炎のトワイライト・アイ〜二つの人格を持つ少年~

蒼河颯人

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第一章 崩れ去る日常

第十九話 変調

 優美達が待ち伏せにあってから今何時位だろうか。
 うだるような暑さの中、軽く三十分以上経ったように感じられる。
 
 汗だくとなっていた織田達は何かの気配を感じた。
 ふと空を見上げると、人影が飛び込んで来る。
 半袖の白いシャツと黒のスラックスを履いた少年と、半袖の白いシャツに赤いリボンを首元で揺らし、茶色のチェック柄のスカートを履いた少女が空を飛んでいるのだ。銀髪の少年が黒髪の少女を腕に抱えている。あれは、綾南高校の制服だ。
 
「茉莉!」
 
 優美の表情から緊張感が解け笑顔がこぼれてきた。
 
 空を飛んでいた二人は三人の前にすとんと着地した。それまで眩しかった赤と橙と紫の光は静かに消えてゆく。

 ルフスは茉莉を降ろして優美達の元に行かせ、自分は黒いマントの前に立ちはだかった。暑さしのぎの為か、いつの間にかシャツのボタンを上から三つ外している。その瞳は普段以上に燃え上がる紅蓮の色に輝いている。それを見て、黒いフードの下から覗く薄い唇が三日月型に開かれた。
 
「……くくくっ。やっと姿を現しましたねルフス。ボクのことを覚えています?」
 
 フードを降ろすと、下から赤銅色の髪と大理石のように輝く白い肌を持つ美少年が現れた。よく見ると透明な瞳には何本もの金色の針が輝いている。
 
「……フラウム。一体どう言うつもりだ?」
 
「どう言うって?」
 
「お前達の狙いは俺だろう? ならば俺だけを狙えば良い。それなのに何故関係のない人間達ばかり狙う?」
 
 黒いマントを羽織る少年は、ヴィーナスヘア・ストーンの瞳に笑みを浮かべている。対してルフスは目の前の美少年を睨みつけたままだ。
 
「関係ない? いや、彼等は普通に関係ありますよ。あなたと。まぁ、あなたと関係のない人間共は我々の餌になる価値しかありませんがね」
 
「……」
 
「あなたの関係者である人間に興味が湧きまして、今日はご挨拶をしに参りました」
 
「ただの挨拶ならば、何故こんな人質まがいなマネをする?」
 
「そうすればあなたがよりマトモになると思うからです」
 
 瞳の中にある金鉱石が光ったと思った瞬間、突然地響きが鳴り、金色の雷が落ちてきた。ルフスの立つ位置からぎりぎり一ミリ外にあるタイルが砕け散る音がする。
 
「ウィリディス姐さんの言った通りだ。あの時と比べて随分と弱くなりましたね。頭の中身までなまってそうです」
 
「お前がこの俺を勝手に評価するんじゃねぇよ。俺は変わらん。そのままだ」
 
「中身はあなたでも、その肉体はまだ人間じゃないですか。あなたは気付いていないんです」

「?」

「肉体の影響を受けているのか、餌に過ぎない人間共に対して今のあなたは甘過ぎです。圧倒的に強さを誇っていた昔のあなたはそうではなかったのに……」
 
 フラウムは唇にわずかに笑みを浮かべつつ喋り続ける。どこか失望の色が垣間見える。だが、見ているこちらは妙に憎たらしくなるような表情だ。

 少し距離をとった所で待機している茉莉達は、その光景を息を呑みながら見守っている。何も出来ないのが歯痒い。
 
「ルフス。一体いつまでそのままでいるつもりです? まぁ、いくらあがいてもその肉体には時間があまりありませんから放っといても別に良いんですけど。あなたがまさか再び死を選ぶとは思えませんが……気になるのでちょっと試させて下さいね」
 
 赤銅色の髪を持つ少年はにこりと笑うと黄色の光芒を放った。それを見たルフスは瞬時に赤い光芒を放つ。

 近くにあった白いベンチや自転車、ゴミ箱といった近くにあるものが浮き上がり、弾丸のようにフラウムに向けて飛び掛かった。
 
「はっ!」
 
 フラウムは自分に向かって飛んできたものに金色の雷を落とし、可能な限り粉々に粉砕した。その時の破片が刃となり、避けきれなかった彼の陶器のような左頬を一瞬かすめる。

「!!」

 一筋の血が流れ落ち、真っ白な顎から雫となって滴り落ちた。少年は指先でその血をすくい上げつつ、にやりと微笑みを浮かべる。
 
「……ふふっ。それではお返ししますね」
 
 赤銅色の髪を持つ少年は指先をルフスに向け、呪文を唱え始めた。彼の足元からエネルギーの塊のような何かが膨れ上がる。色がない為分かりにくいが、空間がゆらりと歪んで見える。
 
「!?」
 
 歪んだ視界で判断が一瞬鈍ったルフスの左腕に何かが突き刺さった。よく見ると、サバイバルナイフだ。サイコキネシスでフラウムに飛ばしたものの一つだったようだ。文字通りのお返しである。彼は表情一つ変えずそれを無造作に引き抜くと、空に向かって血が一瞬弾け飛んだ。サバイバルナイフを押しやるかのように下に向かって放り投げる。
 
「ルフス!」
 
「……ふん。たかがかすり傷一つで何を大袈裟な。……行くぞ」
 
 ルフスは呪文を唱え一瞬で血を止めると、投げ捨てるように言った。
 
「ええ。なんなりと」
 
 フラウムは笑顔のまま構えの姿勢をとった。
 
 ※ ※ ※
 
 三人の目の間で繰り広げられる二人の吸血鬼の戦いを見ていた茉莉は、身体の中で何かを感じ取った。
それが何なのかは不明だ。
しかし微量ながらも、確かに感じる。
苛立ちだ。
それが腹の中からマグマのようにじわじわとこみ上げてくる。
喉から突き上げて来そうになる。
噴火寸前の火山のようだ。
 
「……」
 
 優美は雰囲気から親友の異変に感づいた。
 
「茉莉?」
 
「……お願い。優美。これ持っていてくれる?」
 
「え? ……て、ちょっと茉莉!? 一体何を……!?」
 
 茉莉は優美に静藍と自分の水晶を押し付けるかのように預け、前方に向かって飛び出していった。止める間もなく、あっという間の出来事だった。

「はぁっ!!」

「ふんっ!!」
 
 ルフスとフラウムはお互いの超能力を利用した力のぶつけ合いをしていた。
 飛び交うタイルの破片や砕け散ったレンガ。
 黒焦げになった草や木。
 巻き添えを食った物が砕け散り、周囲は悲惨な状態となっている。泥棒が入った後の家屋以上の有様だ。場所が裏通りなだけに不思議と通行人は誰もいないが、いたら巻き添えを食って大惨事になるところだっただろう。
 
 フラウムは術で空間を歪めることにより相手の感覚をずらし、相手からの攻撃の命中率と相手の回避力を同時に落とそうとしているようだ。ルフスは五感をずらされる中、飛んでくる物の間を掻い潜るかのように攻防を繰り返している。息を継ぐ間もなく雷の刃が飛んでくる有様だ。
 
 他の吸血鬼達が指摘している通り、今のルフスは吸血鬼としては不完全状態だ。その上、肉体の持ち主である静藍は運動が苦手ときている。吸血鬼と人間との能力差のアンバランスに肉体が悲鳴を上げるのは思っている以上に早い。いくらセンスに優れ戦闘能力に秀でているルフスでも、今の肉体はあまりにも虚弱過ぎるのだ。戦えば戦う程、戦闘の勘は戻って来るが、肉体の損傷は大きくなってゆく。

「……くっ……」
 
 若干疲労が増したのか、頭痛を覚えたルフスが一瞬顔をしかめる。そんな彼の身体を目掛け飛んで来た雷の刃は容赦なかった。
 
 その時である。
 ルフスに向かって背中から襲いかかろうとした刃が茉莉の身体を貫いた。それは一瞬の出来事だった。
 
「……う……」
 
 自分の前に身を投げた茉莉に気が付いたルフスは目を見開いた。あり得ない光景がルビー色の瞳の中に飛び込んで来る。
 茉莉を刺した刃が床にざくりと突き刺さった。
 
「この馬鹿! 先程俺に近付くなと何度も言っただろう!!」
 
 茉莉は自分の肩を支えようと伸ばされたルフスの手を払い除けた。腹を押さえつつやっと立っている状態のまま、身体の奥底から声を絞り出すようにして言い返す。それは、ルフスの怒号に食いつかんばかりの迫力だった。
 
「……だって、その身体は『静藍の身体』なのよ……幾ら本人が今からって、あんた達が好き勝手傷付けて良いわけないじゃない……!」

 なりふり構わず心が叫び出す。
思いは留まることを知らない。延々と湧き出てくる泉の水のようだ。
 榛色の瞳と紅玉の瞳が見つめ合う。
 真っ直ぐに訴えかけてくる瞳に対し、ルフスは信じられないというような表情をしていた。

「だからって!」

「私、許せないの、そう言うの……!」
 
「お前……!」
 
「あんた達だって……生きている。静藍だって……生きているのよ!? これ以上彼の人生を……踏みにじらないで……!!」
 
 歯を食いしばり苦悶の表情を浮かべた茉莉はがくりと膝をついた。腹を押さえている指の間から真っ赤な血が溢れ出し、ぼたぼたと床に文字を描いている。それでもルフスとフラウムを睨みつけている目の色は全く変わらなかった。
 
「きゃあああああ!! 茉莉っ!!」
 
「茉莉君!!」
 
「早く止血を!!」
 
 全身に響き渡る拍動。
 全身を割かれるような激痛。
 何かぬるりとした感触がする。
 生温かい。
 真っ赤に濡れそぼった掌。
 身体からどんどん抜けていく力。
 生命が身体から抜けていくのって、こんな感じなのだろうか?
 何だかめまいがする。

「……はぁ……はぁ……っ……」

(だるい……。 身体が重い……)
 
 自分が何故ルフスを庇ったのか良く分からない。
 考えるよりも、身体の方が先に動いてしまった。
 
 (私……今度こそ死ぬの……かな……)
 
「……静……藍……」
 
「茉莉!!!!!!」
 
 血相を変えた織田達が駆けつける中、茉莉はタイルの上にどさりと倒れ込んだ。自分を呼ぶ声がどんどん遠くなり、意識は静かに闇の中へと落ちて行く。

 時計の針は午後四時半を回ったばかり。
 日が落ちるにはまだ早過ぎる時の出来事だった。
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