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第四章 せめぎ合う光と闇

第五十四話 扉の先

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 建物の中に入った七人は、そのまま真っ直ぐに進んでいた。周りは真っ暗闇で、一体どういう所なのかよく分からなかった。
 室内を歩いているというより、異質な空間を彷徨っているとでも言った方が良さそうだ。
 どこか触れる壁でもあれば良いが、つかめるもの一つなく、よく分からない。
 暑くも寒くもない場所だが、静まり返っている。
 自分達の足音と呼吸音と脈を打つ音しか聞こえない。
 不気味すぎて背中がぞくぞくする。
 下手に壁を探そうとして列からはぐれると、二度と元の場所に戻れなくなりそうな気がした。
 
「左京。大丈夫か?」
 
「オイッス。オレは大丈夫だ。お前の隣にいるぜ!」
 
「何も見えませんね……」
 
「ここ本当に、建物の中なの?」
 
 そこで突然、甲高い悲鳴が上がった。
 その場にいた全員が反射的に声のする方向に顔を向ける。
 
「いったあい! 愛梨の足を誰かが踏んだぁ!!」
 
 視界が悪い為、互いの足を踏んでしまうトラブルは避けられない。やや気抜けしたが、一同一旦胸をなでおろした。
 
「うっわすまねぇ! 多分オレ。わざとじゃねぇからな!!」
 
「んもぅ! 気をつけてよぅ!!」
 
 自分達の周囲に感じる体温と呼気で、互いの場所を確認しながら一行は真っ直ぐに進んでゆく。
 歩いても歩いても尽きることのない闇。
 酸素が薄いわけではないのだが、頭痛がしそうだ。
   
「ところでルフス、方向感覚が分からなくなりそうだが、進む方向はこちらで合っているのか?」
 
「……ああ。間違ってねぇよ」
 
「ここなんにもない分、変なお化け屋敷より不気味っすよねぇ! 途中で落とし穴が出現したりして……」
 
 でまかせを言う左京の言葉に愛梨はびくっと肩を震わせた。
 
「ちょっとぉ左京! 冗談止めてよぉ! 嘘から出たまことになったらどうすんのよぉ」
 
 その時、一行は何か妙な浮遊感を感じた。足元の感覚が急に変わったのだ。先程まで足の裏で感じていた固い感触がなくなっている。 
 
「……あ……っ!!」
 
 足元の床が抜けた感じがしたと思った瞬間、ルフス以外の六人全員がその空間へと一気に吸い込まれた。
 真っ暗闇の中、底へ底へと身体が引き寄せられてゆく。
 手でつかめるものは何一つなかった。
 
「きゃぁああああああ……!! 」
 
「うげ!? マジかよっ!?」
 
「……ちっ!!」
 
 大穴に落ちた六人の後を追うように、ルフスもその中へ飛び降りた。
 
 ※※※
 
 ぴちょん……ぴちょん……。
 
 水の滴る音が響いて来る。
 水道とは違う、硬質な音だ。
 この音は一体どこから聞こえてくるのだろうか。
 
「痛た……」
 
 真っ先に気付いた紗英はむくりと起き出し、咄嗟に自分の顔に手をやった。銀縁眼鏡の存在を感じ、胸を撫で下ろす。グラスコードを付けてきて正解だった。
 
「皆さん、大丈夫ですか!?」
 
「はぁーい! 部長! あたしは大丈夫でっす!!」
 
 紗英の呼び掛けに対し優美が威勢よく返事をすると、少女の怒声がすぐ傍で響き渡った。
 
「左京の馬鹿ぁっ!! 本当に落ちちゃったじゃない!! あたし達ここから出られなくなったら一体どうしてくれんのよぉ!!」
 
 愛梨は半泣き状態でツンツン頭の少年の肩や頭やらをぼこぼこに殴りつける。
 
「イテイテイテ! わりぃって! 誰も本当に落とし穴があるとは思わねぇって! まあ、万が一のことがあった場合、死ぬときゃみな一緒ってやつ?」
 
「止めてよぉ!! あんたなんかと心中だなんて私絶対に嫌――っ!!」
 
「……二人共落ち着いて。ここは何かの部屋らしいな」
 
 やかましい二人の肩をそれぞれ両手で押さえた右京は、周囲をゆっくりと見渡した。今までは真っ暗闇で上下左右よく分からなかったが、落ちた先はまあまあ明るい為、色々視野に入り込んで来る。
 
 石で出来た壁、石で出来た床、窓は一つもなさそうだが、壁に灯りが灯してある。あれはきっと蝋燭だろう。炎がゆらりゆらりと陰影を作っている。
 上を仰ぎ見ると、途中から真っ暗で何も見えなくなる。まるで巨大な吹き抜けだ。自分達は一体どんな高さから落ちてきたのだろう? その割には身体に傷一つないのが不思議だ。
 
 ルフスが優美達をちらと見遣る。彼女達の疑問に勘付いたようだった。
 
「俺が即術をかけたから、全員無傷の筈だ。……あんな高さからまともに落ちて生きている人間はまずいねぇよ」
 
 指差す方向を見ると、薄暗いが隅の方に真っ白な骨が山積みとなっているのが見えた。
 よく見ると頭蓋骨、大腿骨、下顎骨といったものがあれこれとばらばらになっている。
 正しく人間の骨だ。きっと、迷い込んだ者達の成れの果てか、吸血鬼達の餌食となった後のどちらかだろう。
 きゃっと叫んだ優美と紗英が左右から織田の隆起した腕に縋り付いた。合点がいった織田は表情一つ変えず首を縦に振る。
 
「だからか……助かったよ。ありがとう。ところで、ここはどこの辺りか君は分かるか? ルフス」
 
 ルフスは口を開かず首を横に振った。

「俺もこの屋敷に来るのは初めてだから、良く分からねぇ。だが、俺達は間違いなく目的とする場所へと近付いて来ている」
 
 ルフスが先程とは別の方向へと指差した。
 石で出来た大きな扉が見える。
 その向こうに何があるのか全く分からない。
 
「あの扉の向こうに行けば良いのか?」
 
 ルフスは無言のまま首を縦に振った。
 
 一同は大きな扉に向かって歩き出した。
 そっと押してみると、軋むような音が響き、案外簡単に動いた。
 容易に開く扉ほど怪しいものはない。
 ごくりと唾を飲み込む音が響く。
 ルフスは慎重に扉を動かした。
 
 扉がひらいた後、ぽっかりと先の道が現れた。特に何か仕掛けはなさそうだ。
 彼等の目の前に現れたのは、また別の部屋だった。
 その先に誰か人の気配を感じる。
 
 ルフスが先頭に立ち、気配がする方向に足を運んだ。ある程度進んだところでぴたりと動きを止めた。
 
「……!」
 
「? ルフス? どうしたの?」
 
 優美が見遣ると、ルフスが目を見開いている。
 その視線の先に自分のそれを合わせた全員が息を飲んだ。
 
 輝くプラチナブロンドの髪。
 長いまつ毛に縁取られたコーンフラワーブルーの瞳。
 青白い頬。
 美しい形をしている顎。
 首元には、瞳をそのまま飾りにしたようなブルー・サファイア。
 黒装束に包まれた細い腕やすらりと伸びた足。
 
 彼等の視線の先には、人形のような美しい男が立っていた。
 彼の周りには氷のように冴え冴えと冷え切ったオーラが漂っている。
 
「ルフス……待っていたぞ」

 静かな低音の品位のある声が室内で響き渡った。
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