炎のトワイライト・アイ〜二つの人格を持つ少年~

蒼河颯人

文字の大きさ
26 / 78
第二章 襲い掛かる魔の手

第二十六話 梅雨明け

 ミーン、ミンミンミン……
 ジー、ジー、ジリジリジリ……
 
 琥珀色に輝く眩しい日差しの中、
 窓の外ではミンミンゼミとアブラゼミが大合唱をしている。
 中旬よりまだ早めだから、今年の蝉の初鳴きは早い。
 
 綾南高校では期末試験が終わっており、生徒達は結果を待つばかりだった。夏休みを目前として、どこか浮かれた空気が漂っている。
 
 そんな中、程よく空調の効いた保健室。
 白いベッドの上で横になっている生徒が一人いた。
 青白い頬に影を作っているさらさらの黒髪。
 切れ長で二重の目を飾っている長いまつ毛。
 深い青と紫が溶け合うその瞳は少し、元気がない。
 薄い唇から押し出される息はどことなく荒い。
 机の上には黒縁眼鏡が置いてあり、持ち主の心を写しているかのように無機質な色を映している。
 
 彼は時々保健室を利用する為、別段珍しくもない。
 ただ、今日は保健室には縁がなさそうな二人がおまけでついていた。
 彼の後輩である右京と左京だ。
 彼等は静藍の付き添いである。
 
 今日は十五時には授業が終わる日だった。
 部室で右京と左京は静藍に勉強を教えてもらっていた。
 なんてことはない。
 赤点の可能性が高い科目の再試験対策である。
 最初は順調だったのだが、静藍が途中で貧血を起こして倒れた為、保健室に担ぎ込む羽目となったのだ。
 
「神宮寺君。連絡とれたわ。十七時頃にお兄さんが来てくれるって。一時間位休んで良いわ。鷹松君と虎倉君、悪いんだけど私今から臨時の職員会議に行かないといけないの。三十分ほどしたら戻るから、それまで彼を見ていて欲しいんだけどお願いして良いかしら?」
 
 養護教諭の穂波結花から二人は留守番を頼まれてしまった。
 断れるわけがない。
 静藍が少し元気を取り戻すまで二人は声一つ立てずにいた。
 
 チ……チ……チ……
 
 クーラーの機械音と時計の秒針が静かに時を刻む音だけ部屋中響いていた。
 
 男子生徒三人だけの保健室なんて、滅多にない光景だった。
 
 ※ ※ ※
 
 十五分ほどして、静藍の右指がぴくりと動いた。
 やや顔をしかめている静藍に気付いた左京が声をかけた。 
 
「静藍先輩大丈夫っすか?」
 
「……ありがとうございます。左京君。右京君。助かりました。迷惑かけてごめんなさい」
 
「最近顔色が優れませんけど、病状があまり良くないとか……?」
 
 右京の心配そうな顔を見た静藍は目を細めた。
 
「病院の結果だと僕は何ともないんですよ。変でしょう? でも、最近は身体の淀みを大きく感じます。もう七月ですしね……」
 
 カレンダーを見ると、静藍はどこか苦しげな表情をした。
 もう七月中旬に近い。頭の中に五年前の忌まわしい声が嫌でも蘇る。
 
 ――十七歳の誕生日を迎えるその日までに人間として生きるか吸血鬼として生きるかを決断せよ。どちらかを選択せねばお前の命はないぞ――
 
 ――唯一“芍薬姫の血”なるものを摂取すれば術は解け人間に戻ることが出来る。だが早々見つかる筈があるまい。諦めて我等の仲間になった方が賢明だ――
 
 己にかけられた呪いを解く鍵となる“芍薬姫の血”はまだ見つからない。
 誕生日である八月二十日がタイムリミットだ。
 しかし未だ大きな成果を得られず、刻々と時間だけが過ぎてゆく。
 
 それにしても、実体がない芍薬姫の血だなんて、一体どうやって手に入ると言うのだろうか?
 自分でも一人であちこち探しているのだが、これと言って手掛かりは見つからなかった。
 
 (僕はこのまま静かに死を迎えるのを待つばかりなのか? 
 それとも、奴等の言われるがままにならざるを得ないのか? )
 
「ところで一つ質問して良いですか?」
 
 静藍があれこれと描いていた暗い未来を、右京の言葉がかき消した。
 
「はい。何でしょう?」
 
 静藍は急いで現実に思考を戻した。
 
「好きなんでしょ? 茉莉先輩のこと」
 
「え……?」
 
 突然のことに青紫色の目をパチクリさせた。
 
「部室で茉莉先輩と一緒に何かしている時、いつも何か嬉しそうですし」
 
「そうですか? 僕は普通にしているつもりですが……」

 どこか落ち着きがなくなる静藍。
 
「茉莉先輩気性は激しいけど、長女だからか世話焼きタイプだし、元気で太陽みたいな人ですよね。元に戻ったらデートに誘ったらどうですか?」
 
「……え……!? そ……それは……」
 
 恥じらうように頬をやや染めた静藍は、まるで清純な乙女のようだった。
 
「オレ達も一緒に頑張るっすから、絶対に諦めないで下さいっすよ。に戻れること。どんなことがあっても!」
 
「元に戻ったらもっと色んなこと出来るようになれるんでしょ? 楽しみを考えながら頑張って乗り切りましょう!」
 
 (ああ、二人は励ましてくれているのだ。
 今まで考えたことがなかったが、元に戻ったら、自分は変わるのだろうか?
 その時が来たら
 僕はどんなことが出来るだろう?
 僕はどんなことをしよう? )
 
 頭の中が真っ白になる。
 
 今まで目の前のことしか考えてなかったから、すぐには思い付かない。
 まず元に戻れるのか保証はないというのに。
 
「……ありがとうございます。僕が頑張るしかないです」
 
 自分を励ましてくれる後輩達に礼を言った。
 
 ふとバイブレーターが振動しているのに気が付いた。
 自分のスマホを取り出しチェックしてみると、LINEを受信したようだ。
 送信者は茉莉だった。右京達から連絡が行ったのだろう。いつも心配かけて申し訳ないという後ろめたい気持ちもあるが、妙に心が軽くなる、そんな感触もあった。
 
 吸血鬼事件絡みで一番負担をかけているのは茉莉だ。
 一度は命を落としかけている。
 その癖解決への強い一手を握っているのも彼女だ。申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
 
 今回の件が上手く解決したら、部活仲間に何らかの形でお礼をしようと思っている。
 だが、彼女には又違った形でお礼がしたい。
 どんなのが良いだろうと思いを巡らせるが、今すぐに答えを出さなくても良いかと思考をすぐ元に戻す。
 だが、こういうことに思考を使うのは結構楽しいものだと新たに感じた。それは今まで十六年生きてきて初めて生まれた感情だった。
 
 くよくよ悩まずとにかくドジを減らすこと、そして自分しか出来ない探しものを見つけること。
 それを続けよう。続ければきっと道は開けてくる筈だ。
 
 静藍は静かにそう心に決めた。そんな彼に左京は自分のスマホを差し出した。画面には何かのゲームのスタート画面が表示されている。つんつん頭の彼はニカッと微笑んだ。
 
「もし少し起き上がれそうならこのゲームやってみないっすか先輩! 単純だけど面白いっすよ」
 
「左京~疲れさせたらまずいって! お前と先輩を一緒にすんな!!」
 
「ちょっとだけなら良いだろ~がちょっとだけ! 元気になれるんだから!」
 
 穂波が戸をノックするまで朗らかな喧騒は続いた。
 
 ※ ※ ※
 
 静藍の兄である神宮寺悟は十七時より十分早く到着した。
 保健室の前で穂波と何かを話していたが、すぐに戸を開けて中に入って来た。
 
 大急ぎで駆け付けて来た為か息が少し荒く、額に汗が光っている。ハンカチで汗を拭う度にシャツ越しに上腕二頭筋の陰影が見え隠れする。
 背が高くガタイのいい悟と華奢で虚弱な静藍。
 実の兄弟なのにあまりにも正反対すぎて後輩二人は目を白黒させていた。
 
「静藍先輩の兄さんって確か元ラグビー部の選手だと聞いたことある!」
 
「マジで!? がっちりしていてたくましいなと思ったらそう言う理由かよ。兄弟でここまで正反対なのもある意味すげぇな」
 
「しっ! 聞こえる!!」
 
 二人は静藍達には聞こえぬよう、ひそひそ声で話した。
 
「静藍……大丈夫か? ああ、皆さん弟の為にありがとうございます。いつもお世話になっております」
 
「いえいえ。俺達は普段勉強を教えてもらっているので、これ位はしないと釣り合いがとれません」
 
「そうですか。恵まれた友人を持てて弟は幸せ者だ」
 
「兄さん……迷惑かけてすみません」
 
「気にするな。職場は理解してくれているから、早退を許可してくれた。きちんと仕事は片付けて来ているから心配いらない。早く家に帰って休もう」
 
 悟は帰り支度をする静藍を手伝いつつ、左京達に頭を深々と下げた。
 
「手の掛かる弟ですが、これからもどうぞ宜しくお願い致します」
 
 神宮寺兄弟が保健室を出て校門に向かうのを見て、左京は右京に囁いた。
 
「なぁ右京。もし先輩に何かあったらあのお兄さん一人になっちゃうな」
 
「……え? 先輩はご両親のお仕事の都合でこの高校に来たんじゃなかったのか?」
 
「聞いた話しだと、ご両親は事故でもういなくて、あのお兄さんが保護者らしいぞ。職員室で先生達が話しているの、つい立ち聞きしちまった」

 右京は思わず周りを見渡し、誰もいないのを確認してほっと胸をなでおろした。
 
「表向きにしない理由があるんだろうけど、それあんまり言いふらすんじゃないぞ左京」

 右京の声がやや震えている。
 それを見た左京は溜息を一つついた。
 
「分かってら。これ話したのはお前が初めてだ。オレ達だけの秘密ってヤツ。良いな右京」
 
「ああ。何としてでもこの事件を解決して先輩を元に戻してあげないとな!」
 
 二人は拳同士を威勢よくぶつけた。
 
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

巻き込まれた薬師の日常

白髭
ファンタジー
神に選ばれ、魔素の循環する界へと送り込まれたのは――現代の薬師。 剣も魔法も扱えない彼が憑依したのは、戦闘力ゼロの商人見習いの少年だった。 彼の武器は、知識と経験。商品を生み出し、人脈を築き、産業を広げていく。 「居場所を見つけたい」その願いが、やがて世界を変える力となる。 これは、一人の薬師が紡ぐ研究と開発、そして成長の物語。 【カクヨムでも掲載しています】 表紙は紹介文をもとに、ai【adobe firefly】で作成したものです。(参考程度に……)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
ファンタジー
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。