そして、何も起こらなかった

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飲まなかった第一王子

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第一王子はそれを飲まなかった。未知の毒が入った飲み物を誰が飲みたいと思うのか。化粧直しと席を外した婚約者は笑みを浮かべていた。あの淑女の仮面の下にどのような一面を隠しているのか、第一王子は未だにわかってはいない。

男爵令嬢を手元に置いていたのはほんの気まぐれ。学生の間にだけ許された戯れのつもりで、やはり婚約、結婚となると、公爵令嬢としか考えていなかった。

男爵令嬢はまるで幼子のようで、考えていることが全て顔に出る。何も知らない赤子のような顔で、ただ贅沢な思いをして、面倒なことはやりたくなくて、楽しいことだけしていたい。強欲で傲慢な性格。男性しか周りに置かず、責められれば権力に縋り、自分より強い立場の令嬢を窮地に追い込む。それでいて自分のことを慈悲深いと信じている。愚かな平民如きが、令嬢に勝てると思うのが堪らなく嬉しいのだろう。

厚かましく下品で、浅慮。良いところなど一つもない男爵令嬢を、第一王子は喜劇役者でも見るように、眺めていた。

男爵令嬢が調子に乗って、手をだしたのが第一王子の婚約者、リデル公爵令嬢。男爵令嬢の訴えたささやかな嫌がらせは公爵令嬢の手口だとは思えず、聞き流していたが、階段落ちで彼女が再起不能になってからは彼女がついに動き出したのかと焦ったのだが……。

彼女が標的にするのなら、自分はまだ生かされる筈。他に兄弟はいないし、半年後には立太子の儀が待っている。

考え事をしている第一王子の元に現れたのは公爵令嬢、ではなく、側近の一人、ローレン伯爵令息だった。

「何だか普段のお前ではない雰囲気ではないか。」
「ええ、もう卒業ですから、ね。大人にならなければ。」

髪を撫で付けるだけで、精悍な顔立ちが露わになって、随分と印象が変わる。学生の間は顔を隠していたために、その美貌に気づかれず、男爵令嬢からの魔の手も彼には及ばなかった。

「少し想定外が起きましたので、調整に参りました。」

ほのかに漂う甘い香りに、はて、どこかでこの匂いを嗅いだような、と考えてそこで意識を失った。

落ちていく意識の中、体を支えられて何処かに運ばれて行く感覚だけがある。

そこで漸く思い至るのは、男爵令嬢を害したのは、公爵家ではなかったということ。

ああ、そうか。確かに彼らなら、役に立たない王子ごと消してしまいそうだ。何なら公爵令嬢だって。

そういうことに躊躇いもない彼らなら。


だが、今更気づいても遅い。既に道筋は整っている。第一王子は公爵令嬢と結婚する。それは既定路線だ。

その中身が自分か、それとも見ず知らずの他人か。そんなことは些細な違いだ。自分がいなくとも、世界は回っていく。

第一王子はその後、ベッドの住人となった。

「半年後までこのままでお願いいたします。全て終われば、ちゃんと解放いたしますので。寝たきりは変わりませんが意識は残しますか?残しませんか?どちらがお好みですか?」

どうせ死ぬのなら何も知らずに死にたいか、全てを理解した上で死にたいか。どちらを選んでも死ぬのなら、それなら答えは。
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