152 / 156
最終章 彼女は死んで、また生まれる
生き残った者達
しおりを挟む
ローザリア帝都には夏が訪れていた。
この十年の内に、ローザリアも発展を遂げた。道は舗装され、都市同士の交流が盛んになった。国営学校が至る所に建設され、多くの子供が勉学ができる環境が整えられた。皇帝の指導の元、優秀な魔法使い達が日々魔術式を編み出し、人々の生活に役立てた。
ディミトリオス帝は二十八歳になり、彼の戴冠十周年の祝賀が、年間を通し至る所で行われていた。反逆の末の帝位奪還を果たした皇帝ではあったが、国民に愛され、慕われていた。
早朝、ディミトリオス・フォーマルハウトは、書斎から帝都を見下ろしていた。
川沿いには夏の草木が青々と生い茂り、暑さから逃れるために、市民たちが水浴びをしていた。
大通りに面した広場では、市場を始めるためのテントが貼られ、既に商品が並べられていた。かつてより異国との貿易が盛んになり、帝都はひときわの賑いを見せていた。
十年の間に、戦争はあった。
聖女のいない戦争であったが、彼女の築き上げた盤石な体制と彼女に勝利を捧げることを固く誓った兵士らの働きにより、ローザリアは勝利し続けていた。
このローザリアに、確かに聖女はいた。
誰もの心の中に、常に、イリス・テミスが存在していた。
だが彼女はもう、どこにもいなかった。
誰を失っても、変わらず人々は生活し、逞しく生きる。そんな国民の強かさを、ディミトリオスは愛していた。
一人静かに物思いに浸っていると、扉の前の護衛が客人の到着を告げるために声を張り上げる。皇帝がすでに起きて書斎にいることを、経験から知っているのだ。
客の約束はなかったが、告げられた名に、ディマは頷いた。
やってきたのは、三十歳になったばかりの親友だった。
「戻ったのか、ルシオ」
ルシオ・フォルセティは、相変わらず目に悪い派手な色のシャツを着て、若い頃と変わらず機嫌が良さそうに部屋の中に入ってくる。
「今朝戻ったばかりだ。いの一番でお前に会いに来たんだぜ、感謝しろよ」
稼いだ金を元手に始めた貿易商の仕事が上手くいき、更に事業を拡大するとかで、このところルシオは数ヶ月大陸に行っていた。
そのまま彼は、ソファーにどかりと座り込む。
「大陸にもお前の評判は轟いていたぜ。商売ついでにスタンダリアにも寄ったが、俺でさえ賓客扱いだ。王侯貴族まで俺にこびて、誰もがお前との仲を取り持ってくれとすり寄ってきた」
向かいに座ると、ルシオは視線を鋭くした。
「それでいくつか縁談も取り次いでくれと打診があったぜ。そろそろ受けろよ、結婚も仕事のうちだぜ」
「君だってしていないだろ」
つれない返事だが、気を害した様子もなくルシオは続けた。
「俺はいいんだよ、一人に絞ったら世の女が泣くだろ。だがお前は違う。皇帝だから、フォーマルハウト家を存続させる義務がある」
「周囲の奴に、僕を説得しろとでも言われたか」
まあな、とルシオは苦笑した。
「結婚も外交のうちさ。ローザリアのさらなる発展を願うお前の思惑とも一致する。外面を気にしないという言い訳は聞かないぜ。その髪だって、周囲に受けがいいから伸ばしているんだろう」
「前に、言ってくれたんだ。僕の長い髪が好きだと。切るときも渋っていたから」
一瞬の静寂があった。ルシオの瞳が一瞬だけ揺れ、隠すように彼は目を閉じ、そうして再び開いた時には、元の陽気な男に戻っていた。
「まあ聞けよ。悪い話じゃない。スタンダリアの姫はどうだ? 年はお前の五つ下。現国王の姉で、器量も気立ても良い。またとない縁談だぜ?」
ディマは無言で首を横に振った。
「じゃあ、パトリシア・クリステルはどうだ。未婚で、お前のイリスへの想いもよく理解していて、その上で嫁いでもよいと了承を得た。何より家柄がいいし、貴族としての心得もある。いい皇妃になるだろうさ」
「彼女は妹みたいなもので、妻にしたいとは思わない。……なぜそれほど結婚させたい」
別に、とルシオは言う。
「ただお前が周囲に明るく振る舞う分、一人で淋しげに過ごす背中が、見るに耐えんと俺は思う。それに、フォーマルハウト家の後継者も作らねばならんだろう」
「後継者なら、レジーナの子供がいる。内の一人を養子としてもらうと、先日約束を取り付けたから、後継者には困っていない。シンディにも、先日二人目の子供が生まれたばかりだ。フォーマルハウト家の血筋は続いている。
僕がやることは、この国が永劫続く基盤を作ることだと思っている。このローザリアこそ僕の伴侶で、血肉を受け継ぐ僕の子供だ」
従姉妹のレジーナは三人の子供を産み、三人とも黄金色の瞳を持っていた。ミアが願った瞳が、その孫に引き継がれたのだ。
「僕の愛はもう捧げている。生涯、他の誰かを妻にするつもりはない」
ルシオは手を額に付け、顔を覆うようにして言った。
「だが彼女は死んだ。聖女も二度と生まれない。教皇庁は再建されたが地の上だ。天上にはもう、誰も祈らない。大陸に渡る度、お前は長い間戻らない。探すのを止めないお前の姿を見るのが、俺はとても辛い。今回の旅でも、俺は彼女の手がかりを見つけられなかった。十年経った。もう止めろ」
彼が本気でディマを思ってくれていることは分かっていた。だが当のディマは、辛いとは思っていなかった。
探している間は、彼女は生きている。諦めない限り、死ぬことはない。
(僕が生きている限りは、彼女もまた、生き続ける)
だから探し続けることを止められなかった。
ルシオが問う。
「二度と会えないのに、愛し続けるのか」
ディマは答えた。
「二度と会えないから、愛し続けるんだ」
束の間の静寂が訪れた。もう二度と会えないという事実が、心の中に重く響く。
「お前の戴冠から十年経ったということは、終焉からも十年か」
話題を変えるようにルシオがぽつりとそう言った。帝都の祝賀の空気を感じてきたのかもしれない。
今年は特に、ローザリアでも、他の国でも、聖女への祈りが捧げられていた。世界を救ったイリス様だ。聖女はもういないのに、信仰は以前より遥かに増した。皆に死の記憶が刻み込まれ、そうして生き返った奇跡もまた、記憶から消えはしなかった。
「終焉の大選別が行われてからも十年。皆が結局は生き残った。だから人間というものは誰しも善人なのだと、皆、命が肯定されたように考えているらしい。あほくさくて勝手な思想だが、俺は結構好きな考え方だ。逞しくてさ。
あれから俺も、少しだけ、自分の命というものを真剣に考えるようになった。聖女やクロード・ヴァリの世界滅亡の願いは叶わなかったが、前よりもこの世界はまともになったように思うぜ。それでも争乱はあるけどさ」
そう言ってから、ルシオはその人物を強く思い出したのかもしれない。
「兄貴が憎いか」
問いに、ディマは目を伏せる。
「憎いさ。許せないと思う。あの人がいなければ、逆行前だってイリスは死ななかった。だが……」
クロード・ヴァリの佇まいを思い出す。孤高の人だったが、常に愛情を感じていた。イリスが彼を打ち破ったあの教皇庁の地下でさえ、彼の瞳に潜むあの情は、消えていなかった。
「……イリスが死ななければ、ディミトリオスが時を戻すことはなかった。そのおかげで僕は彼女と出会い、愛を知った。だから僕は皇帝になれたのだと思う。愛を知らない人間が、人の上に立ってはならないと、今でも思っている」
彼がいなければ、処刑騒ぎで、ヘルで、反逆で、ディマは死んでいたはずだ。
人の運命というものは、結果論でしか語れない。彼がいなかったら、ディマはあのイリスに出会えなかった。だからある側面では、運命に感謝をしていた。
「まあ俺も、兄貴達は大嫌いだよ。兄弟なんてそんなもんだろ」
はは、とルシオが笑った。
「俺は一度、あいつとお前を間違えた。なんだか、雰囲気が似ている気がしてさ。懐かしいな、ヘルに着いたその日のことだった」
ディマも思い出した。
エンデ国からヘルへと向かう途中、彼は、ディマと自分を兄弟だと言った。あれは誤魔化しなどではなかったのだ。あの旅路は、忘れがたい日々となっていた。
「――まあ、あいつのことはどうでもいい」
ルシオは咳払いをする。
「ひとまず、イリスのことだ。探すのを止めろとは言わないが、我こそがイリスだと、次々と偽物が現れる現状をなんとかしないとな。皆が、またとない機会だと考えては皇妃の座を狙っている。髪を銀髪に染めただけならまだいい。中には魔法で顔を変えてまで主張する奴がいる。この問題は深刻だぜ、時間も手間も取らされる。
俺がここまで踏み込んで言っているのは、アレンさんとミランダさんが、お前をひどく心配しているからだぜ。寄り添ってくれと、直々に頼まれた。娘を亡くして未だに傷が癒えないのに、このままだと息子まで病んでしまうのではないかと危惧している。左手と右足を失って、その上心まで失ってしまったとしたら、あの人たちは立ち直れない。……俺も同じ思いだ」
ああ、と、ディマは空返事をした。
心のどこかでは、分かっているように思う。彼女が生きているなどあり得ないということを。当時既に、彼女の体は人間であることをやめようとした。それにシューメルナを破壊した以上、彼女もまた死んだと考えるのだ妥当だ。
周囲にこれほどまでの心配をさせ、探し続けることに、ディマもまた、限界を感じていた。情報有らず、と伝える家臣達の表情は、つねに暗いものだった。領地に戻り、平穏に暮らすアレンとミランダが、息子を案じていることも承知していた。
確かに、引き際なのかもしれない。自分の我が儘で、周囲を脅かしてはならなかった。
「ああ。次で、諦めるよ。今日も数人、会う約束をしていたから、それで最後だ」
十年間、探し続けた。けりをつける、時なのかもしれない。
そうか――、と言い、ルシオはそれ以上何も言わなかった。
この十年の内に、ローザリアも発展を遂げた。道は舗装され、都市同士の交流が盛んになった。国営学校が至る所に建設され、多くの子供が勉学ができる環境が整えられた。皇帝の指導の元、優秀な魔法使い達が日々魔術式を編み出し、人々の生活に役立てた。
ディミトリオス帝は二十八歳になり、彼の戴冠十周年の祝賀が、年間を通し至る所で行われていた。反逆の末の帝位奪還を果たした皇帝ではあったが、国民に愛され、慕われていた。
早朝、ディミトリオス・フォーマルハウトは、書斎から帝都を見下ろしていた。
川沿いには夏の草木が青々と生い茂り、暑さから逃れるために、市民たちが水浴びをしていた。
大通りに面した広場では、市場を始めるためのテントが貼られ、既に商品が並べられていた。かつてより異国との貿易が盛んになり、帝都はひときわの賑いを見せていた。
十年の間に、戦争はあった。
聖女のいない戦争であったが、彼女の築き上げた盤石な体制と彼女に勝利を捧げることを固く誓った兵士らの働きにより、ローザリアは勝利し続けていた。
このローザリアに、確かに聖女はいた。
誰もの心の中に、常に、イリス・テミスが存在していた。
だが彼女はもう、どこにもいなかった。
誰を失っても、変わらず人々は生活し、逞しく生きる。そんな国民の強かさを、ディミトリオスは愛していた。
一人静かに物思いに浸っていると、扉の前の護衛が客人の到着を告げるために声を張り上げる。皇帝がすでに起きて書斎にいることを、経験から知っているのだ。
客の約束はなかったが、告げられた名に、ディマは頷いた。
やってきたのは、三十歳になったばかりの親友だった。
「戻ったのか、ルシオ」
ルシオ・フォルセティは、相変わらず目に悪い派手な色のシャツを着て、若い頃と変わらず機嫌が良さそうに部屋の中に入ってくる。
「今朝戻ったばかりだ。いの一番でお前に会いに来たんだぜ、感謝しろよ」
稼いだ金を元手に始めた貿易商の仕事が上手くいき、更に事業を拡大するとかで、このところルシオは数ヶ月大陸に行っていた。
そのまま彼は、ソファーにどかりと座り込む。
「大陸にもお前の評判は轟いていたぜ。商売ついでにスタンダリアにも寄ったが、俺でさえ賓客扱いだ。王侯貴族まで俺にこびて、誰もがお前との仲を取り持ってくれとすり寄ってきた」
向かいに座ると、ルシオは視線を鋭くした。
「それでいくつか縁談も取り次いでくれと打診があったぜ。そろそろ受けろよ、結婚も仕事のうちだぜ」
「君だってしていないだろ」
つれない返事だが、気を害した様子もなくルシオは続けた。
「俺はいいんだよ、一人に絞ったら世の女が泣くだろ。だがお前は違う。皇帝だから、フォーマルハウト家を存続させる義務がある」
「周囲の奴に、僕を説得しろとでも言われたか」
まあな、とルシオは苦笑した。
「結婚も外交のうちさ。ローザリアのさらなる発展を願うお前の思惑とも一致する。外面を気にしないという言い訳は聞かないぜ。その髪だって、周囲に受けがいいから伸ばしているんだろう」
「前に、言ってくれたんだ。僕の長い髪が好きだと。切るときも渋っていたから」
一瞬の静寂があった。ルシオの瞳が一瞬だけ揺れ、隠すように彼は目を閉じ、そうして再び開いた時には、元の陽気な男に戻っていた。
「まあ聞けよ。悪い話じゃない。スタンダリアの姫はどうだ? 年はお前の五つ下。現国王の姉で、器量も気立ても良い。またとない縁談だぜ?」
ディマは無言で首を横に振った。
「じゃあ、パトリシア・クリステルはどうだ。未婚で、お前のイリスへの想いもよく理解していて、その上で嫁いでもよいと了承を得た。何より家柄がいいし、貴族としての心得もある。いい皇妃になるだろうさ」
「彼女は妹みたいなもので、妻にしたいとは思わない。……なぜそれほど結婚させたい」
別に、とルシオは言う。
「ただお前が周囲に明るく振る舞う分、一人で淋しげに過ごす背中が、見るに耐えんと俺は思う。それに、フォーマルハウト家の後継者も作らねばならんだろう」
「後継者なら、レジーナの子供がいる。内の一人を養子としてもらうと、先日約束を取り付けたから、後継者には困っていない。シンディにも、先日二人目の子供が生まれたばかりだ。フォーマルハウト家の血筋は続いている。
僕がやることは、この国が永劫続く基盤を作ることだと思っている。このローザリアこそ僕の伴侶で、血肉を受け継ぐ僕の子供だ」
従姉妹のレジーナは三人の子供を産み、三人とも黄金色の瞳を持っていた。ミアが願った瞳が、その孫に引き継がれたのだ。
「僕の愛はもう捧げている。生涯、他の誰かを妻にするつもりはない」
ルシオは手を額に付け、顔を覆うようにして言った。
「だが彼女は死んだ。聖女も二度と生まれない。教皇庁は再建されたが地の上だ。天上にはもう、誰も祈らない。大陸に渡る度、お前は長い間戻らない。探すのを止めないお前の姿を見るのが、俺はとても辛い。今回の旅でも、俺は彼女の手がかりを見つけられなかった。十年経った。もう止めろ」
彼が本気でディマを思ってくれていることは分かっていた。だが当のディマは、辛いとは思っていなかった。
探している間は、彼女は生きている。諦めない限り、死ぬことはない。
(僕が生きている限りは、彼女もまた、生き続ける)
だから探し続けることを止められなかった。
ルシオが問う。
「二度と会えないのに、愛し続けるのか」
ディマは答えた。
「二度と会えないから、愛し続けるんだ」
束の間の静寂が訪れた。もう二度と会えないという事実が、心の中に重く響く。
「お前の戴冠から十年経ったということは、終焉からも十年か」
話題を変えるようにルシオがぽつりとそう言った。帝都の祝賀の空気を感じてきたのかもしれない。
今年は特に、ローザリアでも、他の国でも、聖女への祈りが捧げられていた。世界を救ったイリス様だ。聖女はもういないのに、信仰は以前より遥かに増した。皆に死の記憶が刻み込まれ、そうして生き返った奇跡もまた、記憶から消えはしなかった。
「終焉の大選別が行われてからも十年。皆が結局は生き残った。だから人間というものは誰しも善人なのだと、皆、命が肯定されたように考えているらしい。あほくさくて勝手な思想だが、俺は結構好きな考え方だ。逞しくてさ。
あれから俺も、少しだけ、自分の命というものを真剣に考えるようになった。聖女やクロード・ヴァリの世界滅亡の願いは叶わなかったが、前よりもこの世界はまともになったように思うぜ。それでも争乱はあるけどさ」
そう言ってから、ルシオはその人物を強く思い出したのかもしれない。
「兄貴が憎いか」
問いに、ディマは目を伏せる。
「憎いさ。許せないと思う。あの人がいなければ、逆行前だってイリスは死ななかった。だが……」
クロード・ヴァリの佇まいを思い出す。孤高の人だったが、常に愛情を感じていた。イリスが彼を打ち破ったあの教皇庁の地下でさえ、彼の瞳に潜むあの情は、消えていなかった。
「……イリスが死ななければ、ディミトリオスが時を戻すことはなかった。そのおかげで僕は彼女と出会い、愛を知った。だから僕は皇帝になれたのだと思う。愛を知らない人間が、人の上に立ってはならないと、今でも思っている」
彼がいなければ、処刑騒ぎで、ヘルで、反逆で、ディマは死んでいたはずだ。
人の運命というものは、結果論でしか語れない。彼がいなかったら、ディマはあのイリスに出会えなかった。だからある側面では、運命に感謝をしていた。
「まあ俺も、兄貴達は大嫌いだよ。兄弟なんてそんなもんだろ」
はは、とルシオが笑った。
「俺は一度、あいつとお前を間違えた。なんだか、雰囲気が似ている気がしてさ。懐かしいな、ヘルに着いたその日のことだった」
ディマも思い出した。
エンデ国からヘルへと向かう途中、彼は、ディマと自分を兄弟だと言った。あれは誤魔化しなどではなかったのだ。あの旅路は、忘れがたい日々となっていた。
「――まあ、あいつのことはどうでもいい」
ルシオは咳払いをする。
「ひとまず、イリスのことだ。探すのを止めろとは言わないが、我こそがイリスだと、次々と偽物が現れる現状をなんとかしないとな。皆が、またとない機会だと考えては皇妃の座を狙っている。髪を銀髪に染めただけならまだいい。中には魔法で顔を変えてまで主張する奴がいる。この問題は深刻だぜ、時間も手間も取らされる。
俺がここまで踏み込んで言っているのは、アレンさんとミランダさんが、お前をひどく心配しているからだぜ。寄り添ってくれと、直々に頼まれた。娘を亡くして未だに傷が癒えないのに、このままだと息子まで病んでしまうのではないかと危惧している。左手と右足を失って、その上心まで失ってしまったとしたら、あの人たちは立ち直れない。……俺も同じ思いだ」
ああ、と、ディマは空返事をした。
心のどこかでは、分かっているように思う。彼女が生きているなどあり得ないということを。当時既に、彼女の体は人間であることをやめようとした。それにシューメルナを破壊した以上、彼女もまた死んだと考えるのだ妥当だ。
周囲にこれほどまでの心配をさせ、探し続けることに、ディマもまた、限界を感じていた。情報有らず、と伝える家臣達の表情は、つねに暗いものだった。領地に戻り、平穏に暮らすアレンとミランダが、息子を案じていることも承知していた。
確かに、引き際なのかもしれない。自分の我が儘で、周囲を脅かしてはならなかった。
「ああ。次で、諦めるよ。今日も数人、会う約束をしていたから、それで最後だ」
十年間、探し続けた。けりをつける、時なのかもしれない。
そうか――、と言い、ルシオはそれ以上何も言わなかった。
82
あなたにおすすめの小説
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
助けた騎士団になつかれました。
藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。
しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。
一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。
☆本編完結しました。ありがとうございました!☆
番外編①~2020.03.11 終了
婚約者と親友に裏切られた伯爵令嬢は侯爵令息に溺愛される
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のマーガレットは、最近婚約者の伯爵令息、ジェファーソンの様子がおかしい事を気にして、親友のマリンに日々相談していた。マリンはいつも自分に寄り添ってくれる大切な親友だと思っていたマーガレット。
でも…
マリンとジェファーソンが密かに愛し合っている場面を目撃してしまう。親友と婚約者に裏切られ、マーガレットは酷くショックを受ける。
不貞を働く男とは結婚できない、婚約破棄を望むマーガレットだったが、2人の不貞の証拠を持っていなかったマーガレットの言う事を、誰も信じてくれない。
それどころか、彼らの嘘を信じた両親からは怒られ、クラスメイトからは無視され、次第に追い込まれていく。
そんな中、マリンの婚約者、ローインの誕生日パーティーが開かれることに。必ず参加する様にと言われたマーガレットは、重い足取りで会場に向かったのだが…
追放聖女35歳、拾われ王妃になりました
真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。
自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。
ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。
とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。
彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。
聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて??
大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。
●他作品とは特に世界観のつながりはありません。
●『小説家になろう』に先行して掲載しております。
傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~
日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】
https://ncode.syosetu.com/n1741iq/
https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199
【小説家になろうで先行公開中】
https://ncode.syosetu.com/n0091ip/
働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。
地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?
【完結】悪役令嬢はご病弱!溺愛されても断罪後は引き篭もりますわよ?
鏑木 うりこ
恋愛
アリシアは6歳でどハマりした乙女ゲームの悪役令嬢になったことに気がついた。
楽しみながらゆるっと断罪、ゆるっと領地で引き篭もりを目標に邁進するも一家揃って病弱設定だった。
皆、寝込んでるから入学式も来れなかったんだー納得!
ゲームの裏設定に一々納得しながら進んで行くも攻略対象者が仲間になりたそうにこちらを見ている……。
聖女はあちらでしてよ!皆様!
婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた
鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。
幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。
焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。
このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。
エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。
「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」
「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」
「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」
ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。
※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。
※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる