そして、何も起こらなかった

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側近の伯爵令息

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ディルク・ローレンは、男爵令嬢に会いに行った帰りに一人でカフェに入った。いつもは客で賑わう時間なのに、今日は随分と人がいない。

自分が第一王子の側近になって様々なことが起こったが偶に訪れる何もない時間が至福だったりする。

男爵令嬢にはああいうしかなかったが、彼女に与えられた選択肢は彼女にとって、何の魅力もないものだろう。

これまでの、例えば二代前の男爵令嬢ならば、平民になっても愛する人と結ばれたい、と選んでも、彼女にそんな気は欠片もないことはわかっている。彼女は自分が何をしなくても甘やかされて、嫌なことは何もしない、只管に自分に甘い生活を望んでいる。

大方、男爵令嬢としてやり直し、王子ではない貴族令息と恋がしたい、とでも考えていそうだ。

彼女に与えられるのは、王子のお手つきがあったのに捨てられた男爵令嬢の身分か、働かない夫付きの平民か。どちらを選んでも困難な上に、彼女の望む生活はない。

彼女を気の毒に思う気持ちは特にない。国に決められた婚約を壊そうと企む相手に同情の余地はない。淹れたてのコーヒーの香りに促されて、お腹の音が鳴る。ついでに軽食を頼むとほんの二、三分でコーヒーと共にサンドイッチが出てきた。

王子の為の毒味はいつもディルクの仕事だった。毒に慣らされているのは勿論、胃腸が王子含め、側近の誰よりも強い。これは代々ローレン伯爵家に生まれた子供の特徴である。

ディルクには毒も薬もあまり効かない。これは胃腸の強さに関係するかは不明だが、そのことで不便を感じたことはないのが何よりの救いだ。

ああやって見た目や身分で寄ってくる相手に良い女性はいない。「それしか魅力がないんだから、仕方ないでしょ?」と初対面で言い放ったグラウン侯爵令嬢みたいなのは稀だ。


卒業パーティーの時の第一王子の様子を思い出す。二つある出された飲み物の内、一つには微量の毒。そして、もう一つには解毒剤。

見た限り、二人とも解毒剤の方には手をつけてはいなかった。一応段取りがあるから第一王子には与えたものの、公爵令嬢はどうしたのだろうか。

あの妹馬鹿の公爵子息が、愛する妹の身体に入った毒を少量と言えどもそのままにしておくとは思えない。

目の敵にされるのも嫌なので、彼女の解毒を率先してするのは止めたのだが、未だに何も言われないことからその対応で合っていたようだ。

第一王子は何故か殺されると思っていたようだが、半年後の立太子の儀までには体調を万全にしなければならない。

解毒剤を飲ませて、今まで摂取した毒を抜かせて、と献身を見せているのに、殺されると叫ぶなんて、大いに心外だ。


第一王子は歴代の王子で一番肝が小さい。純粋培養されすぎて、少しのことで取り乱す姿は、公爵令嬢曰くみっともないようなので、できればそこも改善してほしいそうな。

「一応、話は挙げますが、出来るか否かはわかりませんよ。」
「いいのよ。できれば、ぐらいのものだから。」

ローレン伯爵令息と公爵令嬢の会話はいつもとても短い。理想となる王太子の見え方は見る人によって異なる。

「いつも通り、ちゃんと成功させて見せますよ。」
「そうね。何も特別なことなど必要ないんだから。いつも通りよ。」

出来なければ出来ないで、入れ替えて仕舞えば良い。公爵令嬢の時のように、人を変えて仕舞えば良いのだから。


それにしても、第一王子はあのことを知っていたのか。まさか、誰かに唆されたのか。王子だからといって、全てを公爵令嬢に押し付けてきた奴が、王家に纏わる裏の歴史を知っているとは思えない。

話すとしたら教育係……いや、国王夫妻に止められるから違う。公爵令嬢?彼女が彼を助けるなんてことはないだろうから、後は誰だ?

ローレン伯爵令息は、思いつく限りの人物を思い浮かべては見たが、答えは出なかった。
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