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第三章 過ぎ去りし思い出(過去編)
第三十三話 ランカスター家
しおりを挟む時は十八世紀頃。
今は存在しないが、当時吸血鬼の統治する国が存在した。
テネブラエ――それがその国の名だった。
地理的にはイギリスとフランスの国境辺りにあると言われているが、人間の目に見えない領地だ。従って、境界も不明瞭で国境もイマイチ良く分からなかった――少なくとも人間にとっては。
吸血鬼達は常に沸き起こる自身の“渇き”を癒やす為、狩りをする目的で国を出入りした。勿論人間の生き血をすする為である。彼等が人間の国からテネブラエと移動すると、人の目には姿が消えるように映るという者もいた。見方によっては幽霊のようだとも言えるだろう。その為、昼夜問わず彼等と運悪く出会ってしまった者は老若男女問わず餌にされ、人知れず命を落としていた。
国内は常に争いごとが絶えなかった。
土地全てを我が物にせんと思う吸血鬼達が跋扈しており、常に相手の弱点を付いては次々と滅ぼし、領地を奪い合っていたのだ。
テネブラエにはランカスター家とヨーク家という二つの名家があった。この二つの家は代々仲が悪く互いを仇と思い合い、事あるごとにいがみ合ってきた。どちらがテネブラエを統一するかで常に優劣を競い、揉めていたのだ。これを良く思わない種族達も当然いたが、力量でそれらの右に出る者はおらず、沈黙を守るより他に術はなかった。次第に権力抗争に巻き込まれ、あっという間に両家以外の弱小な血筋は次々と絶えていった。
ランカスター家出身の者は生まれつき体内のどこかに貴艷石を持つ。それは“第二の心臓”とも呼ばれ、これを破壊されなければ例え首を切られようと心臓を射抜かれようと蘇生出来た。この貴艶石、実物を見た者はほぼ皆無という不思議な石だった。
何故なら、非業の死を遂げた者は肉体が灰と化し、体内から出された貴艶石は粉々となっているからだ。言い伝えによると、ランカスター家の者はみな宝石のように美しい瞳を持っている為、貴艶石はきっと瞳に似た宝石であろうということだ。
色とりどりに輝く宝石の瞳。
彼等の素性を見抜けなかった人間は、その瞳を見た瞬間、即夢見心地に陥ったらしい。
吸血鬼は人間を吸血鬼化させる能力を持つことで有名だが、それは種族によって異なる。
ランカスター家の場合、それは本家筋の者にだけ許された能力であり、分家筋の吸血鬼にはなかった。つまり、本家の吸血鬼だけが仲間を増やすことが出来た。逆に、本家の吸血鬼が死亡すると残された分家の彼等も息絶えてしまう。彼等は主従関係と言うよりかは、分家の者達で本家の者を補佐し守る、そんな関係だった。血の繋がりが濃く正に一蓮托生の部族だった為、本家分家問わずみな自然と仲間意識が強くなった。
彼等は生まれた頃から吸血鬼で、成長過程は普通の人間とそう変わらない。一定以上成熟すれば成長は止まり、以後成人吸血鬼として扱われることとなる。成長期に吸血し、己の中に存在する貴艶石にも血肉を与え、強化し続けるのは必要不可欠だった。獣の血でも問題はなかったが、姿が良く似ている人間の生き血の方が何十倍も良いとされていた。何故なら、貴艶石が強い力を持つほど己の能力が上がるからだ。それを利用することによって彼等は各々の特殊能力を振りかざし、自分達の領地を守っていた。
現ランカスター家本家は当主であるヘンリー・ランカスターを筆頭に、息子であるセフィロス・ランカスターがいた。当主夫人であるマーガレット・ランカスターは嫡男であるセフィロス一人以外子を産んでおらず、大層気にしていた。それでも夫は第二夫人、第三夫人を持つことはなかった。長命種族であることと、息子が嫁を迎える年齢が近付いている為、焦る必要はないとでも思っていたのかもしれない。――真意は定かではないが。
分家の者達がそんな彼等を厳重に守り、血筋が絶えぬよう常日頃気を配っていたが、それ以外はいつもの日常を送っていた。
あの事件が起きるまでは……。
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