都市伝説ガ ウマレマシタ

鞠目

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「こんばんは、先生。見回りですか?」
「どうも、こんばんは。そうなんです。不審者による事件が続くので見回りをしているんです」
「やはりそうでしたか。お仕事熱心ですね」
 感心感心、と呟きながら男性は笑顔で頷いた。
「いやいやそんな。すみません、ちょっとスマートフォンを見ながら自転車に乗る人がいたので注意してきますね。それでは……」
 話の途中で申し訳ないなと思いつつ、私は前を向き直して自転車を再び漕ぎ出そうとペダルに足をかけた。

 しかし、何故か足が動かない。

 力を入れているのに自転車を漕ぎ出せない。そもそも、足が動かない。何故だ? 足だけじゃない。手もハンドルから離せない。何だ? 一体何が起きている? 想定外の出来事に頭の処理が追いつかない。

「先生の生徒を思う気持ち、仕事の取り組み方は本当に素晴らしいですね。私は心からあなたを尊敬します。ただ、今は少し困るんですよ」
 後ろにいたはずの男性がいつの間にか私の自転車のすぐ前にいた。何故だ? いつ動いた? なんなんだこの男は。
「……困るってどういう事ですか?」
 そう言いながら私は背中に嫌な汗をかきはじめていた。

「子どもたちの成長を見守るあなたと同じように、私も成長を見守っているんですよ」
「見守る? あなたが何を見守っているのかは存じませんが私には関係のないことでしょう」
 一刻も早くこの男から離れたい。なのに体が全くいうことを聞かない。力を入れてもどうにもならない。私は徐々に焦りだした。
「ふふふ、それが残念ながらあるんです。私が見守るもの、それはあなた方がよく噂話と呼ぶものです」
 男はとても愉快そうに笑う。いや、笑ってはいるがやはり目だけは笑っていない。
「噂話……それがなんだって言うんですか?」
「先生も聞いた事があるでしょう?『パトロール男』というお話を」
 話の展開が読めず少しずつイライラしてきた。この男は一体何を言っているんだ?
「ええ、だからそれがなんだって言うんですか」
「今、パトロール男のお話が自我を持ち始めているんですよ」

 私はこの男が何を言っているのか理解できなかった。話が自我を持つ? 何を言っているんだ? この男、普通じゃない。
「……あなたは何を言ってるんですか?」
「最初はある男のSNSの投稿でした。思いつきにより発信された内容は少しずつ拡散され、口頭でも広がっていきました。そしてその結果今では全国にその名が認知されました!」
 男は嬉しそうにニコニコと笑っている。「いやあ、めでたいですねえ」と嬉しそうに言っているがやはり目の奥は暗いままだ。
「……だから、それがなんだって言うんですか!」
「お話というものは信じる人が増えるのに比例して力を持つんですよ。たとえそれが作り話だったとしても。特に力を持った作り話は『実話』になろうとするんです。ここまで言えばわかりますよね?」
 男が満面の笑みを私に向けてきた。
 ああ、今度は心の底から笑ってやがる。黒い瞳を爛々と輝かせた笑みは不吉なものにしか見えなかった。

 私はこの男の言いたい事が何となくわかった。しかしあまりにも現実的ではないため戦慄していた。
 作り話として生まれたパトロール男の話が実話になるために事件を起こしている。きっとこういう事だろう。
 いつもの私なら笑い飛ばしているはずだ。しかし、今は何故かこの男の言うことが真実な気がしてならない。
「あなたは私に歩きスマホを注意するなと言いたいんですか?」
「察しのいい人と話すのは楽でいいですね。はい、その通りです」
 男は小さな声で「だいせいかーい」と呟くと一人で笑った。そして再び楽しそうに話し始めた。
「パトロール男の物語は今、自分で考えて動きはじめました。どうすればより人々の印象に残るかを考えはじめているんです」
「……どういうことですか?」
「わかりませんか? もうスマートフォンを見ながら歩く人を突き飛ばすだけじゃないんですよ。そんなステージは終わったんです」

 嬉しそうに話す男と私以外、何故かさっきから誰も道を通らない。車も一台も通らず道路脇の街頭は私と男だけを照らしている。
「ほら! あれを見てください!」
 男は突然はしゃぐ子どものように私の横に駆け寄ると前方を指さした。指の先にはさっき私の前を通った自転車に乗った女子高生が見える。
 少し遠くなってしまったが信号待ちをしているのが見えた。よかった、ちゃんと信号は見ているようだ。
 そう思った次の瞬間だった。



 女子高生が自転車ごと車に轢かれるのが見えた。
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