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第四章 せめぎ合う光と闇
第六十六話 炎のトワイライト・アイ
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「私……」
茉莉は今自分が置かれている状況が分かっていない。
だが、何かいつもと違うことだけは勘付いていた。
何故だか不明だが、身体のあちこちが痛む。
自分はどこか怪我でもしているのだろうか。
しかし、一番痛いのは右手だ。
感触で、自分の右手が静藍の左手によって上から強く押さえつけられてるのに気付いた。
しかし、何故かまでは理解出来ていなかった。
ふと視線を下ろすと、自分の手中にある大鎌が彼の身体を穿っていたのを認めた。真っ赤な血で白いTシャツが胸のあたりまでずぶ濡れ状態だ。
「!?」
彼女は瞬き一つせず眼球も動かさず、それをじっと凝視している。
それに気付いた静藍は「しまった」と思った。
自分は意識を戻したばかりだったが、ルフスが意識の表に出ている時の状況を全て把握している。彼と意思疎通しやすいようになっていたお陰だ。
だが、セフィロスに意識を奪われ、操られていた茉莉は置いてきぼり状態である。
嘗て彼女は目の前で大切な人間を殺された。
逆に己の手で大切に想う誰かを刺したとなれば、その衝撃は想像以上に強いものに違いない。
――それが例え自分の意志ではなかったとしても。
「何……これ……なんで……?」
(不味い……!! 混乱している!! )
「わ……私……あんたを……!? ……嘘……!!」
身体全体ががくがくと震え出す。
汗が流れ落ち、雫となって顎先から滴り落ちそうになっている。
茉莉は静藍の腕の中で声にならない叫び声を上げた。
(いけない! このままでは彼女が危ない!! )
静藍は、自分の腕の中で震えている茉莉の唇を、咄嗟に自分のそれで塞いだ。
考える余地など微塵もなかった。
「……!!」
静藍による大胆な行為に驚いた茉莉は目を大きく見開いた。
眼鏡のない、美しく整った顔が至近距離に映っている。
額には脂汗が吹き出しており、幾筋か流れ落ちた跡があった。
唇に触れているのは、想像していた以上にふんわりと柔らかい感触だ。
まるで落雷を浴びたかのように、少女の身体が一瞬びくっと跳ねた。
彼は唇を開放した後で、小刻みに震える彼女の身体を右腕で強く抱き締めた。
「茉莉さん……僕です……分かりますか……?」
彼女の耳元で精一杯優しく呼び掛ける。
鈍痛の為に声の震えが止まらないが、仕方がない。
得物が刺さったままの傷口からだらだらと血がしたたり溢れ落ちている。少女が小刻みに震えながらもこくりと頷くのを身体で感じ取った。かろうじて精神の糸が切れてないことを確認し、安堵の溜息をつく。
静藍は何かを悟ったような顔をしながら口を開いた。何とかして身体の奥底から声を絞り出す。
「僕は大丈夫だから……落ち着いて……」
静藍が震える茉莉の手を上からそっと握りなおすと、彼のジーンズの右ポケットの中から光が放たれた。
桃色と藍色の光だ。
二つの柔らかい光が瞬き始めている。
すると、それに呼応するかのように優美達から六つの光が満ち溢れ、静藍と茉莉に向かって放たれた。
二人の身体が八色の光に包まれてゆく。
特に静藍の腹のあたりが一番眩く丸く輝いている。
すると、手中にある柄が形を静かに変え始め、それは日本刀の柄の形と変化した。
「これ……!?」
茉莉の視線がそれの存在を認める。
身体の震えが静かに止んだ。
静藍がそれに答えるかのようにゆっくりと頷く。
「茉莉さん……今です。ゆっくりで良いので……これを抜いて下さい……」
「……でも……!!」
声が震える茉莉。その目は真っ赤に充血している。
「大丈夫……君じゃないと出来ません……早く……!!」
苦悶を浮かべる静藍の額に脂汗が吹き出している。
目の前で閃光が明滅する。耳鳴りだろうか。何かの音が耳の中でぐわんと響き何度も反響している。
静藍は茉莉の手ごと柄を改めてぐっと握り直し、彼の腹からそれをゆっくりと抜き出すと、眩い光とともに全貌を現した。
それは、漆黒の鞘に納まった一振りの日本刀だった。
「……く……あ……っっ……!!」
静藍は全身に走る激痛に苦悶を浮かべる。
それでも止めなかった。
全て抜けた途端、腹から血が更にぼたぼた零れ落ちた。
「静藍……!!」
刀を手にしつつも真っ青になる茉莉。
目からぼろぼろ涙が溢れてくる。
ずしりと、重みが身体全体にのしかかってきた。
「僕に構わず……その刀を……鞘から抜いてみて下さい」
「え……!?」
「はぁ……はぁ……茉莉……さん……っ早く……っ!!」
「……これを……!?」
視線を合わせてくる榛色の瞳。
自信なげに震えている。
それを見つめた静藍は静かに頷いた。
「これが芍薬刀です……。闇の力を鎮静化する力を唯一持つ刀。これは、芍薬神の力を引き継いだ君にしか抜けません……っ!」
試しに静藍が震える手で柄を握り抜こうとしたが、びくともしなかった。意を決した茉莉が柄を握ると、眩い光とともにすらりと刀身が現れた。その美しさに二人は言葉を飲み込んでしまう。
一点の曇りもなく、月光に照らされたような柔らかな煌めき。
そり返った細身の背は優雅さをたたえている。
板目肌がよく詰み、刃文と地金の境目が際立って美しく観える様は、まるで芍薬の花弁が露を含んだように美しい。高い気品のある刀だ。
「……僕がついています」
「これ……本当に私が扱えるの……?」
「大丈夫。君なら出来ます」
「……分かった。でも、このままだとあんたが……」
どうしようもなく、がくがく震えている。静藍はそんな彼女の身体を両腕で強く抱き締めた。茉莉は自然と静藍の左の胸元に頬を押し当てるような形となった。しがみつくように、思わず広い背中に手を回す。
その背は脂汗でじっとりと湿っている。
体温が低く、いつも冷たい身体が燃えるように熱い。
力強い動力炉の音が響いてくる。
多少乱れはあるが、規則正しいリズムで波長の音が鳴り響いた。
(静藍……!! )
自分より小さな身体の震えが少し落ち着いたのを感じとり、静藍は彼女の目を見つめた。
真っすぐに向かってくる二つのタンザナイト・ブルー。
苦しいだろうに、それを一切感じさせない目付きをしている。彼はきっぱりとした口調で茉莉に語りかけた。
「僕は……生きています。僕は死にません。君を守りたいから……!」
「……静藍……?」
彼の眼差しにはわずかな揺らぎもない。そこにはいつもある迷いと不安の色はなかった。
二つのトワイライト・アイの奥底から、滲み出る炎陽の色。それは深い闇に抗うかのように燦然と輝いている。
「僕はここにいます。だから、君にしか出来ないことを……やり遂げて下さい……自信を持って……!」
青と赤の混じり合う瞳が必死に訴えかける。
烈焔の気迫に応えるかのように、茉莉は静かに首を縦に動かした。
「……うん……分かった……本当に私に……出来るのなら……」
「出来ます。君にしか出来ません……!」
「分かった……あんたがそう言うのなら……私やってみる……!」
静藍の右手から芍薬水晶が滑り落ちると、その身体が赤く光り、銀髪紅眼の少年が姿を現した。
茉莉は今自分が置かれている状況が分かっていない。
だが、何かいつもと違うことだけは勘付いていた。
何故だか不明だが、身体のあちこちが痛む。
自分はどこか怪我でもしているのだろうか。
しかし、一番痛いのは右手だ。
感触で、自分の右手が静藍の左手によって上から強く押さえつけられてるのに気付いた。
しかし、何故かまでは理解出来ていなかった。
ふと視線を下ろすと、自分の手中にある大鎌が彼の身体を穿っていたのを認めた。真っ赤な血で白いTシャツが胸のあたりまでずぶ濡れ状態だ。
「!?」
彼女は瞬き一つせず眼球も動かさず、それをじっと凝視している。
それに気付いた静藍は「しまった」と思った。
自分は意識を戻したばかりだったが、ルフスが意識の表に出ている時の状況を全て把握している。彼と意思疎通しやすいようになっていたお陰だ。
だが、セフィロスに意識を奪われ、操られていた茉莉は置いてきぼり状態である。
嘗て彼女は目の前で大切な人間を殺された。
逆に己の手で大切に想う誰かを刺したとなれば、その衝撃は想像以上に強いものに違いない。
――それが例え自分の意志ではなかったとしても。
「何……これ……なんで……?」
(不味い……!! 混乱している!! )
「わ……私……あんたを……!? ……嘘……!!」
身体全体ががくがくと震え出す。
汗が流れ落ち、雫となって顎先から滴り落ちそうになっている。
茉莉は静藍の腕の中で声にならない叫び声を上げた。
(いけない! このままでは彼女が危ない!! )
静藍は、自分の腕の中で震えている茉莉の唇を、咄嗟に自分のそれで塞いだ。
考える余地など微塵もなかった。
「……!!」
静藍による大胆な行為に驚いた茉莉は目を大きく見開いた。
眼鏡のない、美しく整った顔が至近距離に映っている。
額には脂汗が吹き出しており、幾筋か流れ落ちた跡があった。
唇に触れているのは、想像していた以上にふんわりと柔らかい感触だ。
まるで落雷を浴びたかのように、少女の身体が一瞬びくっと跳ねた。
彼は唇を開放した後で、小刻みに震える彼女の身体を右腕で強く抱き締めた。
「茉莉さん……僕です……分かりますか……?」
彼女の耳元で精一杯優しく呼び掛ける。
鈍痛の為に声の震えが止まらないが、仕方がない。
得物が刺さったままの傷口からだらだらと血がしたたり溢れ落ちている。少女が小刻みに震えながらもこくりと頷くのを身体で感じ取った。かろうじて精神の糸が切れてないことを確認し、安堵の溜息をつく。
静藍は何かを悟ったような顔をしながら口を開いた。何とかして身体の奥底から声を絞り出す。
「僕は大丈夫だから……落ち着いて……」
静藍が震える茉莉の手を上からそっと握りなおすと、彼のジーンズの右ポケットの中から光が放たれた。
桃色と藍色の光だ。
二つの柔らかい光が瞬き始めている。
すると、それに呼応するかのように優美達から六つの光が満ち溢れ、静藍と茉莉に向かって放たれた。
二人の身体が八色の光に包まれてゆく。
特に静藍の腹のあたりが一番眩く丸く輝いている。
すると、手中にある柄が形を静かに変え始め、それは日本刀の柄の形と変化した。
「これ……!?」
茉莉の視線がそれの存在を認める。
身体の震えが静かに止んだ。
静藍がそれに答えるかのようにゆっくりと頷く。
「茉莉さん……今です。ゆっくりで良いので……これを抜いて下さい……」
「……でも……!!」
声が震える茉莉。その目は真っ赤に充血している。
「大丈夫……君じゃないと出来ません……早く……!!」
苦悶を浮かべる静藍の額に脂汗が吹き出している。
目の前で閃光が明滅する。耳鳴りだろうか。何かの音が耳の中でぐわんと響き何度も反響している。
静藍は茉莉の手ごと柄を改めてぐっと握り直し、彼の腹からそれをゆっくりと抜き出すと、眩い光とともに全貌を現した。
それは、漆黒の鞘に納まった一振りの日本刀だった。
「……く……あ……っっ……!!」
静藍は全身に走る激痛に苦悶を浮かべる。
それでも止めなかった。
全て抜けた途端、腹から血が更にぼたぼた零れ落ちた。
「静藍……!!」
刀を手にしつつも真っ青になる茉莉。
目からぼろぼろ涙が溢れてくる。
ずしりと、重みが身体全体にのしかかってきた。
「僕に構わず……その刀を……鞘から抜いてみて下さい」
「え……!?」
「はぁ……はぁ……茉莉……さん……っ早く……っ!!」
「……これを……!?」
視線を合わせてくる榛色の瞳。
自信なげに震えている。
それを見つめた静藍は静かに頷いた。
「これが芍薬刀です……。闇の力を鎮静化する力を唯一持つ刀。これは、芍薬神の力を引き継いだ君にしか抜けません……っ!」
試しに静藍が震える手で柄を握り抜こうとしたが、びくともしなかった。意を決した茉莉が柄を握ると、眩い光とともにすらりと刀身が現れた。その美しさに二人は言葉を飲み込んでしまう。
一点の曇りもなく、月光に照らされたような柔らかな煌めき。
そり返った細身の背は優雅さをたたえている。
板目肌がよく詰み、刃文と地金の境目が際立って美しく観える様は、まるで芍薬の花弁が露を含んだように美しい。高い気品のある刀だ。
「……僕がついています」
「これ……本当に私が扱えるの……?」
「大丈夫。君なら出来ます」
「……分かった。でも、このままだとあんたが……」
どうしようもなく、がくがく震えている。静藍はそんな彼女の身体を両腕で強く抱き締めた。茉莉は自然と静藍の左の胸元に頬を押し当てるような形となった。しがみつくように、思わず広い背中に手を回す。
その背は脂汗でじっとりと湿っている。
体温が低く、いつも冷たい身体が燃えるように熱い。
力強い動力炉の音が響いてくる。
多少乱れはあるが、規則正しいリズムで波長の音が鳴り響いた。
(静藍……!! )
自分より小さな身体の震えが少し落ち着いたのを感じとり、静藍は彼女の目を見つめた。
真っすぐに向かってくる二つのタンザナイト・ブルー。
苦しいだろうに、それを一切感じさせない目付きをしている。彼はきっぱりとした口調で茉莉に語りかけた。
「僕は……生きています。僕は死にません。君を守りたいから……!」
「……静藍……?」
彼の眼差しにはわずかな揺らぎもない。そこにはいつもある迷いと不安の色はなかった。
二つのトワイライト・アイの奥底から、滲み出る炎陽の色。それは深い闇に抗うかのように燦然と輝いている。
「僕はここにいます。だから、君にしか出来ないことを……やり遂げて下さい……自信を持って……!」
青と赤の混じり合う瞳が必死に訴えかける。
烈焔の気迫に応えるかのように、茉莉は静かに首を縦に動かした。
「……うん……分かった……本当に私に……出来るのなら……」
「出来ます。君にしか出来ません……!」
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