怖い人だと知っていました

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第一部 ダリアとリュード

公爵様の本業

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「長女の教育はちゃんとなされていたようで何よりです。」

社交界で噂の元のモスカント伯爵家。カーテシーすらもふらついて、年相応の知性も身についていないと有名な次女は、金に物を言わせたドレスを、身に纏い、悪い意味で注目を浴びた。

だからこそ、その家の長女があのようなご令嬢であったことは僥倖だと、使用人達は胸を撫で下ろしていた。

公爵が雇った調査員によると、ダリアには教育係は愚か侍女さえ、まともについていなかったと言うから、あそこまでのマナーは学園内で身につけたか、独学で学んだものであると推測された。

「皮肉なものだな。」

ちゃんと教育係をつけ、蝶よ花よと育てた娘には何も身につかず、放っておいた者には、ちゃんと知識や品が身についている。

「いや、諸悪の根源があの家族なら、離れていた方が良くなるんじゃないですか?」

学園でも、家でも遠巻きにされていた彼女は、その分誰の目も気にせずに学習に打ち込めたと言う。

「妹達の前で楽しそうにしていても奪われなかったのは勉強だけなのです。」

そう言って笑顔を見せるダリアに、苦労されたのね、と同情を抑えられない侍女達。

「妹達は、勉強が大嫌いでしたから。彼女達に割り振られた宿題を私がしていたことで、彼女達の学ぶ機会を、私は奪いました。知識をつけることは、私の鎧になりますので、弱い私には必要だったのです。」

公爵夫人の勉強も、スラスラとこなしていくダリアに、皆が尊敬の目を向けている。それは、リュードも同じ。

彼女は決して無理をせず、休むこともちゃんと行う。

「婚約式だけだったら、焦ったのでしょうが婚姻式まで行いましたので、今更焦っても仕方ありませんし。倒れてご迷惑をかけるのも、嫌ですので。」

ダリアが休憩中に、リュードも顔を出すようになると、リュード付きの侍従は喜んだ。なまじ体力がある分、リュードは休憩を挟まないことがあって、心配になると言う。

「公爵様に付き合っている我らもたまには休憩したいですよ。」

社交界で恐れられているリュードに対し、憎まれ口を叩けるのは信頼の証のようでダリアには羨ましく思う。

用意したクッキーを、一つ手に取って、リュードの口元に持っていけば、怪訝な顔をしながらも、口を開けて食べてくれる。

咀嚼音が聞こえるぐらいの沈黙の後、周りからの押し殺したような笑い声が部屋に響いた。


「あの冷酷公爵が妻に溺れていると言う噂は強ち嘘ではないのだな。」

気がつけば、さっきまではいなかった場所に男性が三人存在している。身なりや、記憶から、彼ら三人に挨拶をすると、満足そうに頷いたことから、一応初対面での印象は合格だったのだろう。

リュードは険しい顔のまま、部屋を出ていく。今から本業が始まるのかもしれない。何も言われていないダリアはどうすることもないが、今日の夜は一人寝かしら、と広い背中を見送った。







泣く子も黙る冷酷公爵、それがダリアの夫、リュード・クルデリスの二つ名。彼は単に顔が怖いからそう呼ばれている訳ではない。王家から託された本業からそう呼ばれている。彼は法で裁ききれない罪人や悪人、時には善人を始末する王家公認の仕事をしている。

先程の見慣れない三人は、第一王子ルシアン、第二王子の影、第四王子テオドールであり、記憶によると、この時期に亡くなったのは、第二王子の腹心の部下だった気がするので、その関係だろう。

三人の内、第四王子は、ダリアを観察しているように見えたがそれも一瞬でリュードの後を追っていく。

こちらに恐怖の表情が見えないことを勘繰っているのだろうか。ダリアはニッコリと笑顔を返すと、残りのお客様を客間に連れていく。

仮にも王子が現れたのだから、護衛の方やらに声をかけただけなのに、何故か驚かれてしまった。

人生が二回目だから、今更怖いやら恐ろしいと言った感情は湧かないが、そんなことを言って要注意人物に指定されても困る。

ダリアはただお客様に対応しているだけ、と切り替えて彼らの反応を受け入れた。




公爵家の地下には牢があり、そこには今のところ、ダリアは立ち入ることができない。一度目の時はある女性に入れ知恵されて勝手に立ち入った結果、恐怖で心を壊してしまった。

覚悟もない部外者が不用意に立ち入ればそうなることは分かり切っている。

一度目にダリアを唆した女性も、夫に恋焦がれたものの、恐怖に支配されて、婚姻までは辿り着かなかった。ただ彼女は家族に厭われて、ではなく、家族の制止を振り切った上での婚約だった為、解消後は家に帰ることができている。

彼女はブリジット・ロンド侯爵令嬢。恐怖に支配されながらも、彼を一途に思い続ける駄犬の一人。

躾のできていない犬には慣れている。彼女の高い高いプライドをへし折れば少しはおとなしくなるでしょう。
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