炎のトワイライト・アイ〜二つの人格を持つ少年~

蒼河颯人

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第四章 せめぎ合う光と闇

第六十二話 食い違う心

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 風を切る音がする。
 その数秒後、何かが割れる音がした。
 
 大鎌を振りかざした茉莉が、その刃を床へと突き立てたのだ。
 不協和音と共に、刃を中心としてヒビが四方八方へと入る。
 身にまとっている白小袖と緋袴の裾はあちこち避けており、顔や手足もあちこち擦り傷だらけだ。
 どうやらルフスの反撃に対し、完全無傷を通せなかったようだ。
 艶々と鮮やかな紫光の黒髪は、自分で巻き起こした風でなびいている。
 だが、今まで何事も起きてないかのように、無表情のままで一切変わっていない。
 
「……はあっ……はあっ……はあっ……」
 
「……」
 
 ルフスは蜘蛛の巣の模様が入った床のすぐ近くへと降り立った。
 水晶のように輝く汗が顎を伝って流れ落ちる。
 息が荒い。
 白いシャツの袖や脇腹、ジーンズの裾の辺りは大鎌の餌食となった為かぼろぼろである。
 呼吸を整えた後で大きく一歩踏み出し、床を強く蹴った。
 間合いに一気に入り込み、鎌の柄を握る茉莉の右手首を左手でぐっと掴んだ。
 
「!」
 
 急な接近に、無表情である茉莉の瞳にやや動揺の色がみられた。ルフスは自分の方へとその身体を強引にぐいと引き寄せる。
 
 (茉莉……! 目を覚ませ!! )
 
 彼女が逃げないよう、その小さな顎を右手で掴む。
 そしてそのまま瞳の中を覗き込んだ。
 
 長いまつ毛で彩られた光一つない、鈍い榛色をした瞳。
 それは底のない沼のようにどんよりとしている。
 この瞳に何とかして光を呼び戻さねばならない。
 
 (茉莉……!! )
 
 薔薇色の瞳が燃え上がる業火の色へと変わった。
 祈るように力を込める。
 榛色の瞳を通して何度も呼び続けた。
 死んだエウリディケが蘇ってくるよう、竪琴を弾き続けたオルフェウスのように。
 
 やがて
 光一つ映さなかった瞳の色に次第に変化が現れ始める。
 瞳の奥底から木漏れ日のような優しい光が溢れ出した。
 その瞬間、白小袖に包まれた身体が石のように硬直する。
 ぷつりと糸が切れた操り人形のように、茉莉の身体が自分に向かって倒れ込んできた。
 ルフスはその身体を両腕でそっと抱き止める。
 だが彼女の右腕は大鎌の柄を掴んだままだ。
 
「茉莉……!!」
 
 血相を変えて駆けつけてきた優美と織田に気がついたルフスは、くたりと動かなくなった身体を二人に預けた。
 視線の先で大柄な男がぐったりと横になっているのを目にし、彼女達は一段落ついたのだろうと判断する。
 優美は半開きの瞳のままで、意識のない親友の身体を両腕で強く抱き締めると、丸い瞳を潤ませ、ぽろぽろと涙を落とし始めた。
 
「……心配するな。生きている。俺は彼女にかけられた術を解いただけだ」
  
「お前は本当に解けたと思っているのか? 彼女にかけた術はそう簡単に解けぬぞ」 
 
 優美を気遣って声を掛けるルフスに対し、セフィロスは冷たく言い放った。
 
「な……に……!?」
 
 ルフスは声の主に向き直った。
 射貫くような視線をぶつけても、青玉の瞳は意に介さない様子だ。
 
「今のお前では力不足だと言っている。……術者の息の根を止めれば完全に解けるだろうがな」
 
「……お前……っっ!!」
 
 残酷な響きに、ルフスはセフィロスを睨みつける。
 
「お前は……今のお前は……俺が知っていたセフィロスじゃねぇ……! お前は一体何がしたい!?」
 
 すると、美貌の青年は眩しそうに目元を細めた。
 まるで遠くの景色を見ているかのように。
 そしてぽつりと言葉をこぼした。
 
「……何故……」
 
「……?」
 
「……何故お前は死んだ? 」
 
「……」
 
「何故私を守った? 何故私の目の前から姿を消したのだ? 私がそれを何とも思わないとでも思ったのか? 」
 
 今まで氷点下だった声色に、にじみ出るような悲しみと怒りの色が混じってくる。
 じわじわと押し寄せてくる殺気にルフスは思わず身構えてしまった。
 
「あの時のことを、この私がどれだけ悔いたことか……」
 
 セフィロスの拳は小刻みに震えていた。
 形の良い唇から絞り出すかのように押し出された言葉の一つ一つが、氷の杭となってルフスの心臓へと突き刺さる。
 銀髪の少年はその痛みに思わず顔をしかめた。
 
「……では俺も聞く。ならばお前は何故この俺を蘇らせた? どういう経緯であれ一度は戻った闇の中、このまま静かに眠らせてくれれば良かったものを……」
 
 ルビー・レッドの真っ直ぐな視線に対して返事をするかのように、ブルー・サファイアの瞳は視線を合わせてきた。
 
「お前がいないと……駄目だ」
 
 ぽつりと答えた。
 
「仲間もいるが、お前も居てこそのランカスター家だ。お前なくして再興だなんて……ありえない」
 
 ルフスの脳裏に、遥か昔の記憶が鮮やかに蘇る。
 青空は冴え渡り、花々は色とりどりに咲き乱れ、若葉がきらめいていた。
 平和だったテネブラエ。
 
 誰もが笑顔に満ち溢れていた、あの頃。
 何もかもが平穏で幸せだった、あの頃。
 今はもう存在しない、あの頃――……。
 
 その思いを断ち切るかのように一度静かに目を瞑った。
 
「だがセフィロス。それは一人……いやそれ以上の人間を犠牲にしてまですることか? 」
 
「黙れ」
 
「この肉体も本来俺のものではない。お前が見ての通りあの頃の力だって既に失われているし、俺はもうあの頃の俺ではない」
  
「お前に一体私の何が分かるというのだ……」
 
「……」
 
 言葉を詰まらせたルフスに、セフィロスは更に畳み掛けるように言葉を繋げてゆく。彼が何故自分にこだわるのかを理解できないルフスは、言葉を失ったままだ。
 
 表情は何一つ変わらないのに、周囲の温度だけが一気に氷の世界へと逆戻りした。
 ルフスは氷の池に落ちたような心地がする。
 這い上がろうとしても掴んだ氷がことごとく割れ、いつまでたっても二度の水温から脱出出来ない。
 冷たさの為に筋肉は硬くなり、動きが鈍くなりそうな、そんな感じだ。
 身体が鉛のように重く感じる。
  
「お前には分からない。お前がいなくなっても自分は存在してしまう恐ろしさが……」
 
 大切な者の犠牲の上に、自分は永遠の時を生きながらえるだなんて、こんな理不尽なこと……起こって良い筈はない。
 
「それに」
 
「?」
 
「お前はあの時約束しただろう? “一緒に最強の屍者の王になろう”って」
 
「それは……」
 
 嘗て己が口にした約束のことを持ち出されたルフスは、二の句が継げないまま黙り込んだ。
 当時落ち込んでいたセフィロスを励まそうと口にした言葉だった。
 決して軽い気持ちで言ったわけではない。
 そんな彼にセフィロスは更に追い打ちをかける。
 
「それなのに今、何故私達ではなく、人間の味方をする?」
 
「……」
 
「私達はお前の仲間ではなかったのか……?」
 
 ルフスがセフィロスにどう声を掛けて良いのか迷っていると、ヒールによる甲高い音が耳に入ってきた。
 聞き覚えのある足音だ。
 すると、キャラメル色の髪をはためかせた一人の美女がセフィロスの傍に現れた。
 彼女は彼の右側に立ち、その袖元を軽くひく。
 その顔には笑み一つなく、エメラルドグリーンの瞳にはキャッツ・アイのように光が差し込まれていた。
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