怖い人だと知っていました

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第一部 ダリアとリュード

悪役になれない女

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独り寝を覚悟していたダリアだったが、夜遅くにリュードはちゃんと戻って来た。特に眠くはなかった為に、起きてはいたのだが、彼は此方を気遣うように音を立てることなく、ベッドに入り込むと、いつものようにダリアを抱きしめて眠る。

最初の人生では、近くに寄っても顔を見る余裕すらなかったが、今回はこの美しい顔を隅々まで堪能することができている。

「起きてたのか。」
眠っていると思っていたら、起きていた。
「一人で寝るのは、初めてだから。慣れなくて。」

もうすでに眠そうにしているのに、話を聞いてくれようとしている彼は、冷酷と呼ばれている男には見えない。

「屋敷にいる間は遅くても戻っては来るから待っていても良い。勿論寝たかったら眠って良い。ベッドには一人でも、屋敷にはたくさんの人がいるから、安心して寝ろ。」

彼は語尾の呂律が怪しくなりながらも、ダリアの額にキスをすると、寝入ってしまった。彼の体温は温かく、鼓動の音に耳をすませば、段々眠たくなってくる。

いつのまにか寝入ってしまったダリアは、どうやら自分が寝過ごしてしまったことを翌日後悔することになる。

目覚めた時にはすでにリュードは屋敷に居らず、昨日の要件か王子殿下達の元へ向かったと言うことだった。

侍女達は、入ってくるなり少し驚いたものの、何でもない風を装って着替えを手伝ってくれる。

実家では存在を無視されることはあっても暴力などの虐待はなかった為に、身体中に現れた鬱血痕に驚いてしまった。

「虫に刺されたのかしら。その割に痒みはないわね。」

侍女のマイラは暫し顔を背けて小刻みに揺れた後、いつもの済ました顔でそれらを隠すものを用意してくれた。

「本日、もしかしたら呼ばれていないお客様が来られるかもしれませんので、少しは残してあとは隠しましょう。」

呼ばれていない客と言うのは、多分ブリジット嬢のことだと思うけれど、それと虫刺されがどう絡むのかわからなくて、首を傾げるダリアに何故か侍女達は微笑みを返してくる。

「旦那様も虫に刺されてるかもしれないわ。後で駆除をお願いできる?」

「はい、必ず申し上げておきます。」

マイラに頼んだからきっと大丈夫だとダリアは安堵した。

予想通り、ブリジット・ロンド侯爵令嬢は、先触れもなく屋敷を訪れ、公爵夫人のダリア・クルデリスに会いに来た。

彼女はリュードの元婚約者という立場で、現公爵夫人のダリアにマウントを取ろうというのだから、世間知らずという他ない。

彼女は最初の人生の時と同じく、部屋に入るなりまるで自分こそが女主人であるかのように振る舞おうとした。

だが、前回とは違い今回は二人の立場ははっきり異なる。

彼女がスパイとして潜り込ませたメイドは配置換えを行い、側には寄らせてないし、情報も全て与えることはしていない。

彼女は渋々客として座り、公爵夫人に挨拶をした。本来なら身分が上の者から話すべきなのだが、彼女は理解ができなかったようだ。自分が侯爵令嬢で、ダリアが元伯爵令嬢だったことから自分の立場が上だと誤認したらしい。

「あら、お年頃のお嬢さんだと思ったのだけれど、違うのね。ごきげんよう。本日はどのような用件で?」

「貴女、あのモスカント家の長女らしいわね。やっぱり礼儀がなっていないわ。私が挨拶したのだから、挨拶を返しなさいよ。私は貴女の先輩として、態々足を運んであげたのよ。」

弱い犬ほどよく吠える、とは言うけれど。本当によく吠える犬だわ。

「あら、挨拶のマナーは学ばれているのね。なら、茶会などのデビューはこれからですの?」

「え?」
魔物のような形相で此方を睨みつける彼女に、我ながら嫌味だと思う言葉を返す。

「いえね、知識はあっても行動が伴っていないなら、実践はまだなのでしょう。だから、茶会デビューはまだなのか、と聞いたのよ。だって未だに公爵夫人と、侯爵令嬢の身分差に気がついていないようだから。」

ダリアは夫のような冷たい視線を彼女にぶつけるも、やはり彼のような凄みは一朝一夕にできるものではないらしく、彼女にはいまいち通じてはいないようだった。

彼女はメイドから、ダリアが婚姻式まで行ったと聞いていなかったらしい。婚姻とはいえ、書類が違うだけなのだから、話を聞いていないメイドからしたら判断はつきにくかったのだろう。

彼女は睨みつけている態度はそのままに此方を注意深く観察して、何か新しい事実に突き当たったようだ。

「モスカントの出来損ないが……あの人がそんな貧相な身体で籠絡されるもんですか。」

「話は終わったようですわね。侯爵家には夫の名で抗議文を送りますわね。」

合図を送ると、公爵家の使用人達はブリジット嬢を丁重に屋敷の外まで案内した。

ご本人は「覚えてなさい。」と悪役めいたことを話していたけれど、ダリアはあんな人が一度目の人生では怖かったのだと自分自身に呆れていた。

あんなのはただの子供じゃないか。我儘で癇癪持ちのただの子供。

彼女は一度目の人生でどうなったか覚えていない。二度目の今回もこれ以上は関わりたくないとそう思った。






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