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第一章 崩れ去る日常

第十八話 不意打ち

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 ルフスと茉莉が綾南高校の部室を出た時より少し時間が遡る。今日はどの学年も午前中授業の日。新聞部で担当がきまっている部員は午後を取材と情報集めの時間にあてていた。
 
 綾南高校の近くには地下鉄が通っていて、「綾南高校前駅」がこの学校の最寄り駅だ。その二つ先にある「済北駅」の近くに市営図書館「済北図書館」がある。駅の出口から地上に上がり、小高い丘がある方向に十分程歩いていくと「済北図書館」の建物が見えてくる。
 
 ここ済北図書館は市内にある図書館では二番目に大きな建物であり、飲食・談話コーナーやレストランも完備してある。人によっては一日中図書館内で過ごしている人もいる位だ。
 
 史跡・文化コーナーにて優美達は資料集めをしていた。このコーナーには地元の歴史に関する書籍が主に取り扱われている。隣は日本史や世界史といった歴史書のコーナーとなっており、行き来しやすい。彼等は今まで地元の歴史に深く触れたことがなかった分、好奇心が半端ないようだ。
 
 机の上で織田は何冊か目を付けた書籍を吟味していた。両脇に本の山があるが、資料として使えそうな三冊が候補として残ったらしい。そんな彼の元にショートヘアの少女が二冊本を持って歩いてきた。大きなさつまいもを掘り起こせたような顔をしている。 
  
「ねぇ純、これどう思う?」
 
 彼女が見付けて来たのは平安時代の吸血鬼の記録を綴った書籍だった。芍薬姫のことも記載してあるようだ。
 
「君は良い資料を見付けたな。コピーを持ち帰ろうじゃないか」
 
 世界史コーナーから紗英がやって来た。
 
「書籍のサイズにもよりますけど、持ち運びに無理のないサイズなら一人二・三冊ずつ借りませんか? 部室で吟味すれば良いですし」
 
 銀縁眼鏡の少女が提案する。彼女の手提げには何枚かコピーした紙が入っている。大きい書籍で良さそうな部分を早々にいくつか見付けたらしい。
 
「そうだな。部長がそう言うならそうしよう。借りて必要な部分をピックアップしてコピーを集め、まとめるか。今ならまだ部室に戻って作業は出来るぞ」
 
 国内外問わず吸血鬼と芍薬にまつわる歴史書や記録など、色々資料が集まってきた。
 二時間なんてあっという間に過ぎてゆく。
 三人で手分けして探した成果もあって、良さそうな書籍が色々見付かった。彼等はそれぞれ貸し出し手続きを済ませて部室に戻ることになった。
 
 ※ ※ ※
 
 図書館を出た三人は駅に向かって小さな丘を下りて行った。裏道を通っていると、何者かが行く手を阻むかのように立っている。その人物は黒いフードのついたマントを羽織っている。織田は部長に視線を送ったが、彼女は首を横に振った。
 
「……誰です?」
 
「私達に何か御用ですか?」
 
 すると、フードの中から声が響いてきた。男とも女とも言えない、中性的な少年の声だ。
  
「今日は“お友達”は一緒じゃないんですか?」
 
「“お友達”?」
 
「青紫色の瞳で黒縁眼鏡をかけている彼」
 
「神宮寺君のことですか? 彼ならここにはいません。あなたは彼の知り合いですか?」
 
「そうですか……それは丁度良かった」
 
「?」
 
 突然目の前が眩しくなる。身の危険を感じた三人は即座に来ていた道の逆方向に向かって駆け出した。背後で凄まじい轟音が鳴り響く。
 振り向いてみると、先程まで立っていた場所に生えていた草が黒焦げになっていた。物の焦げた臭いが鼻を突く。織田は紗英と優美を背で庇うようにしつつ顔をしかめた。百八十五センチメートルで良い骨格をした背中に嫌な汗が流れ落ちる。
 
「二人共大丈夫か!?」
 
「ええ。大丈夫」 
 
「突然攻撃してくるなんて、一体何なのあいつ……!?」
 
 優美は織田の脇の下あたりからひょこりと顔を出し、前方の様子を伺った。
 
「ほう。ボクの技で無傷とは。君達もただの人間ではなさそうですね。これは面白い」
 
 黒マントから覗く白い大理石のような指先から何か見える。それは黄色の光でパチパチと音を立てていた。見た感じ電気か雷のような何かだ。先程はあれを自分達にぶつけて来たというのだろうか? まともにあたればきっと感電してしまうだろう。
 
「あんた、また何かするつもり? あたし達を狙って一体何が楽しいの?」
 
「君達は彼の“お友達”なのでしょう? 彼が人間から吸血鬼に中々戻ろうとしない理由を知りたくて、ボクは君達に会いに来ました。こうして暫く君達といれば分かる気がしましてね」
 
 黒マントから伸びた白い手が再び織田達に向けられた。
 後ずさりした三人は後ろが建物の壁で身動きがとれなくなっていることに気が付き、背中が凍る思いがする。織田は二人が自分から前に出ないよう、筋肉が程よくついた二本の腕を左右に伸ばした。
 
 その瞬間、眩い光が彼等を包んだ。織田は紫色、紗英は橙色、優美は赤色の光だ。その光が黒マントから放たれた雷を弾き返し、織田達を黒焦げにしないよう守った。
 
「!?」
 
「何? この光?」
 
「これは……どうやらあの水晶から出ている光のようです」
 
 鞄の中から取り出された紗英の掌の上で、水晶が光輝いていた。優美も輝く自分の水晶を目を皿のようにして眺めている。三人が持つ水晶がバリアーを張るかのように彼等を守っているようだ。
 
「へぇ。君達そんな力を持っているのですか。ボクの力にどれだけ耐えられるか試してみたくなりました」
 
 黒いフードの下から舌舐めずりをする音が聞こえた。
 
 時刻はまだ午後三時半を過ぎたあたりだろうか。
 太陽の光がじりじりと照り付けてくる。
 普通の汗と冷や汗が混じり合う。
 図書館で冷えた身体は既に普通の体温に戻っている。
 傍に生えている桜の木。
その枝のお陰で辛うじて直射日光を遮られている状態だ。
 このままでは三人共熱射病になってしまうが、どうにもならない。
 三人は身動きが取れないまま時間だけが過ぎていった。
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