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第四章 せめぎ合う光と闇

第五十七話 死中求活

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 ガガガガガガガッッ……!!
 
 茉莉の操る大鎌は周りの空気をも武器に変えた。
 それは無数の青い|鎌鼬かまいたちとなってルフスに襲いかかってくる。
 
 ヒュンッ!
 
 風を切る音がした途端、ルフスの青いジーンズの裾が切り裂かれた。
 血は出てない。
 どうやら肉体に傷はついていないようだ。
 
「……くっ……!!」
 
 ルフスは右足で床を蹴り、一気に空中に跳んでやり過ごした。
 茉莉はその後を執拗に追いかけてくる。
 彼女の顔に疲労の色は全く見えない。
 彼等が立っていたところは無惨にも切り刻まれていた。
 大理石のようなタイルがまるで乱切りにされたにんじんか大根のようになっている。
 
「セフィロス……! 何故こんな卑怯な真似を!? お前の狙いは俺じゃねぇのか? 戦うならば俺と正々堂々戦え!!」
 
 炎のように赤く燃え上がらせた瞳でいくら睨み付けても、セフィロスは涼し気な顔のままである。その面差しからは一体何を考えているのか見当がつかず、ヤキモキさせられる。
 
「卑怯? 私はのお前の力をこの目で見たいと先程言った筈だ。お前がその小娘を斃せば良い。ただそれだけのことに何故躊躇する?」
 
 深く濃い群青色をした美しい瞳は、刃のように、目の前のものを切り裂こうと輝いた。それはいつ爆発してもおかしくないような危険性を奥底にはらんでいる。
 
「どうした? ルフス。お前はもっと強かった筈。彼女は人の身ゆえ、発揮するとしても我々の力のせいぜい十分の一程度だ。これで辟易しているようでは私の相手は出来ぬぞ」
 
「……茉莉……っ!」
 
 ルフスの青白い額を一筋汗が流れ落ちていった。息が上がっている。
 
 ――あんた達だって……生きている。静藍だって……生きているのよ!? これ以上彼の人生を……踏みにじらないで……!! ――
 
 かつてそう叫んでいた口は真っ直ぐに閉じられており、一言も発さない。
 生命力の塊のような光を宿していた瞳は、今や鈍い榛色だ。そして、本来の仲間である人間達に向かって大鎌の切っ先を向けている。
 
「茉莉……っ!!」
 
 彼は自分の宿るこの肉体の持ち主が、大切に想っている人間を傷付けたくない。
 だが、自分の前に立ち塞がる彼女は意識を奪われて操られた、傀儡状態だ。
 今の彼女に幾ら声を掛けても全く届かない。
 
 “――!! ”
 
 そこで誰かの声がルフスの耳をとらえた。
 外からではない。身体の内側から聞こえてくるのだ。
 こみ上げてくるように、その声は身体中に響き渡ってくる。       
 木霊のように絶え間なく響く声。
 それは切ない響きを持っていて、胸が押し潰されそうな位に重い。
 
 “茉莉さん……!! ”
 
 心臓の中が熱くて痛い。
 これはきっと、静藍の声だろう。
 
 “茉莉さん……!! ”
 
 静藍が叫んでいる声だ。
 彼なりに彼女を呼び戻そうとしているのだろうか。
 茉莉を呼び続ける声が痛切で、ルフスの骨身に堪えてくる。
 
 (茉莉……!! )
  
 茉莉はただでさえ運動神経が人一倍優れている。
 セフィロスの技が彼女の肉体を以てルフスに襲い掛かってくるのだ。その攻撃は的確に彼の急所を攻めてくる。
 
 完全に吸血鬼化していれば大したことではないが、今のルフスは不完全体である。
 セフィロスの手によってこの肉体に植え込まれた貴艶石は静藍の血肉を吸って何とか維持し続けているものの、吸血してない為充分に成熟していない。
 そして、その状態のまま己の特殊能力を使い続けている為、肉体に大きな負担がかかり損傷が蓄積し続けている。
 
 見た目では分からないが、現在のルフスは満身創痍状態なのだ。それは静藍自身の生命力にも影響を及ぼしている。
 
 だから一歩間違えると致命傷になりかねない。
 その上、万全とは言い難い肉体を酷使せざるを得ない。
 明らかに分が悪すぎる。
 茉莉を正気に戻し、セフィロスを抑え込むまでこの身体が果てしてもつのか、正直分からない。
 
 (茉莉……!! くそっ! 彼女にかけられた術を何とかして解かねば……!! )
 
 ルフスは茉莉の攻撃に耐えながらも、彼女にかけられた術を解くタイミングを狙うことにした。
 何とかして彼女に光を取り戻させねばならない。
 それも、なるべく早く。
 この身体が限界を越えてしまうその前に……。
 
 (セフィロス……お前は何故俺の“力”にこだわるのだ……? あの戦いは既に終わっている筈……)
 
 その疑問は、焦りが見え隠れするルフスの心の中にじわりと巣食っていた。
 
 ※※※
 
「それじゃあ、こちらも始める? ……そう言えばまだ名乗ってなかったわね。失礼。私はウィオラ。これから死ぬまでの間という短い期間だけど、どうぞ宜しく」
 
 たれた目元から零れ落ちる紫色の瞳に赤味が指したかと思った途端、様々な方向から黒い糸が紗英達へと飛び掛かってきた。それはぎらぎらと黒光りしていて、見ていてあまり気持ちの良いものではない。
 
「はぁっ!!」
 
 シュルルルルッ!!
 
 紗英が右薙ぎ・左薙ぎとヨーヨーを走らせると、その本体が橙色に輝き、彼女に襲いかかろうとした黒紫糸をことごとく断ち切った。対象物を失ったヨーヨーはそのままくるくると回転しながら手の中にぱしりと納まる。それを見た愛梨の目はキラキラ輝いた。
 
「先輩~めっちゃかっこいい~ですぅ!」
 
「愛梨ちゃん! 油断しては駄目ですよ!!」
 
「え……!?」
 
 愛梨のすぐ傍から黒い網のようなものが飛び出し、彼女を捕らえようと飛び掛かってきた。
 
「きゃあ! ……なぁんちゃって。え~いっ!!」
 
 ちょっとおどけてみせた愛梨はすかさずカードを一枚取り出して右の人差し指と親指で挟んで持った。そして指を鳴らすように人差し指と親指を勢いよくこすり、スナップをかけてカードを弾き飛ばす。それは黄色い光をまといながら宙を飛んだ。
 
 ヒュウンッ!!
 
 自分を捕らえようと口を広げて来た黒い網に向かってリリースされたスペードのエースはそれをすぱりと一文字に切り裂き、大きく弧を描いて持ち主の元へと戻ってきた。
 
「ひょっとしてトランプ投げですか? すごいですねぇ!!」
 
「……へへへ。私カードゲーム大好きで、その流れでこれに昔ハマって練習してたんですよね。久し振りでしたけど、腕は鈍ってないみたい。良かったぁ」
 
 拍手を送る紗英に愛梨はちょっと照れくさそうに舌をペロリと出して微笑んだ。
 
「ふふん。それならこれはどうかしら?」
 
 ウィオラは前に向かって右手を真っ直ぐに付き出した。
 すると、見た目はいつもの黒紫糸だが、妙に硬さを帯びたものが頭上から何本も降ってきた。
 
「危ないっ!」
 
 紗英と愛梨はそれぞれ左右に跳ぶ。
 その数秒後、二人がいた場所に真っ黒な糸が滝のように降り注いだ。
 
 カカカカカカカカッッッ!!
 
 その何本もの「糸」は真っ直ぐに床のタイルを貫き、辺りにはその破片が飛び散っている。
 愛梨はそれに向かってカードを一枚投げてみると、何とカードの方が逆に真っ二つとなった。
 まともに受けるときっと串刺しとなったに違いない。
 それを想像すると、背中にビリビリと電流が走ったような気がして愛梨はビクリと震えた。
 
「何よこれぇ!? ありえなぁい!!」
 
「そう言えばこの黒紫糸、“何でも縛れるし、切り裂くことも出来る便利な代物”と彼女言ってましたね。今回はきっと私達を殺しにかかっていると思いますよ」
 
「……どうしたら……!?」
 
「無駄撃ちは控え、何とか時間を稼ぎましょう」
 
 二人は互いに頷き、下手に攻めず守りに徹することに意識を集中することに決めた。
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