炎のトワイライト・アイ〜二つの人格を持つ少年~

蒼河颯人

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第三章 過ぎ去りし思い出(過去編)

第三十八話 事変

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 「セフィロス様! どこにいらっしゃいます!? セフィロス様……!!」
 
 夕暮れにはまだほど遠い時間帯。
 ランカスター家の屋敷内で、切羽詰まった声が響き渡った。
 響いてくる足音も戸をノックする音もどこか慌ただしい。
 自室にいたセフィロスは読んでいた本を机に置き、クイーン・アン・カブリオレの椅子からガタリと音を立てて立ち上がった。
 
 (何事だろうか? 妙な胸さわぎがする……)
 
 思い切って自室の戸を開けると、従者が一人立っていた。
 余程のことがあったのだろうか。ただでさえ青白い顔色が、輪をかけて青くなっている。
 
「一体どうしたというのだ?」 
 
「大変です。一大事でございます。旦那様と奥様が……!!」
 
 従者からの報告を聞いたセフィロスは、自分の耳を疑った。
 
 それはヘンリー・ランカスター夫妻が急死したという知らせだった。
 
 (あの父が?)
 
 ――夕方までには戻る。それまで頼んだぞ――
 
 今朝、母を連れて外出する際の父の声が彼の脳裏に蘇った。いつもと変わらず、涼し気な眼差しで穏やかな顔をしていたのを思い出すと、今耳にしたことを俄に信じ難い。
 
 (一体何故……?)
 
 ランカスター家の当主は代々自他共に厳しい性格の者が多く威厳もあった為、領地内の住民達に大層恐れられていた。
 しかし、ヘンリーは従来の当主とは考え方が違った。彼はそれまでの当主達が行ってきた事業について非難するつもりはなかったが、もう少し住民達を気遣う心を持って事業を進めた方が良いのではと常々思っていたらしい。
 
 彼は分家の者達、領地内の住民達に対しても分け隔てなく慈愛の心を持って接し、常に威圧感を与えない姿勢を貫いていた。そしてランカスター家全体をまとめる当主として己を律することを常に忘れず、家を守る力は申し分なかった。ただ武力に関しては並外れて最強という程ではなかった為、優秀な部下を重用して常に身辺を守らせていた。
 
 家族を愛し、争い事は好まず、皆が平和な日々を送れるよう常に心を砕く毎日。
 それを苦に思うこともなく、古くからいがみ合う仲であるヨーク家ともいつか和解出来る日が来るようにと、彼はいつも強く願っていた。
 生来の気質である温厚な性格が功を奏した為、領地内の住民達にも慕われていた。
 
 そのヘンリーが殺害されたというのだ。
 あの憎きヨーク家の手によって。
 
 (父は決して弱い男ではなかった筈だ)
 
 あまりにも急過ぎて理解が現実に追いついて行けていない。
 妙に心臓が肺を強く突き上げてくる。
 微かに吐き気がした。
 
 (今日はいつもの話し合いに行くと言っていた。決闘ではない筈)
 
「父上と母上が……?」 
 
 それ以上言葉が出ないセフィロスに対し、その従者は絞り出すかのように声を出して言葉を続けた。
 
「私めも……信じられないことです。とにかく……とにかく、マルロ様が戻っております。詳細は彼の口からお聞き下さい。どうぞこちらへ……! さあ、早く!」
 
 従者に急ぎ案内された場所は応接室だった。
 
 動物の脚をデザインモチーフにし、比較的がっしりとしたフレンチ・ガブリオレの椅子が、今日はどこか頼りなく見える。
 
 彼の師であり専属指南役であるマルロが、血だらけであちこち切り傷だらけという、ボロボロの状態で待っていた。
 髪も乱れている。
 いつも模範的な出で立ちである彼にしては異常だった。
 彼はセフィロスの姿を認めると駆け寄ってきて、片膝をつき頭を垂れた。
 
「……申し訳ございません。セフィロス様。……私が同行しておりながら、こんなことに……」
 
 らしくなく、声に覇気がなかった。
 優美な顔が月光のように青ざめている。
 
「マルロ。一体何が起こったのだ? 父上と母上が殺されたのは本当なのか!? 詳しく説明してくれ!!」
 
 語気に無意識ながら焦りと怒気が混じる。
 背中にすっと流れてきた汗が、じっとりとシャツを湿らせてゆく。
 
 マルロは当主の忘れ形見の瞳をゆっくりと見つめ、どこか眩しそうに目を細めた。
 蝋燭の灯りに照らされた少年は、母親の生き写しであった為、昔は少女のような容貌をしていた。
 だが今は成長し、逞しさが出てくるようになってきている。
 セフィロスの瞳は父親譲りのサファイアブルーだ。
 父親そっくりの眼光をしている。
 慈愛に満ちた、生命力に溢れる瞳。
 若かりし頃のヘンリーを思い出していたのだろう。
 
 急な知らせを聞いたウィリディス達も応接室へと到着した。みんな信じられないという文字を顔に貼り付けている。
 
「ねぇマルロ、本当なの!? おじ様とおば様が殺されたというのは。何かの間違いではないの!?」
 
 声や胸の前で組まれた指は怯えた小鳥のように震えている。
 長いまつげに彩られたエメラルドグリーン色の瞳は、今にも決壊しそうなダムのようだ。
 身にまとうドレスの生地は水に濡れて滲んだような色合いをしている。
 
 次世代ランカスター家の面々が揃ったところでマルロは重い口を開いて話しだした。
 
 それは、誰もが信じ難いことだった。
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