蜃気楼の向こう側

貴林

文字の大きさ
上 下
78 / 96
9 提灯洞

言葉に出来ない

しおりを挟む
重い扉が音を立てて開く。
「・・・彩花?」
真希乃が彩花の寝床を見る。
背を向けて膝を抱え丸くなる彩花。
襟足を掻く真希乃は、言葉に詰まる。
「あ・・」
丸くなった背中にブラが浮き上がり、タンクトップの脇の下から乳房の膨らみがわかる。そのまま、下の方に視線を落とすと細いお腹と安定した腰にシャツの裾から覗く彩花の素肌が見える。固唾を飲む。何を話したらいいかわからずに、黙って彩花のすぐ後ろに背を向けて座る。
すぐそこに彩花の背中があって、お尻がある。
正直、2人きりで人目のつかない、こんな場所にいたら、理性も何もなくなってしまう。
男の真希乃には、力づくで押し倒してしまうことも出来るだろう。
そんな妄想が頭の中をよぎる真希乃だった。
若い真希乃の体は正直である。反応しないわけがなかった。
立ち上がる真希乃。一瞬、身構える彩花は、真希乃を目で追う。
冷たい氷台に腰を下ろす真希乃は、熱を冷まそうと必死だ。
抱きついてきた彩花の胸の膨らみと、重ねた唇の柔らかさが忘れられない。
彩花もまた、真希乃にきつく抱きしめられた力強さと重ねた唇を体が覚えている。
さりげなく背中で真希乃を誘っている彩花。自分から求めるのはさすがに恥ずかしかった。
そんな彩花の気持ちに気付かない真希乃は、熱くなったものをひたすら冷ましている。
「真希乃・・・」
振り向いた真希乃は、彩花を見て台座から転げ落ちてしまった。
タンクトップにショートパンツだけの彩花にドキドキしていた。
先程、対峙し合った時と服装は変わらないはずなのに、露出した肌がやけに目についた。
「あ、彩花?」
「真希乃、質問するから答えてくれる?」
「え?な、何を?」
「いいから」
「はい」
「真希乃、私のこと・・・」
ゴクンと固唾を飲む真希乃。
「私のこと、どう思ってる?」
「・・・どうって?」
「それ言ってくれないと、これから2人きりでここで過ごすなんて無理だよ。私。だから、答えて?」
「え?あ、だから・・・その」
「ねえ、どう思ってるか、言葉で言って」
「きゅ、急にそんなこと言われても・・・」
「困る?そっか、やっぱ、蓮華が好きなのね?」
「え?なんで、そうなる?」
「真希乃、蓮華のこと好きでしょ?言われなくても、知ってるよ。真希乃の好みのタイプくらい」
「いや、それは」
「蓮華が、転校してきた時から、変だったもんね。真希乃」
「・・・いやだから、それは」
「お願い、はっきり聞かせて?真希乃は、蓮華が好きなの?」
「え・・と、だから、それは・・・」
「やっぱ、好きだよね?蓮華のことが。もういいよ。わかった」
背を向ける彩花。
少し腹を立てる真希乃は開き直る。
「ああ、好きだよ」
「え?」
「初めて見た時から、気になってるよ。蓮華のこと」
背を向けたままの彩花の肩が、小刻みに震えている。
「やっぱ・・・そうだよね?蓮華・・・可愛いもん・・・ね」
「ああ、可愛いよ。守ってあげたいって思うよ」
「だったら・・・」
「え?」
「だったら、そう言ってくれればいいのに・・・ずるいよ。真希乃」
「彩花・・・」
「じゃあ、なんで?」
「なんでって?」
「なんで、さっき」
さっき?唇に手を当てる真希乃。
「なんで、キスなんてするのよ」
「・・・だから、それは」
振り返り真希乃を見る彩花は、涙でグシャグシャになっている。
「好きでもないのに、キスなんてしないでよ」
「ち、違うんだよ、彩花」
「何がよ?何が違うっていうの?」
ドキドキして呼吸が乱れる真希乃は、深く息を吐く。
「彩花、聞いて?」
「もういいよ」
「良くないよ。いいから、少しは俺の話を聞けよ」
声を荒げる真希乃に、ビクリとする彩花。
しおりを挟む

処理中です...