモンドの前に来たと言うのに、肝心の彼の顔色が悪い。
「行くのやめる?」
リリアの腰に張り付いた彼の髪を撫でる。うう、と小さく呻いて、ライモンドが目を上げた。
「考えたくはないが、嫌な状況だ。それでも行く必要はあると言える。リリアを連れて行きたくはないが、守るには一緒に動く必要がある。悪いが、私に命を預けてくれる?」
「勿論、守ってくれるのよね?」
「ああ、命に変えてもね。」
ライモンドには鐘の音は聞こえていなかったらしい。そんなことある?
あんなに大きな鐘の音よ?まるで、頭の中に鳴り響くような大きな音なのに。リリアは、ライモンドの思考をよそに、その意味について考えていた。
「何か注意事項はある?」
「鐘の音が聞こえたことを言わないでほしい。いや、既にバレている気はする。いや、でも…」
歯切れの悪いライモンドなんて珍しい。
「言ったら、私の身が危ないのね?」
リリアの言葉にただ頷くだけのライモンドを可愛いと思う。
「詳しくはわからないが、奴らにとって、リリアは花嫁にあたる人なんだと思う。何らかの特徴が彼らの基準に一致したのだろう。花嫁はほしいが、花婿はいるのなら、私は邪魔者だ。邪魔者を排除するのが、難しいなら、必要なものだけ、攫えば良いと思わないか。
どちらにせよ、奴らは私達を狙ってくる筈だ。」
「できれば、今いる花婿の正体を知りたいわね。」
「同感だ。」
じゃ、今の若い人がいない状況は、花嫁を奪ったことによる結果なのだろうか。
「でも、花嫁って、言葉通りでいいのかな。」
適齢期の女性を攫い、用意していた花婿に渡す。人身売買だから、良くないには違いないけれど、本当にそれだけ?
花嫁という言葉が何かの意味が他にあるのなら、今動くのは悪手じゃない?
「スカーレットは、花嫁だったのかしら。」
すっかり忘れていた彼女の存在を思い出して口にしたのだが、ライモンドは本格的に難しい顔をしてそれきり口をつぐんでしまった。
そういえば、彼女の話には鐘の音の話はなかった。
宿泊先とは目と鼻の先だというのに。
「すっかりよく寝てしまったわ。」
旅行とは言え些か開放されすぎている感は否めない。
ライモンドといえば、涼しい顔でソファの上で新聞などを読んでいて、いつから起きていたのか明らかに寝過ごしたリリアは申し訳なさでいっぱいになった。
「私の今回の目的はリリアをこれでもかと言うほど甘やかせることだから、何の問題もないよ。寧ろ添い寝して寝付かせてあげたいくらいだ。」
リリアは揶揄われているとはわかりながらも恥ずかしさでいっぱいになる。
「もう、子ども扱いはやめてったら。」
「子ども扱いはしていないよ。していないからこその発言なんだが……」
ぶつぶつと呟いているライモンドを横に、遅れを取り戻すために、リリアは早回ししたかのように準備にかかる。
「ゆっくりで構わないよ、ハニー。」
ほんの少しだけ、ライモンドの言葉に緊張が混じったが、一見しては気づかれない。リリアさえ、気の所為かと思いたかったぐらい。
「ねえ?昨日の晩、鐘の音が聞こえた気がしたのだけれど。」
「鐘の音?ああ、教会の?何時頃?」
「眠かったから覚えていないの。夜か明け方に小さく聞こえた気がして、思い違いかしらね。」
ライモンドは読んでいた新聞を元に戻して、紅茶を一口飲むと、部屋係を呼んだ。
部屋係として来たのは少し年配の痩せた女性だった。人懐こそうな笑顔に少しだけ怯えの色が見える。
「何かございましたでしょうか?」
叱責を恐れていての態度なら、少し怯えが強すぎる。
「いや、あちらの教会は、結婚式などは催されているのだろうか?」
こちらの問いは想定外だったと見え、気の抜けたような顔をしている。彼女は、混乱が落ち着いてからは朗らかに話をしてくれる。
「いえ、今は。花嫁がいないので、されていないようです。昔は若い人達がいくらかいましたので、まだ華やかだったのですが。」
「花嫁が?花婿はいると言うことかい?」
部屋係は嘘が上手くないらしい。
「いえ、言葉のあやでございます。結婚式の中心は花嫁ですので。」
「まあ、いい。それであの鐘の音は結婚式以外で聞けるのかな。」
「あの鐘の音ですか?……心当たりがありません。私自身、聞いた事がありませんので。鳴らないとされていると思います。」
鐘の音に関しては嘘はないようだ。ライモンドは、部屋係に下がるように言い、こめかみに手を当てた。
「花嫁はいない。と言うことは、花婿はいるのだな。若い男女はいなくとも。花嫁だけがいない。」
リリアの準備が整い、ライモンドの前に来たと言うのに、肝心の彼の顔色が悪い。
「行くのやめる?」
リリアの腰に張り付いた彼の髪を撫でる。うう、と小さく呻いて、ライモンドが目を上げた。
「考えたくはないが、嫌な状況だ。それでも行く必要はあると言える。リリアを連れて行きたくはないが、守るには一緒に動く必要がある。悪いが、私に命を預けてくれる?」
「勿論、守ってくれるのよね?」
「ああ、命に変えてもね。」
ライモンドには鐘の音は聞こえていなかったらしい。そんなことある?
あんなに大きな鐘の音よ?まるで、頭の中に鳴り響くような大きな音なのに。リリアは、ライモンドの思考をよそに、その意味について考えていた。
「何か注意事項はある?」
「鐘の音が聞こえたことを言わないでほしい。いや、既にバレている気はする。いや、でも…」
歯切れの悪いライモンドなんて珍しい。
「言ったら、私の身が危ないのね?」
リリアの言葉にただ頷くだけのライモンドを可愛いと思う。
「詳しくはわからないが、奴らにとって、リリアは花嫁にあたる人なんだと思う。何らかの特徴が彼らの基準に一致したのだろう。花嫁はほしいが、花婿はいるのなら、私は邪魔者だ。邪魔者を排除するのが、難しいなら、必要なものだけ、攫えば良いと思わないか。
どちらにせよ、奴らは私達を狙ってくる筈だ。」
「できれば、今いる花婿の正体を知りたいわね。」
「同感だ。」
じゃ、今の若い人がいない状況は、花嫁を奪ったことによる結果なのだろうか。
「でも、花嫁って、言葉通りでいいのかな。」
適齢期の女性を攫い、用意していた花婿に渡す。人身売買だから、良くないには違いないけれど、本当にそれだけ?
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「スカーレットは、花嫁だったのかしら。」
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そういえば、彼女の話には鐘の音の話はなかった。
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