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死ななかった男爵令嬢
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男爵令嬢は自力ではベッドから起き上がることが出来ない。階段から落ちた時に打ちどころが悪く、自力では何も出来ない身体になってしまった。
声は出るものの、明瞭な発声に至らない為に、意図は誰にも伝わらない。何かを伝えようとする自分を見て「気の毒に」と呟く人が偶にいるくらい。
(まさかこんなことになるなんて)
男爵令嬢は知らなかった。物語ではいつも正しい方が勝つ。悪役と正義が両者に割り振られ、どれだけ悪役が暗躍しようとも最後には必ず正義が勝つ。どちらか一方が、理不尽に切り捨てられることは物語の都合上あり得ない。
(でもこれは現実。相手が公爵家ならあり得ることだと考えておくべきだった)
公爵令嬢は第一王子の後ろ盾。筆頭公爵家で溺愛されている令嬢だ。第一王子との仲は良好ではあったが男爵令嬢が第一王子の周りに居座り始めてからは二人の仲には暗雲が立ち込める。
(上手く動いたつもりだったけれど、何が悪かったのだろうか)
寝たままになっていても意識はあるので、目まぐるしく考えが浮かんで来て、他に何をしようとも叶わない男爵令嬢は身を任せた。
男爵令嬢がわかったことはこれは現実で物語とは違う世界であるということ。そして自分が医療修道院に入れられた、とされているということ。
(だけど、ここは医療修道院じゃない)
医療修道院に行ったことはなくても、彼らの会話を聞いていたらそうではないことはわかる。
顔ははっきりは見えなくとも、学園で何度か聞いたことのある声に、安心したのも事実。
(彼らがいてくれるなら、全く望みがないというわけでもない?)
彼女は期待したものの、それが自分の思い違いであることに気づくのに時間は掛からなかった。
「意識はあるのでしたっけ、彼女。」
「そう聞いているけれど、自力で何も出来ないようですから、わかりませんね。」
「タイミングが悪かったのよね。男爵令嬢が王家に入るのは、もう二代前に終わってるのよ。あまりたくさんの人を間に入れてしまうと、それはそれで誰がなってもかわらないと結論づけてしまうから。」
男爵令嬢の身体を囲むように二人の人間が会話を始める。一人はボサボサの髪の毛に覆われて顔を一度も拝ませてくれなかった、ディルク・ローレン伯爵令息。そして、もう一人は彼の元婚約者でいつも男爵令嬢に威圧的に接していたマリアーナ・グラウン侯爵令嬢。
お世辞にも仲が良いとは言えない彼女達は、一体何のために此処に来ているのだろう。
此方の困惑を他所に話は続いている。
「そう言えばそろそろ来るのよね。……ねぇ、貴女が望むなら、ってこんな言い方は可笑しいわね。貴女には選択肢なんてないのだから。
……貴女が望む、望まないに関わらず、貴女が多分今会いたがっている相手が此処にもうすぐ到着するわ。貴女さえ良ければ、時期がくれば二人平民としてやり直すことは可能なの。
平民として、が嫌ならば申し訳ないけれど話はこれでお終い。
だけど平民として、でも生きていきたいというならば、それを教えてほしいの。半年後になれば、きっと貴女達は解放されるわ。」
グラウン侯爵令嬢は少し笑いを堪えたような軽い口調で説明を終える。平民として生きるか、と突然言われても、貴族令嬢がすぐに平民の身分に順応出来るものなの?
「それとは別に一人で生きて行く場合にも教えてくれ。もう一度男爵令嬢として人生をやり直す、若しくは平民としてやり直す、どちらでも協力できると思う。」
令嬢のピリピリした話し方よりも、令息の落ち着いた声は耳に心地よい。今になってみれば、髪の毛のせいで顔を見られなかったとはいえ、多分綺麗な顔立ちなんだろう。
(失敗した。こんなことなら第一王子なんか狙うんじゃなくて、普通に伯爵令息とかで良かったんじゃない?誰が来るか知らないけれど、平民になってしまうなら、男爵令嬢として、彼とやり直す、って言うのが良いな)
男爵令嬢は勝手な妄想を止めることが出来ない。いつしか彼女は、優しい声の主と自分の恋物語を思い込み、ない選択肢を選ぼうとしていた。
(待って。でも、男爵令嬢の身分は、今後危なくなるわ。だって、公爵令嬢の秘密を知ってしまったんだもの。だからこそ私はこんな目に遭っているのだし。そうだわ。だから、男爵令嬢でいる、なんて選択肢はないも同然。
お話でよくあるのは、どこかの貴族家の養女になる、とか?それなら公爵家の時間稼ぎにはなるかもしれない)
男爵令嬢は自分を襲ったのは公爵令嬢だと思っていた。背中を押した人間は見ていないけれど、きっと彼女に雇われた人間だと、決めつけている。
それには確固たる証拠があるのだが、こんな時、動かない身体をもどかしく思う。
半年後まで、せめてこの話を覚えておかなければ、と男爵令嬢は願う。彼女は起死回生の一枚をいつ切り札として出すか考えていた。
声は出るものの、明瞭な発声に至らない為に、意図は誰にも伝わらない。何かを伝えようとする自分を見て「気の毒に」と呟く人が偶にいるくらい。
(まさかこんなことになるなんて)
男爵令嬢は知らなかった。物語ではいつも正しい方が勝つ。悪役と正義が両者に割り振られ、どれだけ悪役が暗躍しようとも最後には必ず正義が勝つ。どちらか一方が、理不尽に切り捨てられることは物語の都合上あり得ない。
(でもこれは現実。相手が公爵家ならあり得ることだと考えておくべきだった)
公爵令嬢は第一王子の後ろ盾。筆頭公爵家で溺愛されている令嬢だ。第一王子との仲は良好ではあったが男爵令嬢が第一王子の周りに居座り始めてからは二人の仲には暗雲が立ち込める。
(上手く動いたつもりだったけれど、何が悪かったのだろうか)
寝たままになっていても意識はあるので、目まぐるしく考えが浮かんで来て、他に何をしようとも叶わない男爵令嬢は身を任せた。
男爵令嬢がわかったことはこれは現実で物語とは違う世界であるということ。そして自分が医療修道院に入れられた、とされているということ。
(だけど、ここは医療修道院じゃない)
医療修道院に行ったことはなくても、彼らの会話を聞いていたらそうではないことはわかる。
顔ははっきりは見えなくとも、学園で何度か聞いたことのある声に、安心したのも事実。
(彼らがいてくれるなら、全く望みがないというわけでもない?)
彼女は期待したものの、それが自分の思い違いであることに気づくのに時間は掛からなかった。
「意識はあるのでしたっけ、彼女。」
「そう聞いているけれど、自力で何も出来ないようですから、わかりませんね。」
「タイミングが悪かったのよね。男爵令嬢が王家に入るのは、もう二代前に終わってるのよ。あまりたくさんの人を間に入れてしまうと、それはそれで誰がなってもかわらないと結論づけてしまうから。」
男爵令嬢の身体を囲むように二人の人間が会話を始める。一人はボサボサの髪の毛に覆われて顔を一度も拝ませてくれなかった、ディルク・ローレン伯爵令息。そして、もう一人は彼の元婚約者でいつも男爵令嬢に威圧的に接していたマリアーナ・グラウン侯爵令嬢。
お世辞にも仲が良いとは言えない彼女達は、一体何のために此処に来ているのだろう。
此方の困惑を他所に話は続いている。
「そう言えばそろそろ来るのよね。……ねぇ、貴女が望むなら、ってこんな言い方は可笑しいわね。貴女には選択肢なんてないのだから。
……貴女が望む、望まないに関わらず、貴女が多分今会いたがっている相手が此処にもうすぐ到着するわ。貴女さえ良ければ、時期がくれば二人平民としてやり直すことは可能なの。
平民として、が嫌ならば申し訳ないけれど話はこれでお終い。
だけど平民として、でも生きていきたいというならば、それを教えてほしいの。半年後になれば、きっと貴女達は解放されるわ。」
グラウン侯爵令嬢は少し笑いを堪えたような軽い口調で説明を終える。平民として生きるか、と突然言われても、貴族令嬢がすぐに平民の身分に順応出来るものなの?
「それとは別に一人で生きて行く場合にも教えてくれ。もう一度男爵令嬢として人生をやり直す、若しくは平民としてやり直す、どちらでも協力できると思う。」
令嬢のピリピリした話し方よりも、令息の落ち着いた声は耳に心地よい。今になってみれば、髪の毛のせいで顔を見られなかったとはいえ、多分綺麗な顔立ちなんだろう。
(失敗した。こんなことなら第一王子なんか狙うんじゃなくて、普通に伯爵令息とかで良かったんじゃない?誰が来るか知らないけれど、平民になってしまうなら、男爵令嬢として、彼とやり直す、って言うのが良いな)
男爵令嬢は勝手な妄想を止めることが出来ない。いつしか彼女は、優しい声の主と自分の恋物語を思い込み、ない選択肢を選ぼうとしていた。
(待って。でも、男爵令嬢の身分は、今後危なくなるわ。だって、公爵令嬢の秘密を知ってしまったんだもの。だからこそ私はこんな目に遭っているのだし。そうだわ。だから、男爵令嬢でいる、なんて選択肢はないも同然。
お話でよくあるのは、どこかの貴族家の養女になる、とか?それなら公爵家の時間稼ぎにはなるかもしれない)
男爵令嬢は自分を襲ったのは公爵令嬢だと思っていた。背中を押した人間は見ていないけれど、きっと彼女に雇われた人間だと、決めつけている。
それには確固たる証拠があるのだが、こんな時、動かない身体をもどかしく思う。
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